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17.気になって落ち着きません

「ロゼッタって、王宮の舞踏会でもいつも壁際にいる地味な子だろう? しかもわざわざお前から取り上げてさ、今の流行りか何かなの?」


 フィリップが恋人を伴って夜会会場へ入ると、先に来ていた友人達に早々に囲まれた。

 挨拶もそこそこにロゼッタの話題から、傍にいる恋人に不躾な視線を向けてくる。

 今の恋人は、ロゼッタと婚約解消をしてから、一夜限りの女を含めると五人目の恋人だった。 自分には控えめで優しい女が向いているのだと気づかされ、自分に最も適した婦人を見つけられたところだった。

 友人と言えど、それをとやかく言われる筋合いはない。 

 遠慮ない友人から恋人を背に庇う。 


「たまたま好みが似ていただけだろう。一緒にしていると竜王に睨まれるぞ、怖いもの知らずめ」


「その竜王陛下とやらは来ないのだろう、レイチェルから聞いた」

「へぇ、楽しみにしていたのにな」

「よく言うよ。女達には悪いが、絶対に来るなって言ってたくせに」

「そういうお前だって一緒だろう?」


 それなりに美丈夫で家柄も良い二人の貴公子が、顔を見合わせて苦笑した。

 フィリップとてその一人だ。

 カイルのような男が来られたら堪ったものではない。

 まだ救いなのは、彼が人嫌いということだ。社交界で浮名を流すような遊び人であったなら、貴婦人らをごっそり持っていかれているところだ。

 そう考えるとゾッとする。

 自身こそ最大の被害を受けたが、カイルがロゼッタ一人に目をかけているのだと思うと、まだ幸いに思えた。

 しかもカイルは、フィリップが呆れるほどロゼッタに夢中になっている。

 半月前に会った時の様子を思い出し、思わず笑いが漏れる。

 

「なんだいきなり、思い出し笑いなんてするなよ、気持ち悪い」


「すまない。いや、今まで婦人に全く興味のなさそうだったカイルが、随分ロゼッタに骨抜きにされていたのを思い出してね」


「ああ、そういえば今日の招待状を竜王陛下に届けてくれたんだったな」


「ああ」


 フィリップは、掌サイズの犬にまでなってロゼッタの気を引こうとしたカイルの執念に、恨みも敗北感も通り越して、馬鹿馬鹿しい戯れに呆れたほどだ。それよりも、憂いを滲ませていたはずの彼女が、すっかりカイルに馴染んでいた様子に、内心で酷くショックを受けていた。

 己の立場と権力、史上最強の名を前に、フィリップは愛を貫くことよりもあっさり諦めて保身に走った。

 自分はすぐに慰めを求め、別の女に走っておきながら、ロゼッタにはまだ自分のことを忘れずにいて欲しいと思っていたのだ。

 自分勝手な傲慢な男だ。ほとほと嫌気が差す。


「国王陛下への返礼や、アルマン伯への結納も桁違いだからな」

「けど、想像はできんな。地味っ子に惚れる美形竜王の構図が」

「そもそも竜王がバージェス公爵の息子だったこと自体が信じられん」


「僕もすぐには信じられなかったよ」


「だろうな。下手したらお前、喰われてたかもしれないんだな」


「よせ、笑えんだろ」


 想像した一同がさっと青褪めた。

 

