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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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六章 地球・二(4)


 米国北部で起きた巨大な核爆発の動揺は、通話回線の向こうで起きたざわめきという形で星間カノン基地に届けられた。彼らは、つまり大統領を含む合衆国首脳たちは、通話回線の送話を止めることも忘れ、行きかう怒号を漏れるがままに漏らしていた。

 だが、アキレスはその動揺の効果を確かめることもせず、連盟回線に向けて命令を飛ばした。


「第二部隊、小カノン準備。ターゲット、アルカトラズ島。発射」


 その声を受けた第二地球星間カノン基地のサミュエルは、即座に部署に命令を飛ばした。

 咆哮を上げたのは小龍たるイントロダクションカノンであった。

 重水燃料タンクを抱えたコンテナは、小龍の口元で宇宙との相互作用の一切をかなぐり捨てて消え、ゼロ秒後に、米国西海岸の小島、アルカトラズ島中央付近の地盤中に姿を現した。いや、現そうとした。


 そして、地盤の密な原子の反発に見舞われ、再反転の場を巡って重水原子が相争い、やがて超光速飛行の限界を超えて姿を現した重水原子核のいくつかは、その電磁気力による絶対の防御圏の内側、核力の支配する領域に別の重水原子核がいることを発見し、究極の支配者たる核力の命じるままに相手に掴みかかっては融合していった。

 アルカトラズ島の中央部で起こったことは、米国北部の山中で起こったことの数千分の一に過ぎなかったが、サンフランシスコ市のすべての市民が轟音を聞き、半数の市民が五千メートルの高さに立ち上るきのこ雲を目撃し、一パーセントの市民が突如の爆風によろめいた。閃熱と衝撃の宴が終わると、アルカトラズ島には一切の建造物は残っていないばかりか、北東側に半径五十メートルの半円の入り江が生じていた。


「第一部隊、小カノン準備。ターゲット、ペキン・ランド・カノン基地。発射」


 アキレスはさらにマイクに指示をだし、マイクは第一地球星間カノン基地付属のイントロダクションカノンに命令を伝達した。

 アルカトラズ島とほぼ同じ現象が中国のペキン近郊の地上カノン基地で起こり、その上層構造は完全に壊滅し、下層構造は衝撃で崩れた岩盤に埋められ、地上カノン基地としては完全に使用不可能となっていた。

 執務室に接続されていた通話回線を前にしていたワインバーグ大統領の元に、モンタナ・ランド・カノン基地での大災厄に続けてアルカトラズ島の大爆発の報が入り、事態の確認のために大混乱しているところに中国・北京の事件の知らせが届くや、もはや恐慌状態となっていた。


 事実確認は困難を極め、ひたすら伝聞形式の被害報告が飛び込むばかりになり、正しい情報を誰も把握できない状況となった。

 しかしはっきりしているのは、軌道上のカノン基地を占拠しているテロリストが、核攻撃を合衆国に対して行ったということであった。

 一方、アキレスのいる管制室では、冷静な状況分析が続けられていた。恐慌状態は容易に分かったが、果たして、カノンによる攻撃はどれほどの威力を見せたのか。


「議長、第一弾の攻撃成果が確認できました。民間機関による報道です」


 地上の情報分析を担当していた男が小声でアキレスに伝えた。


「読み上げたまえ」


 アキレスは先を促す。


「米国北部、カナダ国境付近で巨大な爆発現象、核爆発と想定、民間の災害情報企業による地震波の測定では、爆発の規模は百メガトンを大きく超えている模様、かねてよりカノン基地付属の核融合発電所にて破局事故の警報があったため、核融合発電所の爆発事故と想定して被害状況を確認中」


 それを聞いていたジェレミーは、百メガトンという数字に思わず息をのんだ。その数字ははるかに想定を超えていた。1ppmでも燃焼すれば大したものだろう、その場合でも核爆発規模は数メガトン級に過ぎないだろうと考えていたからだ。

