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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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六章 地球・二(5)

 北米大陸での大爆発のニュースはさらに詳細を伝えていた。


 核爆発の威力は最終的に九十二メガトンと確定され、現地にあった核融合発電所の炉内にあった燃料と最終バッファタンクにあった燃料をすべて合わせてもこの規模の爆発は起こさないことが専門家により指摘された。これがミステリーとしてゴシップメディアに面白おかしく取り上げられるのに一日とかからず、ついで、この事故を星間カノン基地の占拠事件と結びつける珍説が出てくるのには半日とかからなかった。


 事故、独立したテロ事件、関連したテロ事件、という説が入り乱れたうえで、政府からの公式な発表が何もないままほとんどのメディアが関連したテロ事件と決めつけた報道に統一されたのが、事件発生から四日後のことである。この段階で、地球上でこのニュースに触れたほぼすべての人が、同一のテロ集団が一連の核爆発テロと星間カノン占拠事件を起こしたと確信していた。


 そして、一人の専門家が、カノンを兵器として使った可能性を指摘した。これは、珍説入り乱れる中で何度か指摘されては消えた可能性ではあったが、カノンで打ち出された物体が核燃料の塊であった場合、かつ、地盤による再反転阻害効果で反応が起こった場合にはこの規模の爆発が起こりうる、と主張するその専門家の指摘は、それが憶測を超え事実を言い当てているに違いないという印象を持たせた。


 そこからは、静かなパニックが起こった。つまり、カノンがもしそのように利用されているのであれば、地球上のどこにいても安全ではないということである。仮に地上でミサイルの応酬による核戦争が起こったとしても、ミサイル防衛システムはその大半を撃ち落せるし、最後には核シェルターに逃げ込むくらいの猶予はあるだろう。カノンによる攻撃はその猶予さえ与えないのだ。いつ核爆弾が目の前で爆発するか分からない恐怖と、どこに逃げることも完全に無駄だというあきらめ。


 ただ、一部の人々は、最初の攻撃が完全に無人の場所を狙ったことを見出していた。つまり、あえて多くの人を巻き込む意図は無いのではないか、と。そのうち、人の多い都市にとどまることが最も安全だろうという言説が出てくる。多くの人は、その場にとどまり続け、普段の生活を継続することを選択した。


 その次には、これ以上テロリストグループを刺激した場合は、彼らが無人の場所を狙うという前提さえ崩れるのではないか、と叫び始める人々があった。この声に圧倒され、カノンを使ったテロリズムであるという説を載せるメディアは潮が引くように消え、アーカイブさえ消去されていった。

 一方、何も発表せず何も対策しない政府に対する批判の声は、世界中の国々で次第に大きく膨れ上がっていった。これが六日目である。


 そして、七日目に、アメリカ、中国、ロシア、インド、欧州といった系外惑星に利権を持つ国々とすべての核保有国、それからその他いくつかの主要国により合同の重大発表が行われることが宣言され、これがこのテロリズムに関することであると誰もが確信し、世界のすべての目と耳は、ここにきて、その重大発表に注がれることとなった。


***


『――そして、アメリカ合衆国、以上の四十一の国と地域が共通の見解を持ち、以下に述べる方針を国際法に基づく条約と同等の効力を持って互いに約束することをここに宣言する。


 本来、系外惑星の領有は新宇宙条約に基づき禁止されている。しかしながら、資源開発においてはそこに住む人々に国家による権利の保護が必要であることから、この矛盾を解消するために、資源開発企業の内部に限りその企業の帰属国の法に基づいた司法と行政の提供が行われてきた。


 一方、各惑星はいかなる意味においてもいずれの国家にも属さない原則は守られており、惑星産品が地球のいかなる国籍の企業に対して出荷される場合も、地球のいかなる国籍の企業が惑星に対して製品を出荷する場合も、関税等の国家、国境を理由とした障壁は排除され、完全に自由な取引を容認するという国家としての特例を認めてきた。もって、系外惑星の発展と住民の生活、権利を保護するためにすべての国々が最大限の努力を講じてきたのである。


 しかしながら、国々の努力にも限度がある。距離の壁はあまりに厚く、住民の権利を守る活動には、少なからぬひずみが生じてきたことは全く否定することができないものである。


 よって、今日ここに集まった国々はお互いに現状の問題点に対する見解を一致させ、その解決策として、系外惑星をいずれの国にも属さない中立地帯であることを再確認し、かつ、すべての国が系外惑星に対する統治機構を一旦廃し、独立した新しい統一の統治機構を設立することで意見を一致させたものである。


 この新しい統治機構は、暫定的に一国家として扱うこととし、ここに集まったすべての国々が形式上その新国家と友好条約を取り交わすことをもって、我々のこの約束が永劫に守られることの保障とするものである。


 さて、ここに集まったすべての国々が、民族、経済、宗教、地勢、軍事、感情、あらゆる対立の障壁を乗り越えて、この新しい概念の国家を、統一した意思として築き上げたことは歴史的に見て――』


***


「中立地帯に暫定的に設置する統治機構か、まあ、彼らにしてはよく考えた落としどころだろうな」


 地球で行われている『重大発表』を百万キロメートルの彼方から聞きながら、アキレスがつぶやいた。


「その落としどころのためにあなたがずいぶん苦心して彼らに知恵を貸していたことも知っていますがね」


 彼の隣で椅子に座ったマイクが言った。他、六人の最高幹部、それから、ジェレミー、アレックスが同席している。第二地球星間カノン基地にいる残り四人の幹部も同じ放送を聞いているだろう。


