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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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二章 アンビリア(3)


 ジェレミーが店の前に着くと、すでにニナはそこで待っていた。自慢の長い髪を腰まで垂らし、水色のブラウスに白くて長めのスカートといういでたちで、ジェレミーを遠目で見つけるとすぐに気が付いて手を振った。

 その店は、昼間はカフェ、夜はバー、という業態で、夜も貴重な酒ばかりでなくいろいろな小皿料理を出す。たくさんの種類を少しずつ楽しみたいという女性を中心として人気があるようだ。そういうこともあり、社側もそのカフェバーの方向性を隣のレストランからさらに差別化し、より多くの珍しい食材を集めた店としている。


 暗めの店内で、二人掛けの小さなテーブルに案内され、ニナが奥に、ジェレミーが手前に座り、まずは乾杯用のシャンパンと、ニナがおすすめと言ういくつかの小皿を注文した。


「君が、ちょっとばかりの楽しみはあるとわざわざ言った訳が分かったよ。地球にもこれだけしゃれたお店がどれだけあるか」


 とジェレミーがお世辞を言うと、


「そうでしょう? たぶん、アンビリアで一番だと思うわよ。なにしろ、ほかのお店じゃまず使わないような食材ばかりだもの。しかも何光年も旅をしてきた食材」


 まるで自分をほめられたかのようにニナは胸を張った。


「確かに、そう考えてみると、地球の人にはこんな贅沢はまずできはしないな――おっと、まずは乾杯だ」


 と、ジェレミーは運ばれてきたグラスを一つはニナに渡し、もう一つは鼻の前に持ち上げる。


「――ありがとう、それじゃあ、光年を越えたこの貴重な出会いに!」


 ニナの言葉に合わせて、二人は薄黄金色に輝くグラスをぶつけた。

 ジェレミーはグラスに口をつけ、三分の一ほどを喉に流し込むと、ふと思いついて口を開く。


「そういえば、物資不足なのに、その……僕がこの前に会った時も今日もこうやって貴重なものを惜しげもなく使うことに、君が呆れたりしていないかと心配になってね」


 ジェレミーの心配に、ニナは微笑んだ。


「私たちだって、贅沢するときはする、特別な日には、たくさん無駄遣いくらいするわよ。『みんなで団結して我慢しましょう』なんてナンセンス。ストレス解消したいとき、大切なお祝いの日、そんなときにどうして我慢なんてするかしら。ジェレミー、あなたちょっと深刻に考えすぎね。だって、今日だって、特別な日でしょう?」


「そうか、そう言ってもらえると、気が楽になるよ」


 確かに、地球に居たって、特別な日にはたくさんのお金をかけて思いっきり浪費しどんちゃん騒ぎをする、そんなことは当たり前だ。彼らだって、狭い世界ではあっても、自由主義的な経済を営んでいるのだ。浪費が過ぎれば物価が上昇し、地球からの物資補充に拍車をかける合理的な契機に――。


「ほら! また難しいこと考えてるわね。今日はお仕事のことは考えないの、いい?」


 ニナは、まるでジェレミーの頭の中を読み取ったかのように、彼の思索の糸を断ち切った。そんなに難しい顔をしていただろうか、と、思わず指で眉間から眉にかけてを撫でて、苦笑する。


「私は、もうたくさんジェレミーにこの惑星のことを話したんだから、地球とか宇宙旅行の話を聞かせてよ。星間船に乗ってくる古いアーカイブビデオとか静止画ニュースやテキストだけの最新ニュースじゃ、ちっとも地球のことなんてわからないもの」


 彼女は瞳を輝かせて、前のめりにジェレミーにリクエストした。

 そうか、彼女が僕にこんなデートのお誘いをした理由がようやくわかったぞ、とジェレミーは合点する。

 それから、あの日、公園で出会った母親が、なぜジェレミーたちに地球の話をせがんだのかの理由も理解した。


 この惑星は、情報的にも、地球から隔絶しているのだ。

 であれば、ここで自分が話す他愛ない話こそ、彼女に対する何よりの慰めになるだろう。

 何から話そうか、と顎に手をやって考える。


「そうだな、じゃあまず、僕が子供のころの話から始めようか。僕の家は平凡な家庭でね、小さな一軒家と車が二台。父母に僕と弟という四人家族」


「もちろん、屋外に建ってる家よね」


「そう。あと、僕の家には犬と猫が一頭ずついてね」


「犬とか猫もいたの、すごいわ!」


 思わぬところで驚かれて、ジェレミーは苦笑いする。地球の家庭ではごく当たり前のことも、ここで生まれ育ったニナにとってはとても特別で貴重なことなのだ。


「そうか、犬とか猫って見たことがないのかな」


「見たことくらいはあるけど。でも、地球からそんな生きた動物なんてほとんど来ないもの――あ、ありがとう、ここに並べて」


 料理の皿を持ってきたウェイターに礼を言い、続けて、


「ジェレミー、どうぞ、どれもおいしいのよ――なんだったっけ、そうそう、動物よね。遊園地で、檻の中にいる動物はいくつか見たことがあるけれど、自分の家に動物がいる、なんて考えられないわ。そうだ、動物園にいた、ペンギンって動物、すごくかわいかったけど、あんな子も、どこのうちにでもいるの?」