 岩盤閉じ込めによる圧力急上昇で一部が再着火したのかもしれない、などと後から考えれば上振れした理由を考えることは可能ではあった。


 彼には核物理の素養も無いし超光速運動理論の素養も無いから見積もりに誤りがあることは致し方ない。

 しかし、その誤りの程度が想定をはるかに超えて危険側であったことには、自らの不明を悔いるしかなかった。

 それから、ラジャンとともに地球を飛び立ったあの場所が、無残にも蒸発して消え去ったことに、喪失感と虚脱感を感じている自分を発見した。


 ほぼ同時刻、核爆発規模の報告を聞き、ワインバーグ大統領は完全にうろたえていた。

 これほどの核爆弾を、一体どこの国が製造し、そこに秘匿していたのか。それに続く小爆発も核爆発の規模としては一都市に壊滅的な被害を与えかねないものだった。

 それだけの核爆弾を何光年も彼方の陰謀集団が入手できるだけで驚くべきことだった。


 しかし経緯を確認する前に、まずこの連続する攻撃を止めなければならない。おそらく、一旦は苦汁を飲む決断が必要だ。

 ワインバーグは軌道上につながる回線のマイクロフォンを掴んだ。


「……モンタナ・ランド・カノン基地とアルカトラズ島は、君たちの仕業かね」


 務めて平静を装って、彼は回線の向こうに尋ねた。


「その通り。いずれ答える必要があるだろうから先に言っておくが、北京で起こった事件も我々の手によるものだ」


「姑息な手だ。しかし、どこであれだけの威力の核爆弾を手に入れ、各所に隠しておくことができたのかね」


 管制室のアキレスは、その大統領の見当違いの問いに、口元をゆがめた。そうか、彼らの認識はこの程度のものか。


「大統領閣下、あなたは勘違いをされているな。確かにあれらは我々の攻撃だが、我々が核爆弾をあらかじめ仕掛けておいたというあなたの考えは完全に誤っていると忠告しておこう。お望みであれば、我々は地球上のどこでも、同じ威力の迎撃不能な攻撃手段で即座に爆撃可能である。私はそうすることに全く躊躇を感じないのだがね、戦略立案者である我々の参謀は、無用な殺生はしたくないという。彼はわざわざ地球の協力者を使って攻撃地域を無人にするよう手配までして人的被害を防ぐことに心を砕いたのだよ。だが、私は違う」


「そのような馬鹿げた攻撃方法があるものか」


「では今すぐ技術官に確認したまえ。カノンにより発射された物体が再反転する際に他の物質と干渉し核反応を起こす可能性。発射された物体の大半が核融合燃料だった場合の効果」


 大統領が指示するまでもなく、その通話を傍受していた大統領参謀がアキレスの言葉の意味を確認すべく指示を飛ばしていた。


「しかし、私の言葉が嘘か真かを確認するまえに、大統領閣下、我が国への侵攻作戦の中止を命じるのが先ではないかね? 我々の小型カノンは十五分毎に爆撃ができる。もちろん飛び立ったシャトルを瞬時に撃墜できる。我々を攻撃しようとする兵士たちには気の毒な話だがね。加えて、一時間ごとに大カノンによるモンタナ・ランド・カノン基地と同じ悲劇が地上のどこかで起こる」


 一旦、スピーカから聞こえるノイズがぶつりと切れた。相手方が送話をオフにしたようである。

 それを確認すると、アキレスは連盟内の回線に向かって静かに言った。


「サミュエル、小カノンの照準はヴェラザノ海峡橋へ。第二星間カノンの照準を、ネバダ・ランド・カノン基地に。三分以内に照準固定。合図あり次第発射できるよう待機」


「了解」


 三十秒ほどあってサミュエルからの返事があり、ついに最悪の事態の引き金に指がかかったことをジェレミーは知った。

 ネバダ・ランド・カノン基地へ、星間カノンの照準。

 今度は、いかなる退避措置もとっていない。


 その周辺の人々は、何が起こったかも知らずに蒸発してしまう。

 わずか一言の命令で。

 そして、たっぷり一分以上の時間を空けて再び大統領との回線はオンになった。


「作戦は中止した。これで結構かね」


「賢明な判断だ、大統領。あとわずかでもその決断が遅れていれば、我々の次の弾丸は、貴国領内のもう一つの地上カノン基地を何万人という人々とともに蒸発させていただろう」


 この脅しにとどまらぬ行動を見るに、ジェレミーは、アキレスという男の果断さと容赦なさを頼もしくも恐ろしく思う。おそらく彼は、もしここで米国が引かなければ、第二星間カノンに装填した一万トンの弾丸を容赦なくネバダに放ったに違いない。その爆発の威力圏内に何万もの人が住んでいる場所に。


「では、大統領、それと、この通信を聞いている関係国首脳諸君、あなた方には考える時間が与えられる。我々はあなた方と結ぶための友好条約の草案を提案する用意がある。それを受け取るかどうか、よく考えて返答してくれたまえ。返答期限は、ただいまの時刻からちょうど百六十八時間後とする」


 アキレスの宣言に応えたものはただの一人もおらず、いくつか小さな唸り声が聞こえたものの、間もなく通話回線は一方的に切断された。



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