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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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六章 地球・二(1)

■六章 地球・二


 十四隻の星間船の旅程は八日に及んだ。

 船団に異常が起こったのは、太陽系にすべての船がそろったその時であった。


 船団の中の一隻から、強力な電磁波パルスが放射されたことが、地球上のある電波天文台により観測された。しかしこれは、星間船の通信ビームが通信先を求めて地球方向を走査したときに一瞬電波望遠鏡が浴びたものであると結論された。

 しかし、その電磁波パルスは地球方向に限定されたビームではなく、実はその船からあらゆる方向に向けて放たれた極めて強力な一撃であった。ジェレミー船団の一角から放たれたそれは、船団すべての船で捉えられ、作戦開始ののろしとしての本懐を遂げた。


 パルスを受けた簡易受信機が鳴動し、すべての船内で行動が開始された。居住モジュールに潜んでいた系外惑星独立連盟構成員たちは、モジュールから飛び出し、まっしぐらに操舵室に殺到した。改造空気銃による脅しで操舵室と船長室は易々と占拠された。

 制御を奪われた船は、通常よりも強い制動推進をかけ、地球への到着時刻を大きく遅らせると同時に、すべての船が一点に合流できるよう航路を調整した。


 次いで、地球に対して、一隻の燃料ポンプに大事故が発生し、燃料がすべて流失、近辺の他の船が救援に向かい修理と燃料補充を行うため到着が大幅に遅れる、と通報した。

 丸一日をかけて船と船の距離は縮まっていき、十四隻がすべて視認可能な距離となっていた。

 そのうちの一隻ともう一隻が再度推進材を吹き、お互いに距離を縮め、最後は緊急用ハッチ同士をつなげるという曲芸を演じた。それと同時に、ラジャン船団側では、貨物室ハッチから船外作業用宇宙服を着た人間が命綱をつけていくつかのコンテナとともに漂い出るという別の曲芸が始まっていた。


 接舷した二隻の片方からもう片方に移動したのは、ラジャンであった。そして、移動した先の船で彼を迎えたのは、ジェレミーと他数名の連盟幹部たちであった。


「一カ月以上になるかな、実に見事だったよ、ラジャン。ありがとう」


 ジェレミーがラジャンの右手を取ると、彼はそれを握り返した。


「簡単なことだったんだよ。実のところあれは誰も管理せずに放り出されていたんだ。輸送計画の足しにしたいと言ったらすぐにかき集めてくれたよ。こっそりデータベースを操作して、あれが輸送計画に役立つと見えるように偽装はしたがね」


「そんな芸当をどこで覚えたんだ、ラジャン」


 ジェレミーが問うと、


「あんなものありふれたデータベースさ、管理者権限さえどこかから入手できれば簡単なことだよ、君のやったことに比べれば、大したことじゃないさ」


 とラジャンは軽い口調で手品のタネを明かした。それにしても、そのタネを仕込むことには相当な努力が必要だったのだが、そういった苦節の一切合財を表に出さないことが、彼の人付き合い上の信念であった。

 そうして、ラジャンは、ジェレミーの奥にアキレスの姿を認め、改めて握手を求めた。アキレスは快くそれを受ける。


「ありがとうラジャン君、正直に言うとね、私は最後までジェレミーを信用する気にはなれなかったのだよ。君が、大船団を率いてアンビリア上空に現れるまでね」


「すべてジェレミーのおぜん立てのおかげさ、僕は気楽にそれに乗っかっただけ」


 ラジャンは謙遜したが、同時にそれは本心だった。


「それで、あれの組み立てはすぐに終わるかね?」


 モニターで宇宙空間を漂うコンテナと作業員を見ながら、脇にいたアキレスが問う。


「オートアセンブルシステムがあるから本来なら一日あれば十分なはずだが、作業員は初めて見るものばかりだ。一つに二日はかかると思った方がいいな」


 アキレスは、ふむ、と一瞬考えるそぶりを見せた。


「ではこちらからも人員をだし、二つ同時にかかろう。それで、合計二日だな?」


「計算通りならそう」


 よろしい、とうなずくと、アキレスはすぐに後ろにいた男に手先の器用なものを集めるように指示を出した。


「とにかく、この二日間はほぼ不休だ、疲れただろう、この船には多少余計に物資もあるから、休んでいきたまえ。貨物室の663と書かれた会議室コンテナを君たちの休息用に確保してある」


