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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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五章 アンビリア・二(3)


 ジェレミーの説明に始まった対話は、二時間にも及んだ。アレックスは時折、分からない点を質問し、次第に不備を指摘するようになり、最後には計画にいくつかを付け加えるようになっていた。

 これで全て、とジェレミーが宣言したところで、前のめりだった二人は体を伸ばし、同時にソファのクッションにそれぞれの背中を預けた。

 丸二時間の間こわばっていた全身の筋肉から疲労物質が抜けていく心地よさに、二人はしばし身を預けた。


「大変面白い計画でした。たいしたものですよ、一人の頭蓋の中でそれを考えたとは」


 アレックスが言うと、


「それでも不備はたくさんある。アレックス、あなたに相談してよかったよ」


 とジェレミーは返した。


「だがジェレミー、それは、あなたの別の信念に抵触はしないのですか」


「そのことがあるからこそ、あなたの地球とのコネクションを使わせてほしい」


「それを考えさえしなければ、あなたの計画はもっとシンプルで効果的だったはずです」


 アレックスは言いながら身を起こして、


「本来スパイであるはずの私にそれを漏らすという危険まで冒しているんですよ。それがどれだけ危険か、気が付いていますか」


「だが、僕はあなたの言葉だけを信用すると言ったね。今もそうなんだ。そして、あなたが僕を逮捕するというのならしてくれていいとも思っているし、それがあなたの職務だろうと思う」


 しかし、それに対してアレックスは、ふん、と鼻を鳴らした。


「系外惑星を反乱の戦禍から救った英雄の言葉と、その男に出し抜かれて床に転がっていただけの諜報員と、政府や民衆がどちらの言葉を信じるか、考えるまでもありませんよ。あなたは実に狡猾な人だ。この私を、またも、完全に罠にはめてしまった」


 そう言いながら、アレックスの瞳は、罠にはめられた恨みではなく、先にある希望への輝きをたたえていた。


「それで、次のアクションは?」


 アレックスが訊く。


「地下に潜んでいる連盟の本部を、あなたと一緒に訪問しようと思う。しかし、これは大変危険だと思うよ。僕がそうであるのと同じかそれ以上に、あなたも、彼らにとっては不倶戴天の敵だからね」


「つまり、彼らの最大の敵二人が、手を取り合ってその本拠地に乗り込むという大事業をまずは完遂しなければならないわけですね」


 しかし、その冒険こそ、自分がなすべきことだと、アレックスは確信する。

 この反乱騒ぎを頂点に、諜報員としていくつもの冒険をこなしてきたが、ここまで心躍る冒険はあっただろうか。さらにその先に見えている大冒険も。


「潜入や接触はあなたの本分だ、期待しているよ」


「簡単なことです。私は、そういう時は、あえて小細工を弄さない。小細工はかえって相手を警戒させます。ただ、自分は裸だと、相手に思い込ませるんです。そう、私が裸のワインボトルを持ってあなたたちに近づいたように、ね。そして今回は、本当に、腹に一物のない訪問なのです。裸だという演技さえ必要がない。そうでしょう」


 アレックスはこともなげにそう言い、続けて、


「ラジャンとは、いつ落ち合うことになっていますか?」


「堂々と星間通信で日時と場所を伝えるよ」


「なるほど、確かに、それが一番目立たないでしょうね」


 ジェレミーの説明によると、ラジャンは必要なものを用意するために、リュシディケに残していた。ジェレミーの計画遂行の日には、その必要なものを持って参加するという段取りである。


「もしあなたさえかまわなければ、明日にでも、連盟本部に向かいたいんだが」


「いいでしょう。あなたの毒、皿まで食らいつくしましょう」


 そうして、翌日の出発時刻だけを簡単に打ち合わせを済ませると、アレックスは部屋を出て自分の住処に帰って行った。

 彼を巻き込んだことが正しいのかどうか、ジェレミーに全く不安がないわけではなかった。

 だが、彼を信用しよう。


 少なくとも、彼は言葉上では僕を信じると言ったのだから。

 彼は心の中でもう一度自分に言い聞かせる。

 それから、ふと、同じ空の下にいるだろうニナのことを思い出した。


 明日には、彼女の心を痛みから解き放つことができる。

 やっとだ。やっとその日が来る。


***


 標準時で午前十時を過ぎたころである。

 系外惑星独立連盟の本部兼潜伏拠点となっているその廃坑道に、ひと騒ぎが起きた。その場所に来るはずが無い、来てはならない人物が、正面からそこを訪ね、連盟の最高議長に面会を求めているのである。

