六章 地球・二(2)
すべての準備が整ったとき、系外惑星独立連盟の本部は、第一地球星間カノン基地の管制室にあった。アキレスが本部として陣取り、一方、第二地球星間カノン基地側にサミュエルが第二部隊の指揮官として派遣されていた。本部と第二部隊の間は、カノン基地に係留された星間船同士のビーム通信を経由して結ばれていた。カノン基地の通信機を使うことで情報漏えいが起こることを避けるための用心である。
最初の星間船に続けてそれぞれの基地に六隻の星間船が到着し、そのうちの一隻にけん引されていた巨大な構造物が星間カノン基地につなぎとめられた。
その構造物は、全長が二キロメートル、幅が二十メートルほどの骨組みだけの筒形。
星間カノンをそのまま小さく縮めたような外形をしており、なおかつ、それは実際にカノンそのものであった。
「イントロダクションカノンの調整は?」
アキレスが無線機に向かってたずねると、無線機から声が答える。
「ジャイロを調整して使用可能になるまであと十五分を要しますが、予定通りです」
ジェレミーがラジャンに集めさせたものは、イントロダクションカノンであった。
新しい星系を開拓する際に、まず最初に設置される復路のための最小限のカノン装置。小型で輸送量も極めて小さく着弾誤差も大きいという理由で通常の運搬で使うことはできないため、大型の星間カノン基地の建設が終われば無用となるものである。
軌道上に放置されていたそれらを、ジェレミーの指示でラジャンが分解回収し、そして、太陽系到着後に再構築したのであった。
「よろしい。メインは?」
「ターゲッティング完了」
返答に満足げにうなずき、アキレスは続けて、
「第二部隊サミュエル、そちらの準備は」
第二基地につながる別の無線機に語りかける。呼びかけから二十秒ほどの遅延があって、返答の声があった。
「準備完了、ターゲッティング済み。命令あれば一分以内に発射可能です」
うむ、とアキレスはうなり、管制室の片隅に席を与えられたジェレミーとアレックスに向き直った。
「あちら側の準備が整ったようだから、そろそろはじめようと思う。アレックス、地上の手はずは間違いないかね」
アレックスは穏やかな表情のままうなずく。
「問題ありません。四つのターゲットはすべてクリア。ヴェラザノ海峡橋を使う場合だけは、もう一度、直前に確認ください。それ以外は完全に安全です」
アレックスは、彼自身のコネクションで、地上の数々の事件を演出していた。
アレックスの諜報員仲間の中には、すでに多くの転向者がいる。独立が成功した後、独立政府からのスパイ業を買って出ようという仲間が。
独立が成功すれば間違いなく破格の待遇が待っているのに対して、裏切って失敗に導いた場合はアレックス・エンディという潜入者のお手柄となる。となれば、ひそかに独立成功の目に賭けるのは当然の選択なのだ。アレックスが転向者を作ることは実に容易かった。
「よろしい。サミュエル、再確認、小カノンのターゲットはアルカトラズ島。それでは、開始しよう」
そう言って、ずいぶん前から音声回線のオープンを求めて信号灯が点きっぱなしだった通信端末の前の椅子に向かって体を飛ばし、ベルトで体を固定した。
アキレスが、応答ボタンを押しこむと、すぐに相手の声が聞こえ始めた。
「こちらは合衆国連邦捜査局である。まずは君たちの要求を聞こう」
テロリストに対する最初の言葉としておそらく何万回も繰り返されたであろうその文句が、スピーカから管制室全体に響いた。
「こちらは、アキレス・コギアンテス。単刀直入に要求する。我々、系外惑星独立連盟は、アンビリア、リュシディケ、マエラ、シリウスAaの四惑星の、国家としての独立を要求する」
百万キロメートルに近い距離を隔てていても、スピーカを通してその向こうがざわついたことが分かった。はっきりと内容が聞き取れない声の応酬がしばらく続き、それから、一つの声がはっきりと聞こえてきた。
「アキレス・コギアンテス、君たちの要求を呑むことはできない。すぐに投降したまえ。我々はすぐに捜査員、あるいは軍隊をそちらに派遣する用意がある」
「君では話にならないな。系外惑星に利権を持っているすべての国家の首脳が参加することが望ましい。それを取り次いでから考え直したらどうだね」
アキレスは、相手の脅しに一切動揺することなく、むしろ堂々と、横柄に、要求をエスカレートさせた。
「我々は、この軌道上のカノン基地を防衛するための十分な兵力を持っている、地上カノンで打ち上げられる人員程度では我々の防御を破ることは不可能だぞ。我々の行動を完全に停止させるには、星間カノン基地ごと完全に破壊するほかない。それが君たちの経済にどれだけの大打撃を与えることになるか、我々は理解しているつもりだ。犯罪捜査官風情が判断できることではないぞ」
「そのような脅しが――」
通話回線の向こうの声がそこまで言った瞬間、ぶつりと音声が途切れ、そして、背景ノイズの色が変わった。
「では、私が直々に応えよう、テロリスト諸君」
先ほどとは全く別の声が言った。
「私は合衆国大統領、ロナルド・D・ワインバーグ」
その名乗りは、さすがに連盟側にも多少の動揺をもたらした。
「もちろん私は、欧州、ロシア、中国、インドの各国首脳とも緊密に連絡を取り合っている。その上で、君たちの要求に回答しよう。答えは、ノーだ」
