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21.わたくしだけの竜王陛下

 悲し気な横顔。

 傷つけてしまった。


「そんなの、『ごめんなさい、あなたを誤解していたわ』って謝ればいいじゃない」

 

 その日のうちに急遽訪ねてきたレイチェルが、呆れた顔をして溜息をついた。

 ロゼッタの屋敷に、夜会に出席した女たちが押し掛けている。その噂を聞いて飛んできてくれたのだ。

親友は、軽々しく竜王を夜会へ誘った責任を感じ、案じてくれた。ロゼッタは知る限りの屋敷の様子や、カイルに言ってしまったことを打ち明けた。途方に暮れていた難問に、親友はあっさり助言をくれた。 


「にしても、酷い思い過ごしだわ。方々は、竜王陛下の御姿の記憶を消されて帰されたそうよ。あなたの屋敷に出向いて行方不明になった、なんて噂も聞いてないわ。ちゃんと謝って仲直りすればいいのよ。婦人たちを帰すのを見せなかった竜王陛下にも落ち度があるんだから。誰だって隠されたら誤解するわよ」 


 違うの。


「そうよね」 


 騒動の終息と同意したロゼッタに親友は安心して帰宅した。

 嫁げばこうしてたやすく会うことのできない親友だというのに、想いの全ては吐露できなかった。転生しカイルに再会し、想いもよらぬ好意を抱くまでは、親友に隠し事などしたことなかったというのに。

 カイルが犬や人に成りすますことや、胸の内に渦巻く想いを隠している。

 もう二人とも幼い子供ではないのだから、隠し事の一つや二つ、あってもおかしくない年頃だ。

 


 ロゼッタは客室に向かうと、長椅子で分厚い書籍を手に寛いでいたカイルの元に向かった。

 先に口を開いたのはカイルだった。


「女たちは一人残らず我の姿を記憶から抹消して帰した」


 ぶっきらぼうな口調。

 紙面から逸らされない横顔には憂いがあった。

 誤解されても仕方がないと。


 違いますわ。


 胸に重くのしかかる想いが喉を塞ぐ。


「記憶を消すには相手の額に触れねばならぬ。余計な心配をさせたくなかった」


 心配。

 そうですわね。

 わたくしは怖がりで臆病ですもの。


 ロゼッタは胸元に宛てた手を握った。


「それで、宜しゅうございましたの?」


 ここで素直に謝れば、レイチェルのいう通り仲直りができたかもしれない。けれどそれができなかった。頭で考えるよりも先に心が、疑念が口を突いて出た。


「どういう意味だ」


 本を閉じたカイルはロゼッタに視線を移した。


「お気に……お気に召されたご婦人もいらっしゃったでしょうに」


 人間界では婚約中の二人だ。ロゼッタに遠慮したのかもしれない。

 

「我が……そなた以外の雌を……か」


やや驚きを含んだ声。

見透かされた羞恥に両手で顔を覆い、胸を塞ぐ苦しさに、息もできずにその場にしゃがみ込んだ。

 親友にも打ち明けられなかった想い。

 初めて抱いた醜い想い。

 人化したカイルに一目見て盲目の恋に落ちた婦人達に。

 ロゼッタよりも見目麗しい女はいくらでもいた。

 例え本性が人を食らう竜であっても、それでも人化した美貌のカイルと一緒にいられるのならどんな目にあっても構わないと言い出しそうな、熱情に支配された婦人ばかり

 カイルがその気になれば何人でも竜の谷へ連れ帰れることだろう。


他の人を見ないで。

わたくしだけを見て。

誰ももうカイル様を見ないで。


『信じてましたのに、……あの方々を食してしまわれましたの?』


 思ってもいない、言うつもりのなかった言葉だった。

 心のどこかで知っていたのだ。ロゼッタを食したカイルが負い目を持っていることを。それでも不安に陥り、他の婦人に目を奪われるカイルを想像してしまった。竜の谷へ連れ帰り、(そばめ)にでもしたらと。

 ロゼッタは、一夫多妻制が許された国の貴族の娘だ。政略結婚も、夫が他の婦人に情を移すことも、もとより覚悟していた。それがウィルディーチでは常識だからだ。

勝手に決めつけて、そして初めて知った他者への嫉妬の苦しみ。

焦燥に駆られて消えた婦人たちの行方を捜さずにはいられなかった。てっきり屋敷のどこかにいるものと思い込んで、滑稽にも一人で取り乱していた。


 ああ、わたくしはっ。


 カイルを、竜王を愛している。

 誰にも寵を奪われたくないほどに。


 大粒の涙に掌が濡れていく。


「いるものか」


 不意に頭上に気配と影が落ちて、ロゼッタは濡れた顔のまま仰いだ。

 膝をついたカイルに抱きすくめられる。


「そなたが嫉妬とは、()いやつよ」


 熱い吐息と万感の思いがロゼッタの体中に染み渡るようだった。

 ツィルニトラ族は一夫一妻、生涯持てる伴侶は唯一無二の存在だ。

 地上の覇者であろうと、出会えなければ生涯独身を貫くことも珍しくはない希少種だ。

 そのことをロゼッタが知るのはずっと先のことである。

 嫉妬される味を占めたカイルが、たまらなそうに熱い吐息をついて首筋に口づけを落とす。

 

「ごめんなさい、カイル様。あなた様に酷いことを申し上げてしまいました」


「良い。そなたの愛らしさに免じて許してやろう。その代り……しばし許せ」


 衣服から覗かせた顔や首、手までひとしきりキスの雨を受けた。




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