 ジェレミーは勧められた皿から料理をとりわけ、口に運んだところでペンギン発言を受けて少しむせた。


「さすがにペンギンはいないかな。犬や猫なら割といるけれど」


「ペンギンはあまり飼わないものなのね。犬よりかわいいのに」


 面白いな、距離の離れた場所しか知らないということは、これほどの常識の差を生むのだ、とジェレミーは思った。そして田舎育ちの自分が、都会に出てしばらくは常識の違いに悩んだことも思い出した。隔たるとはそういうことなのだろう。


「そうだね、もしアンビリアで自由にお店を開けるようになったら、まず、ペットショップを作ろうか」


「ふふっ、だったら私は、庭造りのお店を開きたいわ。みんなが好きな場所に家を建てて、庭を持つようになるの。そうしたら、庭造り用品のお店が必要でしょう?」


「それで、その庭でペンギンを飼うんだね」


「そう! どうしてあの生き物をみんな飼わないんだろう」


 ジェレミーはその理由を知らない。きっと知らなくてもいいと思う。ペンギンを飼うということを選択できることが一番大切で、いくらでも選択肢を持っている地球人がペンギンを飼わない理由は、このアンビリアでは全く無意味なものだ。


「それじゃ、僕にもう一つ宿題ができたね。君をいつかこの惑星から連れ出すこと、それから、君にペンギンを」


 たったこの二つの宿題を片付けるために、一体どれほど多くの成果が必要だろう。

 庭のある家を持つ自由、好きな動物を輸入する自由、好きな店を開いて取引をする自由……たった一人、ニナという女性との約束が、今やジェレミーの動機であった。

 しかし、この方が良いのだ。高尚で漠然とした目標よりも、ニナという女性がペンギンを飼うこと、という矮小な目標こそ、きっと大きな原動力になる。


「期待しないで待ってる、なんて言わないわよ。期待してるからね」


「もちろん、全力を尽くすよ」


 笑顔でジェレミーに頼むニナに、ジェレミーも笑顔でうなずき返した。

 それから、ジェレミーは、地球の話を続けた。高校入学のこと、高校でたくさんの友達と出会い別れたこと、それから、大学に進み、そこでラジャンに会ったこと……。

 学生時代、都会に出たジェレミーは、街に、海に、山に、自分の世界を拡げていった。


 繁華街のビルが色とりどりの電球や表示パネルで飾られ夜空を照らす様、夏にはビーチに何百万人が押し掛け冬にはスキーリゾートが人でごった返す様、田舎では夜が本当に真っ暗になるというだけの話でさえ、ジェレミーの言葉にニナは目を輝かせて聞き入った。

 料理に合わせて追加のアルコールを頼み、酔いが回ってくると、ジェレミーの何度かの恋と失恋の話にニナは大いに食いつき、食い荒らした。


 そんなニナの色恋沙汰にはジェレミーはあまり興味を持たなかったが、それが不満だったのか、彼女はむしろ自ら率先してそんな話を聞かせ、ジェレミーの困り顔を見ては大喜びした。

 男というものは女性の恋の話に首を突っ込むことは気恥ずかしいものなんだよ、とジェレミーがしり込みすると、女は他人の恋の話が大好物なのよ、とさらに彼の話を蒸し返しては彼を赤面させて喜んだ。


 そうして二人は、他愛のない話で時間を埋め尽くし、閉店時間になって店を追い出される目に遭ってようやくそれぞれの帰途に就いた。

 路地に消えていく彼女の背中を見送ったジェレミー。

 ニナとの楽しい会話は、彼の胸をしめつけた。ただこれだけのことさえ知らずに生きている、ただこれだけのことさえ一歩を踏み出せずに生きてきた、そんなことが彼女には数多くある。


 住む場所が違うだけだ、と割り切れるほどジェレミーは人間ができていない。

 もしかすると彼女ひとりを救うだけなら簡単かもしれない。彼女にプロポーズしてこの惑星から連れ出せばいいのだ。

 だが、それでは納得できない自分がいる。


 彼女との約束を果たすことは目標だ、だがそれは彼女個人を特別扱いすることじゃない。

 彼女とした約束は、この惑星すべての人々との約束なのだ、とジェレミーは思う。

 分をわきまえない考え方だとは思うが、そうしたいと思ったのだから、そうしよう、と考える。自分ひとりの力でできるなどと大それたことは考えない、きっとたくさんの人の協力が必要だ。


 ビクターをはじめとしたこの惑星の人々、オコナー社の上層部、そして、おそらく行政。

 今後の行動を、頭の中で整理する。

 ニナに約束したペンギン。それは飛べない鳥。彼女たちの今の姿の象徴のように。


 でも、僕がそのペンギンに飛ぶ方法を示しても良いんじゃないだろうか。



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