「お、噂をすればロゼッタ嬢のお出ましだ」


 友人の一人が広間の出入り口に現れた婦人に気づき、フィリップも目を向ける。

 視線の先に、一際鮮やかで優美な意匠の凝ったドレスを纏ったロゼッタと、寄り添う貴公子がいる。

 次の瞬間には、フィリップは背の低い恋人を振り返っていた。


「どうかなさいましたの、フィリップ様?」


「急用を思い出したんだ。悪いが僕に付き合っておくれ」


「はい、フィリップ様」


 怪訝な顔をした優しい彼女は、フィリップの我侭を微笑んで聞いてくれた。


「ありがとう、愛してるよ」


 重ねるだけの口づけを落とすと、恋人の腰を抱き寄せて、広間の入り口とは反対の奥の扉を目指した。




   ◇  ◆  ◇  ◆  ◇    




「あ、あの……」


 揺れる馬車の中、ロゼッタの隣には、意匠を揃えた長衣の礼服を纏ったカイルがいた。

 本当ならそこには、今夜のエスコート役として、父のアルマンがいるはずだったのだが、王宮から帰宅した父は体調不良を訴えて早々に自室に篭もってしまったのだ。

 王宮の夜会であれば、欠席するか代理を立てる必要があったが、親しい友人の主催であれば、一人でも参加することの方が喜ばれる。

 ロゼッタも婚前最後の夜会と思えば、なお更欠席するわけにはいかず、一人で向かおうと馬車に乗り込んだ。

 そこへカイルが何の前触れもなく同乗してきたのだ。

 父はカイルよりも背が低く、隙なく着こなした着衣は、どう見てもあらかじめ彼の為に用意されたものとしか考えられなかった。


 ロゼッタが戸惑う間に馬車は出発し、揺れる車内の中、抱き寄せられて額に口づけられた。


「どうした?」


「夜会にはお出ましにはなられないのではありませんの?」


「我は欠席するとは一言も申してはおらぬ。そなたらが勝手に思い込んだのではないか」


「そ、そんなっ。フィリップ様やレイチェルにはお伝え下さってますの?」


 欠席の旨はフィリップを通して伝えてある。一貴族主催とはいえ、変更があれば伝えるべきことだ。急に出向いては驚かせてしまう。


「ロゼッタ、我を何だと思うておる」


 頬をさらりと撫でた長い指が、顎の線をなぞって喉元へと緩慢に辿っていく。

 その動きがなんとも卑猥で、魅了してやまぬ艶やかな声音と微笑みに、背筋がゾクリとして、肌が粟立つ。

 ロゼッタはゴクリと息を呑んだ。


「りゅ、竜王陛下にございます」


「案じずともそなたの友人らを傷つけるようなことはせぬ」


「わ、わたくしとて、あなた様がご心配なさるようなことは……んっ」


 考えていない。


 『我らが人を食すのは純粋なる贄に限る』


 竜の谷でそう語ったカイルを信じている。


 ロゼッタの喉からなだらかな肩の曲線を滑り下りたカイルの手が、華奢な手首を捉えて引寄せた。

 腕を上げられ、露になる手首から肘の間。内側の柔らかな肌に、カイルが唇を這わせた。

 刹那、強く肌を吸い上げられた。

 恥じ入りながらも話続けていたロゼッタだが、言葉を継げられずに痛みに小さく呻いた。


「今宵はそなたの為に設けられた会だ。無粋な介入は致すまい。ゆるりと愉しむが良い」


 嫉妬深い竜王陛下の含みのある台詞に、ロゼッタはくらくらと逆上せながら困惑するばかりだ。

 友人の屋敷へ着き、先に下りたカイルに手を差し伸べられ、ロゼッタは馬車から降りた。


「ロッ、ロゼッタ、あなたですのっ?」


 友人というほど親しくはないが、舞踏会や夜会で幾度か会ったことのある婦人だった。

 ロゼッタを見るなり驚いて、声をかけてきた。

 

「随分美しくならてれ、別人かと思いましたわ」


「そ、そんなことありませんわ」


 父や侍女以外に褒められることの少ないロゼッタは、大いに戸惑った。


「ご婚約者おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「竜王様は、今宵は越しになれないと、レイチェルから伺いましたわ。残念ですわね……」


 婦人はそう言ってロゼッタの隣に立つ男を見上げ、そして動かなくなった。


「あ、あのごめんなさい、こちらは竜王陛下のカイル様です。都合が変わりまして……あ、あの……」


「お、おい」


 婦人はカイルを見あげたまま、まるで魂でも抜き取られたかのように、陶然としていた。

 ロゼッタが心配してうろたえだすと、隣で控えていた男が、婦人を揺すった。


「ロゼッタ、行くぞ、後は任せておけ」


「は、はい……あ、あの、申し訳ありません」


 婦人と男性にぺこりと頭を下げると、ロゼッタは促されるまま歩いた。

 馬車を降りた直後から、腰に回されたカイルの手や、必要以上に密着した近すぎる距離が気になり、心臓はドクドクと煩いほど脈打っていた。

 周囲には屋敷の衛兵や侍女が控え、招待客らがやってきている。

 近頃より親密に、過激に接してくるカイルに、何かされてしまう予感がして、ロゼッタは気が気ではなかった。




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