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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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一章 地球(2)

 外側の様子を映したパネルに小さな灰色のシミが見え、次第に非常に細長い針のように変わり、針の先端から後端までが画面に収まりきらなくなったころに、それがきわめて巨大な構造物であることが見えるようになる。

 それこそが、人類が建造したもっとも巨大な宇宙構造物の一つである、第一地球星間カノン基地である。直径は二百メートル、長さは百六十キロメートルに及ぶその構造物の後端には、その大きさが差し渡し五百メートルにも及ぶ星間カノン基地本体が見え始め、近づくとさらに複雑な構造が明らかになってくる。


 シャトルを受け入れるための小さな入り口。

 星間船が出入りするための巨大な開口。

 そこで働く人のための居住モジュールや星間船乗組員のための宿泊所、制御センター。

 星間カノンに巨大なエネルギーを供給するための核融合発電所。

 そして、シャトルを低軌道に送り返すための二百メートルほどの小カノン砲身。


 ただの針に見えていた砲身も、冷却パイプ、電力線・信号線の通るメンテナンスパイプ、節々の巨大な電力コンデンサ、などなどが判別できるようになる。それはつるりとした針などではなく、複雑な構造を持った複合体なのだ。


 その光景が見え始めて三十分もたたぬうちに、二人の乗ったシャトル艇は星間カノン基地に滑り込んでいった。


 乗降口に気密ハッチが直結され、エアロックの空気が満たされる音が聞こえてくる。一分後、船内アナウンスはカノン基地への到着を知らせた。


 二人がプラットフォームに出ると、もう一つ、より大きな気密ハッチが接続されていて、コンテナの運び出しが始まろうとしていた。

 長い間音から隔離されていた二人の耳に、コンテナがコンベアを運ばれるゴツンゴツンという音と、空調システムの轟音が真新しく届いた。


 二人は初めての無重力遊泳を楽しみ練習しながらプラットフォームを後にして広い乗り換えの待合室に向かった。

 待合室には発射時刻の並んだ掲示板と体を休めるためのハンモック型のベンチがたくさん設置されている。待合室の奥のほうには、次の便まで時間がある人が使うための宿泊所への通路が伸びていて、右手側には、星間船に乗り込むためのプラットフォームに続くゲートが見える。


 ジェレミーは椅子に腰かけ、ラジャンは売店で飲み物とスナックを買った。彼らが乗る星間貨物船の次の搭乗時刻まで、おおよそ二時間ほどだ。

 ラジャンは二つ買ったうちの一つのミネラルウォーターをジェレミーに渡しながら訊く。


「それで、今回の仕事の件、細かい話は行きすがら、ということだったが、どういう仕事なんだい? ベビーシッターじゃないことは間違いなさそうだが」


 ジェレミーはありがとうと言いながらミネラルウォーターを受け取ると、キャップをねじりとって逆止弁付きストローから内容物を一口飲みこんだ。


「系外惑星の開発ってのが、特定の企業の独占権利ってことは知ってるかな?」


「もちろんだとも、我らがクライアントのオコナー社が最大シェアを持つ会社だってことも」


 とラジャンは大きくうなずく。


「そう、一つの惑星上のすべての土地は分割され、企業の入札で取り合いをするんだ。僕が昔務めていた、系外惑星開発機構がオークションマスターとなってね」


 ジェレミーはあえて以前の自分の職場の名称を省略せずに言った。


 彼の前職は、国際連合下部組織である系外惑星開発機構の職員であった。

 その機構は、百年あまり前、星間航行の実用化直後に持ち上がった『外宇宙の開発』という問題を扱うために系外惑星開発条約のもとに設立された。

 宇宙領有禁止の新宇宙条約のくびきの中で宇宙開発を円滑に行うため、民間企業に惑星の一部の開発権の一切を預けるのだ。


 権利販売の売り上げの一部を運営マージンとして取り、残りを条約加盟国に均等に分配するのが機構の主な役割だった。以前のジェレミーのサラリーも、落札された企業からの払込金がその原資だったわけだ。

