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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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五章 アンビリア・二(1)

■五章 アンビリア・二


 潜伏から二十日がたった。廃坑道内の生活もようやく順調に回るようになり、百七名の逃亡者たちは狭いながらも落ち着いて暮らし始めている。

 数日前からは、外の様子をうかがうための斥候が出るようになった。


 そうした斥候が持ち帰った情報をまとめると、現時点での系外惑星における『事件』の状況は次の通りである。

 暴動は首尾よく沈静化し、逮捕者と一部の警備兵を除いて事件でのけが人はなく、物的な被害も行政府などの窓ガラスが割れた程度と報道されている。

 数多くの逮捕者たちは、順次、地球の拘置施設に送られることとなっているようである。臨時の警備兵の多くは逮捕者の地球送致の護送警備員として徐々に地球に帰還しているため、徐々に数を減らしているようだ。つまり、事態はまずまず、良い方向に向けて推移しているということだ。


 事件の背景については、逮捕者の取り調べやその他の協力者からの事情聴取により、物資不足に対する抗議を表すためのデモ行為と推定されている。連盟がもとより掲げていた『国家としての独立』を目的としていたことは公にはなっていない。これが、当局側が意図的に情報を伏せた結果なのか、逮捕者たちが一貫して独立運動の存在を秘匿しようとした結果なのかは分からないが、公式には一時的なデモのエスカレーションによる暴動とされていた。


 しかし、住民の間にはまた違ううわさが行き交っている。

 暴動は大規模な地下組織が起こした陰謀で、これからもこの地下組織がテロリズムをたびたび起こし、アンビリアの治安は悪化するだろう、と言う者。

 また一方では、暴動はこれを契機に系外惑星に対する支配力を強めようという米国による陰謀で、片手で暴動をあおりながら反対の手でこれをねじ伏せるという芸当を演じて見せただけだ、というような荒唐無稽な話も広まっている。


 そして、この日の新しい報告を聞いたアキレスは、報告者を下がらせ、サミュエルと二言三言、言葉を交わすと、廃棄部品を組み合わせて作られた不格好な有線インターフォンを使って人を呼び出した。

 ほどなくして、呼び出された二人は、その部屋、幹部会議室に姿を現す。呼び出されたのは、ビクターとニナであった。

 アキレスは、呼ばれた二人に椅子をすすめ、それから口を開いた。


「ここの生活には慣れたかね。何しろ食事と寝ること以外は何もすることのない場所だ、退屈しているのではないかと思ってね」


 アキレスは右手に持ったペンを神経質そうにくるくると回しながら尋ねた。この隠れ家では、用心のために全員電子デバイスの電源を切ることにしている。電子デバイスの漏れ電波を検知されることを防ぐためだ。だから、必要なことを記録するためには、何世紀もさかのぼった紙とペンという原始的な手法が主流として根付きつつあった。アキレスの手元にはその紙に斥候からの報告をまとめたメモがあった。


