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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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一章 地球(5)


 翌日、移動の予備日として完全に空けてあったその日は、散歩に費やすと二人は決めていた。

 もし社会的な問題があるのだとすれば、それを感じるには町を歩くことが一番の近道だろう。

 アレックスの言葉を胸に町を見ると、また違うものが見えてくる。


 食料品のマーケットでは、品目ごとに商品が整理されているが、ところどころに棚の底が見えているところがある。近づいてみると、その両側には地球産の高価な食料品があり、空いたところには、アンビリア産品目の札だけが残っている。

 同じマーケットの続きに、雑貨店。普段あまり意識して見ないこともあり、何が足りていて何が足りていないか、を一目で認識するまでには至らなかったが、空いている棚が多いという印象は強い。


 マーケットを出て外を歩く。

 勤務時間帯のためか人通りは少ないが、大きな買い物カートを引いて歩く女性や作業服を着て大きなリュックを背負ったインフラ維持作業員らしき男性、高校生くらいの男女のペアなどとすれ違う。

 純粋に遊んでいるのは少数で、ほとんどは、外回りの仕事中か、物資の買出しなど明確な所用を持った人々だった。地球では平日昼間でももっと遊び歩く人が多いのに比べてアンビリアがそうでないことが印象に残る。


 ホテルから遠く離れた、新しく開発されたエリアにある、ひときわ大きな居住ビルには、広い公園があった。

 親子連れが何組か遊んでいる。子供たちは、お互い知った顔なのか、知らない同士が子供特有の柔軟性で溶け合ったものなのか、いくつかの遊具の周りで歓声を上げながら走り回り、母親たちは近くのベンチに座ってそれを見ている。地球でもよく見られる光景だ。


 大きなかばんを二つ持った母親が、生後半年くらいの乳児を抱えた母親に話しかけている。一つのかばんを渡す。中身は子供の衣服だろう。

 地球では、系外惑星からの膨大なエネルギー資源に支えられて、衣服さえも大量消費の時代だ。流行のデザインの衣服を買い、着られなくなれば捨てる。捨てられた衣服は、豊富なエネルギーを注ぎ込むことで新たな衣服材料となり、新たな流行デザインの服に生まれ変わる。


 しかしここでは、何世紀も前に廃れたと思われた、母親同士の衣料の共有という習慣が根付いていた。

 ジェレミーとラジャンは、一つのベンチに腰掛けた。

 そうすると、同じベンチにいた母親が、新しくいらした方? と声をかけてきた。二人の雰囲気は、明らかにアンビリア人のそれとは違うのだろう。


 社の仕事で一時的に地球から、と答えると、最近は新しく来る人も少なくて、と言いながら、あれこれと地球のことを尋ねた。オンラインでニュースでもビデオでも見ればいいのに、とは思わないでもなかったが、話題づくりのための彼女の気遣いなのだろうとそんな話に付き合った。

 彼女は夫が社員で、彼女自身も社員だが子育てのために長期休暇中なのだという。アンビリアでは政府からの子育て補助金が休暇前の平均給与の八割も支給され、金銭的には相当に優遇されている、と言うが、お金があっても買うものがなくちゃね、と彼女は最後に愚痴った。


 公園を去るころには、標準時間は十四時を示していて、ホテルに戻る道すがら小学校から帰宅の途にある子供たちと何度もすれ違った。地球の子供たちと同じように、手提げ袋を振り回し追いつ追われつの遊びながらの道行のようだった。ジェレミーは、ここでは道端に石ころが落ちていないから石蹴りをしながら帰る子供もいないんだな、と当たり前のことを再発見した。


 ホテルに着く頃には夕食まで一、二時間という良い頃合になっていて、二人は夕食までそれぞれゆっくりしよう、と示し合わせて部屋に戻った。

 彼らが人生で最ものんびりとすごした日の一つだった。


***


 翌朝、ジェレミーとラジャンは朝食をとったのち十時頃にホテルを出て、面会の予約をした工場に向かった。

 それは、鉱山から掘り出された原石を選別する工場である。減圧区画で大容量のコンプレッサーが動いているために、空気全体がぶるぶると震えるような低い轟音をはらんでいる。

 屋外はやや気温と気圧が低いものの酸素マスクをつけていれば活動に支障はなく、目を守るためのゴーグルと防寒用の全身つなぎの作業服を着た作業員が屋外で岩石を工場内に搬入する作業に従事しているのが窓から見える。


 通された応接室は騒音や外の光から隔絶されており、扉を閉めた瞬間にジェレミーは静穏による耳鳴りと白い室内灯で目がくらむような感覚を覚えた。

 ここでの面談は非常に簡単なものであった。ジェレミーが事前に送付した質問シートの内容は、どんな作業をしているか、どのような人員割り当てか、人員の割り振りの基準は、機械設備の資産全般の状況、投資の状況、運用費用、などなどである。


「……結構です。それで、あとは、工員の意欲についてなのですが。特に意欲が低下する傾向はないですか」


 もろもろの回答を得て、ジェレミーは、質問票にない質問を最後に加えた。

 それに対して、面談に応じていた工場の事務長、ボスコ・チョイは流暢に答える。


「ここでは、年に二回意識調査を行い、匿名で不満を調査票に記入して訴えることができるようにしていますが、特に具体的な不満の回答はないし、選択式回答に隠された心理傾向調査でも大きな問題は見当たりません」


 ジェレミーは回答をうなずきながらメモし、


「なるほど。しかし調査を疑うわけではありませんが、本当に強い不満を持つ人は会社にそれを知られることを避けるために、心理トリックが隠された選択肢を上手に避けるテクニックを使うかもしれません」