 最初に彼を見た入り口近くの歩哨は、見知らぬ男の訪問を警戒し、次いで、その男の名乗った名前を聞いて怒りをあらわにした。


 その男の訪問の知らせは、彼の体が運ばれるよりもはるかに速く、有線電話によって坑道の奥深くに運ばれていた。あわただしい指示の声や負の感情のこもった怒号が、静かだった拠点全体に響き、その知らせを受けなかった多くの人たちもが呼吸マスクだけを着けて何事かと居住モジュールを飛び出す騒ぎとなった。

 約百人の観衆の見守る中、手作りの空気銃を背に従えて二人の男が見えてきたとき、観衆はその名をささやき合って怒りの視線を向けた。


 二名の男は、誰とも会話を交わすことなく、最高幹部用の会議室に連行された。

 その会議室には、最高幹部十二名がすでにそろっていた。中央にあるのは、最高議長のアキレスの姿であった。

 そして立たされたままの二人の男、ジェレミーとアレックスは、何かしでかしたら即座に打ち伏せてやろうと身構えている両脇の男に挟まれたまま、臆することなく真正面からアキレスの視線を受け止めた。


「何をしに来たのかね」


 血気の多いメンバーもいる中で努めて冷静を保とう、と意識していたアキレスは、それでも、言葉にとげをふくめるのを止められなかった。彼らの長年の計画と悲願を完膚なきまでに潰した、まさにその立役者二名が目の前にいる。


「協力を仰ぎに来ました」


 ジェレミーは、ひるむことなく、極めて短い言葉で来た目的を答えた。


「協力とは何かね。まだこの惑星に残っている連盟のメンバーを根こそぎ捕えるために協力しろとでも言うのかね、いくら君でも――」


「いいえ」


 ジェレミーは素早くそれを否定し、相手がしゃべりだす前に、


「この惑星の、独立です」


 と結論だけを口にした。次の言葉を準備していたアキレスも、罵り言葉がのど元まで出かけていたサミュエルも、思わず空気ごとそれを飲み込んだ。

 数瞬ののちに、アキレスが口を開いた。


「ジェレミー、それはもう終わったのだ。我々は失敗したよ、君の見事な諜報戦によってね。この上我々をだまして、何を引き出そうというのかね。もういいではないか。どこか近くに警備兵が待機しているのだろう、突入させたまえ。抵抗はしない」


「突入を待つ警備兵はいません。政府も他の誰も、僕とこのアレックスがここにきていることを知らない。だから、ここで起こることは闇から闇です。僕の話が終わったら、好きなように処分してください」


 ジェレミーの言葉と表情に、アキレスはぎくりとした。しばらく前に、全く同じ表情で同じ言葉を聞いた。

 そう、ジェレミーとの関係を疑った、ニナという若い女の口からだった。彼女の決意に満ちた瞳の色と、今目の前にいると男の燃える瞳は、やはり同じ色をしていた。

 しかしアキレスはその驚きをおくびにも出さず、冷静の表情だけは崩さなかった。


 その時、会議室の扉の外で何やら騒がしい言い合いがあり、ややあって、扉が開けられた。そこからこの会談に闖入したのは、ビクターとニナであった。

 彼らを外に引き戻そうとする歩哨に、いや、彼らを入れたまえ、とアキレスは言い、自由を取り戻したビクターとニナは、会議室の入り口近くにジェレミーたちと同じように立った。