「今のところは、食べるものも飲むものも不自由はしてない。子供が窮屈そうなのが不憫だが」


 と、ビクターは答える。彼は、妻と子供も連れてここに避難している。子供まで巻き込むことはないのだが、妻が構成員である以上、連れて逃げるという選択しかなかった。


「そうか。ニナ、君は」


「はい、不自由はないです。その……外の様子などがわからないので心配ですが……」


「外の様子か。それは、ジェレミーのことかね」


 アキレスの指摘に、ニナは体をびくりとさせたが、顔を伏せて何も応えなかった。


「分かったよ、彼のことが」


「えっ?」


 アキレスの意外な言葉に、ニナは今度は大きく反応して顔を上げる。


「ただ、君には残念な知らせかもしれない。落ち着いて聞いてほしい」


 ニナの顔はみるみる不安げに変化したが、それでも上げた視線を落とすことなく、アキレスの次の言葉を待った。


「彼は今、合衆国の運営局に一時的に所属しているそうだ。なんでも、大胆な物資平準化計画を立案したとかで、大規模な輸送船団を一時的に任され、準備を進めているらしい」


 アキレスは一度言葉を切ってニナの表情を確認したが、そこに大きな変化が無いことを確認し、すぐに続けた。


「彼がそれだけの大任を預けられた理由は、彼が、反乱を被害無しで効果的に防ぐことに成功した民間人で最大の功労者だからだそうだ」


「やつはスパイだったんだよ!」


 部屋の隅で黙って聞いていたサミュエルが腕組みをしたまま怒鳴った。目の前に殴り掛かる相手を見いだせず怒りを抑えるのに必死の形相だ。


「僕らの計画も組織もあいつのせいでめちゃくちゃだ! 全部、台無しにされた。みんな捕まった。たった一人のために……」


 最後に、悔しそうにうなだれた。

 ニナは状況を理解できずにいたが、サミュエルの言葉を反芻し、そしてようやく、何が起こっているのかに気が付いた。


「そんな……そんなことってあり得ません、ジェレミーがそんなことをするなんて……」


「私も嘘だと信じたいがね」


「だけどジェレミーは本当にみんなのことを助けたいと思っていたし、私にもたくさん約束をして……」


 ついに彼女の両目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。


「だが、今のところは、彼が何らかの役割を演じて、我々の計画を潰し、みんなを捕まえさせてしまった……これは事実のようなのだよ」


 その時、ジェレミーの言葉がニナの脳裏にフラッシュバックした。


『たとえ捕まっても殺し合いになるよりは……』


 それを思い出した瞬間、ニナはすべてを悟って崩れ落ちた。

 そうだ。ジェレミーは最初からそのつもりだったのだ。

 殺し合いの戦争を防ぐために、私たちを裏切った……傷つき傷つける前に、私たちを思いとどまらせるために……。


 ニナの胸中に様々な思いがあふれる。

 確かに彼の言うように、殺し合いになるよりは捕まった方が。

 そんな気持ちが、実はニナ自身の中にさえもあることを、彼女は否定できなかった。


 でも、だったら、どうして私たちをだますようなことを。

 私との約束は。

 私を惑星から飛び立たせてくれるという約束。


 ペンギンを飼わせてくれるという約束。

 あれも全部嘘だったの?

 けれども、彼女の内に、もう一つ別の考えが浮かんでくる。


 違う。

 彼は、私との約束があったからこそ、こんなことをしたのよ。

 彼だけが考えている、別のやり方。みんなを傷つけずにすむ方法。


 信じてくれと言った彼の言葉だけは、嘘じゃない。

 彼は私を信じると、言ってくれたのだから。

 ……信じなくちゃ。


 みんなが彼を裏切り者と言って恨むのなら、私だけが彼を信じてみよう。

 たった一人でも、彼を憎むすべてを相手にして戦おう。

 なぜなら、私は彼を……。


 ニナは涙をふき、ゆっくりと立ち上がった。


「……ごめんなさい、取り乱しました。彼が何をやったか……は、理解できました。でも、私は彼を信じて待ちます。きっと理由があるんです。私は信じます。私を危険人物だと思うなら、好きなように処分してください」


 思いもよらぬほど力強いニナの言葉に、そこにいた誰もが思わず息をのんだ。

 まだ頬は涙にぬれているが、瞳に迷いは無く、じっとアキレスを見据えている。


「信じるだと! やつの何を……!」


「まぁ待ちたまえ」


 再び怒りの発作を起こしかけたサミュエルを、アキレスはすぐに制止した。


「私にはわからないが、君にそんな顔をさせる何かが、彼にはあるということか。そういうことだね」


 ニナは無言でうなずいた。


「彼を……信じているのだね」


 アキレスの問いに、ニナはやや考えてから、首を縦に振った。


「……彼は、私と、約束をしたんです」


 それ以上を語らない彼女に、アキレスは一度うなずいて、


「分かった。私も待とう。いずれにせよ我々は待つことしかできないのだ。もし彼が我々を売るつもりなら、今頃この隠れ家には警備兵が殺到しているだろう。そうではないということは、まだ彼に何か考えがあるということだ。それが、君一人だけを連れて逃げるという考えだとしてもね」


 その最後の言葉をニナは首を横に振ることで無言で否定した。

 彼は私一人のために大勢を犠牲にするような人ではない。

 やがてアキレスは彼らに退室を命じ、ニナとビクターは連れ立って会議室を出た。


 刺すような寒さに震えながら、ビクターが口を開く。


「なあ、ニナ、その……気の毒にな、と言った方が良いのか」


「いいえ、ビクターさん、私がジェレミーを信じると言った気持ちは本当よ」


 改めてニナは強く言い放った。


「君たちがどういう関係なのか、その、そういう関係なのか、ということは、聞いてもいいか」


 ビクターは、これはできればはっきりさせておきたいと、おずおずと尋ねた。


「それも、いいえ、よ。だけど、彼が、私やこの惑星で暮らしているすべての人に対して感じている強い使命感を共有できるだけの時間は過ごしたつもり。それを必ず果たすと、私に約束してくれたことも」


 ニナは、そう言って、ビクターに向きなおった。


「ごめんなさいビクターさん、私が個人的にジェレミーに会っていたこと、黙ってて。彼と恋愛関係とかではないんです。だけど信頼できる友達だと思ってるし、今は、私はきっと彼のことを……愛していると思います」


 ビクターはニナの告白を黙って聞き、それから、優しい笑顔を浮かべて軽くうなずいた。


「君ほどの付き合いじゃないが、俺も、あいつは、悪いやつとは思えないんだよ。君が信じるなら、俺も信じよう。少なくとも俺は必ず二人の味方になる」


「ありがとう、ビクターさん」


 彼女の礼に、ん、と軽く答えただけで、ビクターは前に向き直り、彼女を先導するように歩き始めた。さらに何かを言うべきか悩んでいたニナも、ビクターが何も聞かずにニナの気持ちをすべて受け入れてくれたことで迷いが消え、大股の彼に続いて穴倉生活に戻る道を駆けだした。



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