「しかしすべての国がそうかね? 我々の要求は、国家として独立し、それを承認した国とは対等の国交を結ぶというものだ。米国は現状で最大権益を持っているだろう。だからもちろん答えはノーだ。しかし、新たに権益を欲する国があると考えないかね?」
アキレスは一歩も引かずに指摘した。
「それでも、ノーだ。この会話はすべて、主要各国首脳とも共有されているのだよ。その誰もが、私と意見を同じくしており、君の意見の入るところは一切ない」
合衆国大統領ワインバーグは、二度の要求を完全に否認し、交渉に応じる余地が無いことを断言した。
「そして、君たちのやり口も理解しているよ。我が国と中国の地上カノン基地で起きたあの騒ぎは、君たちの仕業だね。地上カノン基地を使えなくしてしまえば我々の反撃を防げると考えたのであれば、それは浅はかだったな。我が国には地上カノン基地はもう一つあるし、ロシアもインドも持っている、万一の場合には彼らのカノンを使って星間カノン奪還に我が軍を派遣することに、ロシアもインドも同意しているのだよ」
大統領のその言葉に、この計画の真髄を完全には聞かされていない管制室の幾人かのメンバーは、絶望に近い表情を浮かべていただろう。
しかし、アキレスと、ジェレミー、アレックスの三人は、その合衆国の反撃を完全に予想し、にもかかわらず、まだ事態は計画から外れていないことを確信していた。
彼らが鎮圧のために常識的な対応を取ること。
それを、いとも容易くくじいて見せること。
それこそが、計画の真髄なのだ。
だから、次にアキレスの口から出た言葉は、要求のエスカレートというのにはあまりに的を外した発言となった。もはやそれは要求ですらなかった。
「大統領、あなたの考えは理解した。我々の寛大な提案が拒否された以上、『我が国』は一方的に独立を宣言し、なおかつ、貴国を含むすべての国に対して、我が国が望む方法で国交を持つことを命ずる」
このアキレスの人を食ったような物言いはさすがに絶句を呼び、次いで、失笑を呼んだ。
「どうやってそれを我が合衆国に強制するのかね」
嘲笑を含んだ声に対して、アキレスは何も答えなかった。
通話回線の送話をオフに切り替え、マイクを呼び、最終準備を指示した。
マイクがその指示を受けてしかるべき部隊に独自無線で連絡を入れているところで、合衆国大統領の声がスピーカから響いてきた。
「残念ながら、ゲームオーバーだ。西部地上カノン基地に我が合衆国の海兵隊が集結しつつある。私の最後の命令で発射が開始され、そののち、君たちのテロリズムは予定通り鎮圧されることになる」
マイクに指示を出すために後ろを向いていたアキレスは、一度ジェレミーとアレックスに視線を送った。いいのだな、と確認するように。
二人は、無言でうなずき返し、アキレスの意思を承認した。
そしてアキレスは再度送話をオンに切り替える。
「合衆国大統領に、通告する。我が国に対する侵略行為を即座に停止せよ。さもなくば報復を行う用意がある」
「我が合衆国はいかなるテロリズムにも屈しない」
アキレスの勧告に対してワインバーグ大統領は毅然と切り返した。
じりじりとスピーカからノイズだけが聞こえていた。アキレスは、その通話回線にいかなる要望ももはや無用であり、ましてや寛容をかけることもできないのだと知った。
そして、独立連盟内回線に向かって、静かに命令した。
「……発射せよ」
命令から一秒後、ごうん、という地響きのような音が第一地球星間カノン基地全体に響き渡った。
星間カノン基地で他の星間船の発射を何度も経験してきたジェレミーは、その音が何なのか、よく知っていた。
星間船の発射の時の音と振動。
一万トンに及ぶ星間船を苛烈な加速で放り出すとき、星間カノンはその巨躯にも関わらず、巨大な龍が吼えるがごとく大きく打ち震えるのだ。
その龍の吼え声は、その口から見えない炎を吐き出して静かに反響しながら消えていった。
その瞬間、地上で、人類の歴史上誰も見たことのない大異変が始まった。
米国北部の地上カノン基地、正式名称、モンタナ・ランド・カノン基地の敷地の中央、むき出しの岩肌。
それが一瞬震え、次の瞬間に白い光の半球が生じたかと思うと、その光球は、放射と熱伝導でその外側の大気を音速の千倍以上の速度でプラズマ化していき自ら大気を喰って成長した。
その光球は、差し渡し四キロメートルに達するまでに成長した。
やがてその青白い姿を徐々に黄色からオレンジ色に変えながら成長速度を鈍化させていった。
光球は熱線を放ち、十キロメートル以内のあらゆる有機物を瞬時に炭化した。
その成長速度が音速を下回ると、次に、あらゆるものを破壊しつくす見えざる壁が球形の外縁からその直径を超音速で広げ始めた。その破壊の壁は五キロメートルを疾走し、その間にあるものをすべて破壊しつくした。壁は、やがてその速度を音速以下に減じて、役割を終えた。
破壊の壁の消失と同時に生じた亜音速の突風はさらに十キロメートル以上にわたって木々とあらゆる構造物をなぎ倒した。
破壊の壁と突風によりミクロンの大きさにまで粉砕された炭と塵のすべては高熱の煙を構成し、光球が赤から黒へと色を変えて消えるころには成層圏まで立ち上る雲を作っていた。
観測できるものがいるとすれば、そこに残っているのは、深さ五百メートル、直径三キロメートルもある巨大なクレーターだっただろう。
すなわち、モンタナ・ランド・カノン基地は、人類史上最大の核爆発を起こし、巨大なクレーターを残して消滅したのである。