「その……すまない、なぜ彼がここに来たのか、俺たちも知りたくて……無礼は承知なんだが……」


「いや、むしろ、君たちはこの件の重要な配役だろうな、同席したまえ」


 アキレスが言うと、ビクターは胸をなでおろし、それから、ジェレミーを見た。堂々と立っている彼は、今、何を話しているところなのだろう。

 二人が隅に案内されたのを見て、アキレスは改めてジェレミーに話を続けるよう促した。


「僕には、この惑星が独立を得るためのプランがあります。それを実現するために、皆さんの協力が欲しいのです」


「馬鹿な。僕らの独立戦争の計画を潰してまでか? 僕らの計画は十分だった。君が片手間で考えた計画が、僕らの戦争遂行計画に勝っているとは到底思えないがな」


 サミュエルがすかさず横やりを入れた。しかし、ジェレミーはそれを一蹴する。


「戦って勝つ、というのは、確かに胸躍るでしょう、情熱を燃やすでしょう、だが、それまでです。前にも言った通り、圧倒的な物量差を埋め合わせることなどできない。それに……多くの血が流れる」


「戦争をしようと言うのだ、誰かが血を流さねばならん」


「いえ、僕は、血を流さない方法を……見つけたのです」


 ジェレミーが言うと、サミュエルは納得いかぬという表情で鼻を鳴らした。


「その点は、私が保証しますよ。自己紹介が遅れましたが、私はアレックス・エンディ。彼とスパイ合戦をし、見事に敗れた負け犬です。ですが、その後私は彼と語らい、彼に協力することに決めました」


 アレックスはここぞとばかりに人好きのする笑顔を作った。


「みなさんを追い詰め捕えることを職業にしている私がこう言っても信じられないかもしれませんが、私の本当の思いは、惑星に住むすべての人の幸福です。ただ、私は浅はかにもそのやり方を間違っていた。彼の思いは純粋です。たった一人の女性が小さな庭でペンギンを飼う、ただそれだけのことです。彼はその計画で、敵である私を転向させました。信じてみませんか、彼を」


 アレックスの言葉に出てきたペンギンという言葉に、ニナは思わず涙をこぼしそうになった。

 覚えていた! 彼は覚えていたのだ、私との約束を。それだけでなく、それを実現するために、危険を冒して帰ってきた。

 ジェレミーの情熱が、自分との約束に注がれている、ということに、胸の内に熱いものが湧き上がってくるのを感じていた。


 しかし、ニナ以外のものは、それでもジェレミーに対する不信感をぬぐえずにいた。


「完全な計画があるのだとしたら、なぜ、我々はみじめな敗北に追い込まれなければならなかった?」


 サミュエルが食い下がる。


「それも私が説明できるでしょう」


 アレックスがさらに言葉をつないだ。


「まず、最大の問題は、この私でした。私は、もはやあなた方ののど元に手をかけていたのです。おそらく、あと幾日かでも私を泳がせていれば、私は、確実にあなた方を破滅させることができた。そしてもう一つ」


 アレックスが、右に立つジェレミーに視線を送った。しかし、ジェレミーは首を横に振ってそれを遮った。


「僕が説明します。僕の計画には、大変な功績を持つ英雄が必要だったのです。だから、僕は、あなた方の仲間を売ることでその地位を買った。ほかにやり方はあったかもしれないが、アレックスの追及をかわし、同時に僕が英雄となる、そのための決起と失敗。それが、今回の事件の真相です」