 不満を持つ人々がいる。あのジャーナリストの言葉を思い出し、ジェレミーはさらに言葉を付け加えた。

 ジェレミーの指摘にボスコは少し顔をゆがめて不快感をあらわにする。彼が何か言おうとするのをジェレミーは左手を上げて止め、


「そこで、どうでしょう、工員の中からサンプルをピックアップして直接面談をしたいと思いますが、手配できるでしょうか」


 ジェレミーの提案は、事務長ボスコにとっては心外なものには違いが無い。何しろ、彼らが定期的に行っている調査を最初から疑っている、と言っているようなものなのだから。


「うむ……といって心理調査と言って応じる人がいるかどうか」


 ボスコは答えた。もちろんこの回答はジェレミーの想定通りだ。


「ではこうしましょう、単に地球からのゲストをもてなす宴だ、という名目で人を呼んでもらうんです」


 ジェレミーの妥協の提案に、渋面のボスコもやや考えたうえで、決断した。


「タダ飯なら、そういうことに喜んで参加する工員はいるでしょうな。それでよければ募集してみます」


 ジェレミーはその答えに笑顔で同意し、明日か明後日をめどによろしく頼む、と言い伝えてインタビューを終わりとした。

 続けて居住区に戻り、午後二時からの居住区管理事務所で、住民の生活と安全に関してのインタビューを行う。

 居住区の最大の問題は、やはり、物資の不足だと担当者は言った。


 食品ストアでは、地球産の生肉と野菜は常に希少品で、売り上げのほとんどを加工済み品が占める。合成食料の生産も十万の人口を支えるには全く不足で、ほとんどの家庭が、地球で買う四倍ほどの価格の地球産食品を九割、現地産の食糧を一割、というくらいの割合で使っている。原価に一定のマージンを乗せただけの現地産食糧は地球産に比べてカロリー当たり半分の値段で、店に並ぶとあっという間に売り切れてしまうと言う。やはり昨日見たマーケットの状況は、恒常的なのだろう。


 衣料品や家具、雑貨、電気製品は店頭には不人気商品だけが並び、必需品については長いものでは六か月先の納品予定品まで予約でいっぱいになっている。特に紙製品と洗剤は現地では一切生産がなく、予約制でも混乱は抑えきれないために、割り当て制となっているという。

 人口の増加に合わせて病院も次々と新設されたが、薬品が不足しているため、薬の処方は特効のある病気か症状の重い患者だけに制限され、比較的軽い患者に対しては診断書を作って休みを取るように、というのが診察の常になっている。こういった状況のために、健康保険料率は地球の同業従事者よりも高めに設定され、それは確かに直接的な不満の声ではあると言う。しかし、保健統計上は一般的な病気での死亡率が高いなどという悪影響は見られない、というのが住民管理担当者の弁であった。


 こういった面談を終え、時刻も午後四時をまわったころに、ジェレミーとラジャンは帰宅のタクシーに乗っていた。


「風邪をひいても薬ももらえない、家で寝てるにしても鼻をかむ紙が配給制、ってんじゃぁ、そりゃ不満はたまるよなあ」


 思い出したようにラジャンが言い、想像して鼻がムズムズしたのか、右手で鼻の頭をつまんでいじる。


「たとえば、紙がないことでどのくらい生産性が落ちているのか、紙のリサイクル工場への投資がそれに見合うのか、その辺は試算してみる価値はあるかもしれないね。どう思う」


「そうだなあ、紙がない不満による生産性の低下分を数字にできるならいいとは思うが、そんな数字がはじき出せるかどうか」


 ラジャンの言葉にジェレミーは考え込む。

 紙に限らず、物資の不足は数字にするまでもなく明らかだ。地球からの貨物船はすでに全便満載で、何かを削らないと必需品は積み込めない。

 この惑星には、エネルギーはたっぷりあるし、炭素、水、その他ミネラルも十分にあるから、様々な食糧や必需品を化学的に合成して供給することには障害はない。


 だから、現地生産を拡大すれば、貨物船の荷台を空けることはできるだろう。

 だが、オコナー社の経営方針がまず第一であり、さらにその上には政府方針もあるはずだ。

 通路の両面がガラス張りの区画に出て、両側に赤っぽい光を浴びた大地が見えてくる。


 個人用の気密車に乗って鉱山に向かう人、酸素ボンベを背負っただけで二輪車で駆けていくもの。どこから来たものか、マスクと防寒つなぎだけでとぼとぼと歩く人も見える。

 工場や居住区内だけに目が行きがちだが、この惑星の大地――軽装で歩き回れる大地――は地球に匹敵するほど広いのだ。やる気さえあれば、大地のどこにだって投資できる。必要なのは、住民が自由に惑星へ投資できること……。


 住民意識の低下を何らかの形にして示せれば、たとえば、社内起業のような仕組みは考えられるかもしれない。

 解決の糸口が見えるような気はしたが、世界はそんなに単純だろうか。

 たとえば、条約で領有が禁止されている条件下で、地球に依存させることで系外惑星を確実に従属化し、事実上の植民地にしたい、そんな欲求を政府が、あるいは経済界が持っていたとしたら。


 つまり、大昔の植民地支配の思想がこういった状況をあえて生み出しているのだとしたら、自由な投資という考え方には反発するだろう。

 考えを巡らせているうちに、タクシーはホテルの玄関に横付けになった。夕食の約束をして二人は部屋に戻った。

 工場の工員がジェレミーたちとの会食に出席したいと申し出た、と連絡があったのは、それから間もなくだった。



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