 そんなことを思い出しながら、彼は続けた。


「そうするとね、その土地の開発はすべて一企業の独占権利になるんだ」


 そのひとつが、オコナー資源開発株式会社、ジェレミーたちのクライアントだ。


 官僚生活にすっかり飽き飽きしたある秋の日、ジェレミーが悪友にそそのかされて立ち上げたのは、系外惑星開発に関するコンサルタント業だった。

 しばらくは出資者の悪友とつるんで小規模な入札情報を嗅ぎ付けてその情報を売ったりして稼いでいたが、一念発起、本格的に運営効率化の提案をオコナー社に持ち込んだ。この種のコンサルタントとしては格安だったのと、官僚経験者の持つコネクション、という強みもあって、オコナー社はジェレミーの提案を好意的に受け入れたのだ。


「しかし、独占権が法的に認められるということは、逆に言えばその土地におけるあらゆる必要設備を自身の責任で整備運用する必要が出てくるんだ」


「どこぞの不動産会社が入り込んで洒落た一軒家を建てたりってことはできないわけだ」


 そう茶化すラジャンは、ジェレミーの大学での学友であった。

 幾度かの転職ののち星間航行技術関連の仕事をしばらくしていたが、のちに独立系技術コンサルタントにヘッドハンティングを受ける。だがコンサルタントになったのちはあまり大きな仕事はなく身を持て余していた。


 そこでジェレミーの助手の誘いに乗ったのである。


 特に、星間航行を直接体験できるという魅力には抗いがたく、話がまとまるやすぐに職場に長期の休職を届け出た。

 ラジャンという男は、少しでも面白げな話があれば今の身分など考えもせずに食いつく男なのである。

 ジェレミーには、そんな身軽で好奇心あふれる彼の性格が実に好ましく思えるのだった。


「ふふっ、たしかに、リアルエステートエージェントの入る余地はなかろうね。だから、開発企業自身が居住地区の整備もしなくちゃならない。間接的な利権の転売行為を防ぐために、他の企業に請け負わせることも禁じられているんだ」


「酸素も水も無い惑星で人間が安定して暮らしていくには大がかりの設備が必要だろうに」


「そう、運営費用だけでも大変なものだ」


「僕だったらこうするね、隣におあつらえ向きの施設を他の誰かが建てたところで、一部を拝借する」


「君にビジネスの才能があるとは思わなかったよ。その通り、それがベストだ」


 ジェレミーはうなずくが、さらに続ける。


「ところがね、企業の開発地内は、企業の国籍のある国の法が便宜上適用されるんだよ、そうすると、法制度が違うから手続きも違う。一部を除いてそういうシェアは進んでない」


「いつの世も、利便性を阻むのは政治家ってわけだ」


「まあね、けれど、そういった面倒事は、逆に言えばビジネスチャンスなんだよ、そういった手続きを僕らが代行するだけでも、たいしたお小遣いにはなる」


 一通り聞いて、しかしラジャンは少し不満げに唸った。


「しかしそれだけであれば僕の出番はあまりなさそうだな」


 ジェレミーはその率直な不満を受け止めて、相好を崩しながら続けた。


「もちろんそれだけじゃない。星間輸送の効率化も一つのテーマだ。僕らがこれから、バーナード星の中継カノン基地とウォルフ359星の中継基地を経てたどり着くエリダヌス座ε星系の惑星アンビリアは、星間貿易の最大のハブだ。そこから、プロキオン星系のマエラ、くじら座τ星系のリュシディケ、シリウス星系のシリウスAaにそれぞれ星間カノン航路がひかれている」


 ジェレミーの言葉を、鼻を鳴らしながらラジャンは手書きボードに書き写す。


「距離とカノンの性能の関係上、すべての物資は必ず一度アンビリアを経由しなくちゃならない。もちろん現状でもカノンの運営の効率化は一大テーマだが、最大シェアを持つオコナー社の輸出入プランとカノンの運営を結び付ければもっと効率化できるんじゃないかと思わないかい? その際に、カノンの技術面での運営サポートが必要になると思う。そのために、君を雇ったんだよ」


