六章 地球・二(6)
「それで、重大発表とやらは、なんだった?」
実質彼ら四人のためにあてがわれたその会議用居住モジュール663番にジェレミーが入ると、早速ビクターが尋ねた。もとより系外惑星の独立という思想に深く傾倒してきた彼であるから、まずその成否は何よりの重要事なのであった。
その問いに対して、ジェレミーは微笑んでうなずき、
「すべて、終わったよ」
とだけ答えた。ビクターに対してはそれだけで十分であった。
「そうか、やったな! だがこれからが大変だ。俺たちはこれから自分の手で国を作っていかなきゃならん。忙しくなるぞ」
ビクターは彼と彼の属する組織がその悲願を達成したことに飛び上がらんばかりに喜び――もし固定ベルトがなかったら彼の体は本当に椅子を飛び出して天井に激突していたであろう――、そして、来るべき建国の大事業にすでに思いをはせていた。
「ビクターさん、危ないわよ。……ジェレミー、いろいろと大変だったわね。お疲れさま」
ニナは彼が無事に戻ってきたことに安堵し、微笑を浮かべて彼をねぎらった。
「ありがとう。もうこんな役割はごめんだよ」
「私は知ってるもの。あなたが……誰も傷つけたくないって本心から思ってること。あなたのアイデアが何万人も殺す道具になるかもしれないと思ったら、私だってずっと胸が痛かったもの……あなたが私以上に胸を痛めてた気持ち、よくわかるから……。でも、もうあなたの役割は終わりなんでしょう?」
ニナが言うと、これにもジェレミーは微笑んでうなずいた。
「うん、僕のこの計画における役割は終わりだ。今も、そう告げて出てきたところだよ。危ないところだったけどね、彼らは、どうやら僕を初代元首に担ぎ上げるつもりでいたらしい」
「げ、元首? それは大統領とか、そういう……」
ビクターは目を白黒させながら声をひっくり返らせ、ジェレミーが軽くうなずくとニナとともに口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。
「どうして断ったんだい、適任じゃないかマイボス」
驚いて声も出ないビクターやニナを差し置いてラジャンが言う。
「君が大統領になって僕を側近にでも引き立ててくれればまた面白い人生だったのに、惜しいなあ。ニナ、何とか言ったらどうだい、彼がその任を受けていれば、君は大統領夫人だよ?」
彼がそういってニナの左腕を肘でつつくと、彼女はラジャンの言った意味を一度反芻してから、顔を真っ赤にしてラジャンの右肩を思い切りよく叩き返した。
四人は久しぶりに声を合わせて笑った。ラジャンの軽口に笑ったのだが、それでも彼らが心の底から笑えたのは、すべてが終わったという安堵感があったからこそなのだった。
笑い声が消え、しばらく穏やかな沈黙が流れた。
その最後に、ニナがその表情にわずかに憂いのようなものをたたえて口を開いた。
「ありがとう、ジェレミー、それにもちろんラジャンも。これできっと全部終わりね。そしたら、ジェレミー、あなたはきっと、地球に……」
ニナは最後まで言えなかった。
ニナはずっと考えていた。
二人はどこに帰るのだろう、と。
自分がアンビリアに家族を残しているように、ジェレミーにもラジャンにも地球に残した家族があるだろう。
どうして彼らに、地球を捨ててほしいなんて言えるだろう?
きっと二人は地球を選ぶ。選ぶしかない。その時自分は、ジェレミーに寄り添って地球に行くのだろうか。家族と故郷を捨てて。
ジェレミーへの思いは、一時の気の迷いかもしれない。いつも失恋の後そうだったと気が付くように、その気持ちはきっと一過性の熱病に過ぎないはずなのだ。それなのに、彼と離れがたいという気持ちは強すぎて、それを御すことは完全に不可能としか思えないのだった。
ジェレミーは、ニナが何を言いよどんでいるのか、理解した。そして、
「これからどうするのか、どこに帰るのか、ってことだね」
と助け船を出した。ニナは目を潤ませて不安げに小さくうなずく。
「もちろん、アンビリアだよ。僕の目標は小さな約束を果たすことで、それはまだアンビリアに置いたままだからね」
ビクターの意外そうな目、ラジャンのそう来なくっちゃという楽しそうな目、そして、ニナの喜びに輝く目からの視線を一斉に浴びて、ジェレミーは、おやっ、と思った。
彼は彼に注がれているそれらの視線をゆっくりと観察し、その視線に含まれる歓喜や憂慮を見て取ると、もう少し考えるそぶりくらいは見せるべきだったか、と苦笑いした。
「いいかな、ラジャン」
「もちろん、君について行くさ。僕は分かってるんだ、君はまた大きなことを次々にやらかすだろうからね、巻き込まれない手はないってものだ。部屋に置いてきたとっておきのスコッチは当面おあずけだ」
ラジャンは手をすりあわせながら笑った。ジェレミーはうなずき返した。
そして、最後にジェレミーは、ニナの肩に手を置いて言う。
「帰ろうか、ニナ。アンビリアに。君の故郷に、そして僕にとってもいずれ故郷となる星に」
瞳にうっすらとにじんでいた涙がぽろりと零れ空中にきらめくのと、その瞳の持ち主がシリウスAのような明るい笑顔で、はい、と答えたのは、全く同時であった。