 アキレスはそう言うと、マイクともう一人の幹部に声をかけて、次の指示のための打ち合わせに向かった。


***


 人類初の宇宙艦隊とジェレミーが呼んだその十四隻からなる貨物船団は、予定通り、つまり『故障発生』から四日後に、地球が目前に見える位置にまで近づいていた。

 十四隻のうち、七隻が第一星間カノン基地に、残る七隻が第二星間カノン基地に向かう航路を取った。

 船は逆噴射をしながら徐々に相対速度を小さくしていき、最終的には、超高高度軌道上にある星間カノン基地に相対速度を合わせていく。


 それぞれの星間カノン基地に近づく七隻のうち一隻が、プラットフォームに向かった。

 不思議なことに第一、第二それぞれの基地への『一隻目の到着』に五分以上の誤差が無かったが、まだその異常さに気づくものは無かった。

 受け入れ作業員は係留索を繰り出し、着岸をサポートする。索が船をしっかりとつかむと、船はさらに小さな制動をかけて相対速度を小さくし、次いで、コントロールを係留索にゆだねる。係留索が船を適度な張力でコントロールし引き寄せ、最後に船は、星間カノン基地本体に完全に同化した。


 通常の着岸作業と同じように、エアロックを旅客ハッチと貨物ハッチにそれぞれ接続したときに、そこにいた誰もが異変を知った。

 旅客ハッチから勢いよく数十人の人が飛び出し、たちまちのうちに作業員を拘束し、特殊梱包ロープでからめ捕った。彼らは警報を発することさえできなかった。最初に飛び出した数十人に続いてさらに百数十人が飛び出し、その総計は二百近くに達していた。通常の星間船の旅客スペースには絶対に乗せない定員数であるが、これらはすべて、貨物として載せた居住化コンテナに潜んでいた、系外惑星独立連盟の兵士たちであった。


 旅の間に無重力訓練を繰り返した彼らは、手早くプラットフォームの通路を突き進み、広い待合スペースになだれ込む。その周辺と地上シャトル関連設備を五分とかけずに占拠した。この制圧作戦に割かれた兵力は約五十である。

 その間にも残りの兵は宿泊施設に突入し、一番奥の通用路を破って隣接した作業員の居住モジュールへ。その先のゲートを奪ったIDカードで開き、太さ数センチメートルもの鋼鉄のつっかえ棒をゲートにねじ込んで、緊急閉塞を封じる。これで、カノン基地の心臓部への道が開けた。


 カノンそのものの制御センター、基地の監視センター、通信室、星間船とシャトルの管制室、諸所には、それぞれに数人の警備員がついていたが、各所に残した占領兵力を引いても残り百名にも及ぶ数の暴力には抗うすべがなく、カノン基地を構成するためのあらゆる区画が一瞬で制圧され占拠が宣言された。

 これと同じことがもう一つの星間カノン基地でも起きており、作戦開始から八十分、すべての作戦行動の完了がお互いに確認され、この独立戦争における戦闘と呼べるものはここにすべてが終結したのである。


***


 星間カノン基地での戦闘とほぼ時を同じくして、地上でも動きが起きていた。しかしそれは、星間カノン基地で起きたようなテロリズムに類する行動ではなく、一種のパニックであった。

 それは、米国北部カナダとの国境にほど近い山中に位置する地上カノン基地『モンタナ・ランド・カノン基地』で起きていた。

 最初は緊急警報であった。続いて、警報の内容が、そのカノン基地の動力たる核融合炉の破局的損壊であることが知れ渡ると、乗客も作業員もパニックを起こし、我先にと逃げ始めた。最深部にいた人々は緊急用圧縮空気動力エレベータに殺到した。発射に向かっていたシャトルも地上に緊急排出された。


 輸送用列車が避難する人々を乗せ、避難区域外へ向かって疾走した。

 その車内から、核融合発電所の管理センターから一台の大型バスがセンター作業員を乗せて走り去るのが目撃されている。

 しかし、事件が終わってから集めた証言によると、見知らぬ集団が政府担当者の身分証を掲げ、破局的事故に備えた訓練を行うという名目で発電所にいた彼らをバスに詰め込み、その後、避難先で忽然と消えていたことが分かった。


 核融合炉の破局的損壊という情報に基づき、半径三十キロメートル以内の全住民に対して避難が命じられた。もとより住民は安全圏に移住してはいたものの、それでもわずかに残った頑固者たちに対しては、緊急にヘリコプターによる避難が行われた。

 別の場所でも奇妙なことがいくつか起こっていた。

 米国西海岸の観光地、アルカトラズ島で、本土との行き来のための水上船がすべて故障で使用不可能となるトラブルが起きていた。島に残ったスタッフも政府職員の指示で全員本土に避難したために、アルカトラズ島が全くの無人になるという珍事であった。


 一方、米国東海岸では、ヴェラザノ海峡橋で橋の崩壊の恐れのある欠陥が見つかったという報告があったために、朝から全面通行禁止となっていた。橋の上のみでなく、橋の下も崩壊に巻き込まれる恐れがあるために船の通行が制限された。

 地球の裏に当たる中国でも、北京近郊の地上カノン基地で地下火災が起こり有毒ガスが発生、従業員を含めてすべての人間が避難するという事故が起きていた。


 こうした珍事件が前日から続発していたが、米国北部の核施設大事故のニュースはそれらをすべて覆い隠し、そしてそれから数時間後にもたらされた、星間カノン基地がテロリストに占拠されたという当局発表はそのニュースさえかすませるものとなった。



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