「ううむ、カノンシステムそのものならまだしも運用システムとなると、僕にも難しい専門領域だがなあ」


 ラジャンは顔をしかめるが、


「まぁ、もう一つの理由は、僕としてはこうして相談相手がいるだけで仕事がスムーズになるんじゃないかとも思ったことなんだけどね。何しろ僕の唯一の経歴は単なる役人で、民間のメーカやコンサルタント業務を経験した君の意見をことあるごとに聞きたいんだ」


「つまり僕は君の話し相手をしていればいいってことか」


 ラジャンはひとまずは安心したように大きく鼻をふくらませた。


「だから僕は君に系外惑星の社会について説明しておく義務があるだろうね。君の知っての通り、開発中の惑星は一番新しいシリウスAaを含めて四つ」


「地球を入れて?」


「入れれば五つ――いいから黙って聞けよ。僕らがこれから向かうアンビリアは八十年前に開発が始まり、一番開発が進んでいて、人口も四十万を超えた。アンビリアで初めて生まれた子供たちはとっくに成人しているし、初めての純粋アンビリア人三代目となる子供の誕生がニュースになったのをこの前見なかったかい?」


「僕が見たのはサッポロの動物園で三十代目のアライグマが誕生したニュースだったな」


「それはおめでとう。――アンビリアの主産物は鉱石燃料や希少金属。われらがオコナー社と、お隣のユンファー社がもっとも大きな開発会社だ。年月を経ていて生産性は下降傾向。ざっとこんなもんかな」


 ジェレミーが説明し、ラジャンは一言二言だけ先ほどのメモに付け加えている。


「ふむ。で、ほかの惑星も似たようなものってことかな? だったらここから先は以下同文、と書いて済ますんだがね」


 ラジャンが、ペン先で白紙部分ととんとんとつつくと、ジェレミーは肩をすくめて見せる。


「似たようなものだね、細かい違いを除けば。リュシディケはアンビリアから2.2光年、二番目に古くて人口も二番目に多い。しかし最大の違いは、リュシディケの主産物は水ってことだ」


「ははっ、面白い冗談だ。地球が水の輸入を必要とするとは思えないね」


 ジェレミーはラジャンの意外そうな顔を見られたことに満足して笑みを漏らし、


「もちろん、水とはいっても重水のことだよ」


「核融合燃料のことか。君もそんな冗談を言うんだな」


 ラジャンの少し馬鹿にした物言いにも、ジェレミーはにやっと笑って返しただけだ。


「そう、リュシディケは地下深くの氷の岩盤中に特異的に重水が多いことで知られているんだ。地球で海から濾しとるよりはるかに低コストで大量生産できる」


「その調子で水を輸入していたらいずれ地球の海はあふれてしまうな」


 ラジャンは負けじと冗談を言い返してにんまりと満足げに笑った。もちろんジェレミーは愛想笑いでつまらない冗談を聞き流す。


「マエラはアンビリアと同じような惑星でまだ若いが、人口は十万を超えている。最後のシリウスAaはほんの十五年前に開発が始まった月ほどの大きさの惑星で、わずかな希少金属以外は特筆するほどの大量資源もないが、次の候補星系への足掛かりとなることが期待されている場所だ」


「それなら聞いたことがあるぞ。シリウスに設置された星間カノンは、ちょっと珍しいタイプらしいな。ほかの中規模カノンは例外なく搬送質量一万トンで、射程は三光年くらいだというのにな。最新技術の高精度制御で小型でも五光年以上の航続距離を実現し、次のどことかいう星系に一足で飛べるように設計されているらしいね。いずれはすべてのカノンがこのタイプの制御装置に置き換わるんじゃないかと期待されている新型だ」


「そうだった、その分野は君のお得意分野だったな。とにかくこういう状況で、さて、どうやって我らがクライアントのオコナー社様の利益を最大化するか? というのが僕らのミッションだ」


「なるほど、おおよそ我らが銀河帝国のあらましはわかったよ。たぶんその知識のいくらかは次のカノンジャンプの時にタキオンになって宇宙の彼方に飛んで行っちまうかもしれないけどな」


 ラジャンは軽口をたたきながらスナックの袋を破った。



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