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20.ロゼッタの探し物

 ロゼッタは屋敷内の部屋という部屋を丁寧に覗いて(まわ)っていた。

 友人であるレイチェル主催の夜会から三日、毎日同じことをしている。


「何をそんなに案じている? 谷で足りぬ物があればいつでも取り寄せてやる」

 

 自分でもどうしてそんなことをしているのかわからなかった。

 あるものを探している。

ただどうしようもなく不安で、それ(・・)を確かめずにはいられなかった。

カイルにいくら問われてもロゼッタは何も答えられず、探し続けた。

 谷に嫁ぐ日が迫せまり、日に日に落ち着きが失われていく。

 

 持ち出せるように運び出される荷。


 どうして……。

 どうして見つからないの……。

 あなた様を信じておりますのに。

 もう既に……。


 最悪な状況が脳裏を過る。けれどすぐに打ち消した。

 そんなはずはない。……そんなはずは。 



 夜会の翌日からのことだった。

 早朝にも関わらず婦人達がロゼッタとカイルを訪ねて、アルマン邸に押し寄せてきていた。


 「お願いしますわ、どんなことでもいたしますから、わたくしも竜の谷へお連れくださいませ」


 どの婦人も言い分は同じだった。

 彼女たちの視線は、ロゼッタを通り過ぎて侍女が控えているだけの廊下を彷徨っている。その場にいない人化した麗しい竜王を求めて目を腫らして懇願していた。

 ほとんどが夜会に出席した者達だったが、中には既婚者に、子もいる夫人までいる。おまけに噂を聞きつけた者達も加わり、普段は人気のない玄関先が女たちで溢れ返っている。

にわかには信じがたい。

 あの夜会で、あの一瞬だけで、人の成りをした竜王の覚めぬほどの虜になってしまったというのか。

 他に婦人たちがこうしてロゼッタを頼ってくる理由が思いつかない。 

 ロゼッタが目を丸くしてひたすら困惑していると、当人が、それも人化して彼女たちの前に姿を曝したものだから大変だ。

 婦人達が次々と卒倒していく。

 どうやらロゼッタの感覚は麻痺しているらしい。

原因たる超絶美形は、面倒そうに溜息をつくと、事態を一人で引き受けた。談話室で婦人一人一人と面会を始めたのだ。

 ロゼッタはというと、


「こちらは任せておけ、我が撒いた種だ。そなたは一人で寛いでいるがいい」

 

 珍しくそっけなく放置されてしまったのである。

 はじめはそれでいいのかと、自室に入ったロゼッタであったが、彼の本性が人を喰う竜であることを思い出し、不安に襲われた。


 一体彼女らはどうなっているのだろうか、と談話室に近づいたが、竜王との謁見と呼ぶべきか、会談を待ちわびている婦人に嘆願され、侍女には穏やかな顔で安心するように説得され、自室へ追い返された。

 談話室で何が話されているのか、何が行われているのか、窺い知ることはできなかった。

 何より気がかりなのは、竜王のいる談話室に入った婦人が、誰一人として戻ってこないことだった。

 侍女の話によると隣室の奥から帰っているらしかったが、裏口に回ってもそれらしき婦人も乗ってきたはずである馬車すら見あたらなかった。

 整理券が配布され、途切れることのない列に夕刻には打ち切られ、翌日に持ち越される。

 そうして三日が過ぎた。


「どうして……カイル様」


 積み上げられた荷。

 中身はどれもロゼッタの物ばかり。

 竜の谷へと嫁入り道具を運ぶ為の大きな木の箱には、探しモノはなかった。

 人が二十人は入れそうな中は、まだ何も詰め込まれてはおらず、がらんとしている。


「ロゼッタ」


 夕日を背にカイルが立つ。

 その影が長く人の姿としてロゼッタの足元まで伸びている。

 笑顔で振り返ったつもりだが、きっと疲れた顔になっていただろう。

 あと十日ほどで竜の巣窟へと嫁ぐ。

 そのころにはもう、ロゼッタ自身もカイルに心酔している自分に気づいていた。

 離れることなどもうできない。

 夕闇の中、二人の影は引き合うように重なり、溶け合うように熱い抱擁に酔いしれた。

 涙がにじんで頬を伝う。

 

 こんなのは誤魔化しですわ。

 離れたくない。

 失いたくない。

 でも苦しいの。

 こんな気持ち知りませんでしたわ。知りたくなどなかった。

 

 言いたくない。でもこのままにはしておけない。


 お願い、嘘だとおっしゃってくださいませ。

 わたくしはあなた様と生涯寄り添うと決めましたのよ、お願い。


 口をついて出てきた科白は……。

 

「信じてましたのに、……あの方々を食してしまわれましたの?」


 カイルから香る甘い香り、ほだされて、酔わされていたのだ。もしかしたらはじめから仕組まれていたのかもしれない。

 何も知らない無力な人間だから。


『我らが人を食すときは純粋なる贄に限る』


 話した後で不意に蘇るカイルの言葉。

 

 我に返って俯いた顔を上げてみれば、逆光で翳る横顔は地上の覇者とは思えぬほど落胆の色が濃かった。

 反論もなく長身の踵は返された。

 

 この方は約束をされた。

 わたくしを尊重してくださると。

 嫁ぐその日まで何もしないと誠実に約束してくださった。そんな方が嘘をおっしゃるわけがないのに。


 わたくし……なんて酷いことを言ってしまったのかしら。

 カイル様を……お優しいこの方を……


 伸ばせば手は届いただろう。

 引き止められなかった。

 言葉が見つからなかった。

 

 


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