 重大発表はその後の蛇足を含めて三十分続き、質疑応答は今日この場では行われないとの宣言とともに終わった。


 その発表の最後まで、軌道上の星間カノン基地同時占拠事件と北米大陸および北京近郊同時爆破事件について触れられることはなかった。

 彼らにとってアキレスらは存在してはならないのだ。彼らの共同意思で建国する新国家こそ彼らが承認するものなのである。その建前を守るためには、この発表でいくつかのテロリズムに触れてはならないのは当然であった。


「……さて、諸君も今聞いた通り、我々は、わずか一週間にして独立戦争に勝利することができた。まずは、諸君の尽力に感謝したい」


 アキレスの謝辞に、各々は言葉にせずとも、最大の尽力者はアキレスであると視線で讃えかえした。そして、賛辞を贈るべきもう一人の男の存在も。それは、通信回線越しにその声を共有しているもう一つの幹部会でも同じであっただろう。


「そして、この大事業が完全に遂行できたのは、ある一人の男のおかげだったということをあえて言わせていただきたい。ジェレミー・マーリン。君は、独立連盟の、いや、これから新しく興る宇宙国家の、未来永劫にわたる英雄として語り継がれるだろう。さて、そこで、諸君に私から提案がある」


 と、口調を改めて、面々にゆっくりと視線を送る。彼が言いたいことを、おそらく全員がある程度予想していたし、それに自分が賛同することも完全に知っていた。


「彼、ジェレミー・マーリンは、先には系外惑星全域における無謀な反乱を防いだ英雄と讃えられていた男である。そして今、系外惑星の本当の独立を成した真の英雄として讃えられるべき立場にある男でもある。であれば、私は、彼こそを、新しい国家の初代代表として推挙したいと思う。いかがだろう」


 全員がほぼ同時に、異議なし、と声を上げた。


 そこにいたアレックスは、もちろん、アキレスの意図を理解していた。


 単にジェレミーに恩義を感じてのことではあるまい。これほど危険な男を陰の存在のまま去らせてはならない、とアキレスは考えているのだ。あえて国家代表に担ぎ上げることで彼の行動から隠密性を完全に奪い、彼を完全な監視下に置きたい、と考えているに違いない。


 果たしてジェレミーはそれに気づいているだろうか、それに気が付かず、突然の栄達に舞い上がってしまわないだろうか。

 心配をたたえた瞳でジェレミーの顔を覗き込むと、彼は至極穏やかな表情で、口を開いた。


「せっかくのお言葉ですが、僕にはその責任を負うことはできません」


 アレックスは、彼の言葉に、ひとまず胸をなでおろした。

 そんなアレックスの憂慮をよそにジェレミーは続けた。


「僕は、まだ果たさなければならない約束があるのです。小さなつまらない約束ですが……それでも、僕の全力を尽くしても僕の命があるうちに果たせないかもしれない。これは僕のわがままです。僕は、その仕事を果たしたい」


 その言葉を聞いて、アキレスも思い出していた。彼が、私欲や野心や、ましてや大義のためにこの計画を作ったのではないこと。


 たった一人の女性とのちっぽけな約束を守るためだけにこれだけのことを成したこと。


 それだけの人間のことをここまで警戒していた自分が、あまりに小さな人間だったかもしれない、と彼らしくない謙虚な思いさえ湧いてくる。

 将来彼がその智謀で我々の立場を脅かすだろうか。

 ありそうにない、と思った。

 人柄、と言ってしまえば陳腐に聞こえてしまうかもしれないが、彼は、やはりそんな人間には思えない。


 ニナ・ベルトロットという女は、きっと彼のそんな本質をいち早く見抜いて、彼にひかれていたのだ。人物を見る目という意味では、自分はそのニナという一女性にさえ劣る男なのかもしれない。


「……そうか、そうだったな。代表として君がふさわしいという気持ちに変わりはないが、しかし、君に果たすべき約束があるのなら、引き留めはすまい」


 アキレスはそう言って、軽くうなずいた。

 ジェレミーは、それに深々と頭を下げて応じた。


 そんな二人を見ながら、アレックスも、ジェレミーの純粋な思いを改めて知った。

 彼は愚直なまでに、ただの小さな約束のためにこれだけのことをやってのけた男だ。祭り上げられて我を見失うような男ではなかった。ジェレミーはただこれまでと同じように、正直に生きていくだけでいいのだ。


 そして突如として思った。


 このアレックスという人間がジェレミーという人生に関わるのは、ここまでにしよう、と。

 ジェレミーの純粋な人生に、この自分がこれ以上干渉してはならない。

 今日、この瞬間から別の道を歩むべきなのだ。


「ジェレミー、この陰謀にこれ以上かかわらないつもりなら、もうこの部屋を出たほうがいいでしょう。あなた自身のためにも。――しかし、私は残ります。どうやら私はこちら側の人間のようです。私はこの独立の結果を最後まで見届けたいと思ってしまいましてね。ここでひとまずさようならです」


 アレックスが言うと、ジェレミーは深くうなずき、彼の右手をとって握手した。そうしてもう一度部屋の面々に向きなおって、空中で不器用にお辞儀をすると、何も言葉を発さずに部屋から出て行った。

 ジェレミーが退出するのを黙って見送り、それからアキレスは、アレックスをちらりと見やる。

 そして、この物腰が柔らかく他人に感化されやすい男には、まだ使い道があるやもしれぬな、と心中でつぶやいたのだった。



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