 率直な告白に、誰もが声を出せずにいた。あるものは怒りを深め、別のあるものは、それが必要なその計画とはなんだ、と先を急かす気持ちになっていた。

 そして、意外なことに、サミュエルは後者であった。


「それで、ジェレミー、君が英雄になることで可能になるその計画とは、一体なんだね。それをしゃべらずにもはやこの部屋を無事に出られるとは思っていないだろうね」


「もちろん、そのつもりです。ですが、これだけは、万が一にも漏れてはならない計画です。真相を知る人を限定したい」


 彼の脳裏に思い描くその計画は、アレックスにこそ全貌を語ったが、できれば誰にも知られずに進めたいのだ。

 ともすれば、計画の途中で味方でさえもその計画をゆがめようという欲望を持つものが出てくるかもしれない。

 より完璧な勝利を味わおうとするもの。


 より圧倒的な勝利を手にしようとするもの。

 それを口に出すことができないことが、ジェレミーにジレンマを感じさせる。


「ジェレミー、君の言っていることは無法だと君もわかっているだろう。君の動機を支える善意さえ、ここにいるものは誰も信じられないのだよ。分かるね?」


 アキレスが沈黙を破り、ゆっくりと諭すように言った。その言葉そのものとは裏腹に、とげの鎧で覆われていた彼の心は、その鎧を徐々に脱ぎ捨てつつあった。


「……当然です、僕の善意など、感じているものはただの一人もいないと確信しています」


「いいえジェレミー、私は信じてるわ!」


 ニナの不意の言葉に、ジェレミーはニナの方に顔を向け、感謝の意を言葉にせず、微笑んでうなずいた。

 そして、再びアキレスの瞳を見据える。


「僕の目的は、最初は、コンサルタント業としての成功でした。その成功を確実なものにするために、住民生活の不満を解消しなければならない、と考え、それを目的と考えるようになりました。ビクターに会い、この惑星を覆う対地球の不公平感と、それに対して少なからぬ人々が不満、さらには、それに伴う危険な攻撃性を持つことを知り、なんとかしなければならない、と考えました。僕はこの時まで、おそらく、僕の手に負えないような大きな目標と動機を持ちながら、僕の手に負える程度の小さな手段を模索していたのです。たぶん、ここまでの僕の動機を一言で表すなら、偽善、と言っていいものでしょう」


 ジェレミーが言葉を切ると、会議室は完全な静寂に包まれる。彼を遮ろうとするものはいない。


「僕は、この時まで、彼らを……あなた方を助けてあげようと思っていました。言葉を変えると、僕の動機は、弱者への施しでした。傲慢ともいえる憐みの目でこの惑星の人々を、僕は眺めていたのです。だからその時は、僕は本当の意味で、心から湧き上がる動機を持っていたとは言えません。あなた方を見下していたのです」


 ここまでジェレミーが言ったとき、誰もが瞬きも忘れて、その言葉に聞き入っていた。


「そして、ニナに会いました。彼女は、強い不満とか革命願望とか、そういうものは何も持っていませんでした……ただ、小さな庭と、小さな動物と。地球の誰でもが簡単に持つことのできるたったこれだけのことを望む彼女に、僕は打ちのめされました。僕の持っている手段が、その小さな幸せにはまるで程遠いことを知ったからです。だからこそ、僕は、暴力革命でそれを成し遂げてはならない、という思いを強めたのです。正直に言いましょう、彼女の幸せを望むのと同時に、彼女が、あなた方の巻き起こす暴力沙汰に巻き込まれないことも望んだのです。だから、一つの動機が、あなた方の革命をくじくことと、この惑星に真の自由をもたらすことと、両方の行動を僕に取らせてしまったのです」


 ジェレミーは再び言葉を切った。これが彼らにどう伝わっているだろう、と考える。しかし、どう伝わっているか、などと考えても仕方がない。今は、自分の思いをただ言葉に乗せることしかできなかった。


「僕の動機が、きわめて個人的なものだということは理解しているつもりだし、その個人的な動機に、あなた方の仲間の大勢を巻き込んでしまったことは、いくら謝罪しても取り返しがつかないことだと思っています。……だから、こうしてここに来ました。僕の個人的な望みをかなえるための、最後のお願いに来たのです。この惑星に自由をもたらし、一人の女性が小さな動物を飼える国を作るための最後の計画に、どうか、協力してほしい。拒まれることは承知だし拒まれた時にどのような目に遭うかも、覚悟しています」


 彼は大きなため息をもって、演説が終わったことを聴衆に示した。

 誰も反応を示さなかった。

 そんな中、ジェレミーは、もう一つ、言わねばならないことを思い出した。


「……いや、すみません、一つだけ付け加えさせてもらうなら、ニナとアレックスは、ただ僕を信じたというだけの罪です、どうか許してやってください」


 相変わらず、誰もしゃべろうとしなかった。

 たっぷり一分ほどの時間を空けて、アキレスが身じろぎし、椅子の背もたれに大きく寄りかかって、口を開いた。


「いや、ジェレミー、君の最後のお願いは、残念ながら聞けないな。ニナもアレックスも、この件について相応の処遇を受ける必要がある」


 息をのむジェレミーに対して、アレックスは自嘲的に鼻を鳴らした。

 一方、ニナはゆっくりと目を伏せて、そして微笑んだ。私の言いだしたことでジェレミーだけが苦しむよりは、この方が。ジェレミーと一緒なら、と。


「両名とも、『これからの計画』において、十分な責任を負ってもらうつもりだ。この二人の責任を外すわけにはいかん」



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