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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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四章 星々・二(5)


 事件発生から約二日。

 廃坑道の秘密基地には、作戦第二段階に備えていた約六百名のうち、幹部を中心に百名近くが無事に到着していた。

 消耗品の備蓄は、十分にあった。発電施設、生産機械や工具なども十分に準備されていた。こうした類の備蓄と廃棄物再生作業は、『将来の闘争のために』という名目で連盟の前身にも当たる過激派により約十年前から続けられていたからだ。


 ある程度捜査の手が緩むのを待って、居住区内の逮捕を逃れたメンバーと連絡を取り始める。

 再起を目指した情報収集は急速に進んでいた。

 集められた情報によれば、アンビリアの米国エリアにおける警備兵の数は普段の数倍になっているようだが、しかし、これだけの数の警備兵を収容する施設は惑星上には無く、事件が収束すれば、多くは速やかに地球に引き上げていくようだ。


 その引き上げの混乱の隙をついてうまく次の策が打てるかもしれない。たとえば、廃コンテナ置き場を経由して全メンバーを地上カノン基地に送り込み、そこを占拠するなり、うまく貨物に紛れ込ませて星間カノン基地を占拠する、といったやりかたで、少なくとも逃げ道を確保できる可能性はある。

 そして、いくつかの疑念を抱きつつも、アキレスは、この事態を念頭に置いていたジェレミーが、何らかの次の策を考えているかもしれない、と考え始めていた。もし万一、彼の目的がニナ一人だったとしても、ニナをここから逃がす工作を整えているはずだ。


 もしジェレミーが逮捕でもされているのならおしまいだが、なぜか、アキレスはそういう風には考えなかった。ジェレミーという男は、不思議と困難を切り抜けるすべを知っているように感じるのだ。

 その時、物資の確認をしていたメンバーの一人がアキレスのいるその場所、幹部会議室に入ってきた。


「議長、物資の確認終わりました。食糧は四万人日分、燃料は二百日分、毛布、衣類、洗剤等の生活必需品は約一万人日分です。居住者は百七名となりましたので、目下、百日ほどで備蓄の切れる生活必需品が最初の課題となります」


 報告を聞き、百日であれば、何らかの計画の準備を整えるには十分だろう、ただし、そのためには何度かは決死隊が物流倉庫などの同志と連絡を取り合う必要があるだろうが、とアキレスは考えた。


「よろしい、調査ご苦労。疲れただろう、ゆっくり休んでくれたまえ」


 はっ、と気を付けの姿勢で返事をしたその男は、くるりと振り向くと会議室を出て行った。

 そうして、同じ部屋の片隅で疲れ果てて座ったままうたた寝しているビクターを見やる。視線を感じたのかどうか、ビクターははっとして顔を上げた。


「とりあえず、落ち着いたな。ニナはどうしている?」


 ビクターは自分の腕時計に一旦目を落としてから、


「まだ女子用モジュールで寝ているだろう、一両日は彼女に随分助けられたよ」


「そうか。ジェレミーとの話は、また今度、しっかりと聞かせてもらおう」


「そのジェレミーですがね」


 同じく会議室で待機していたサミュエルが口を開く。


「どうも、彼の行動はいかにもおかしいとは思いませんかね。もちろん、アキレス、あなたの言ったニナと云々の話も分かりますがね、それにしても、彼の取った方法は不完全だ。僕は、彼に別の顔があるんじゃないかと疑ってるんですがね」


「と、言うと?」


「政府側のスパイですよ。僕らの反乱を失敗に追いやったのは彼だということを否定できますかね? 僕らを一網打尽にするために決起を促し、ニナだけは助けたい、なんていう助平心を出してこんな避難所を用意させたと考えれば、すべてつじつまが合いますよ。彼は、僕らの作戦が確実に失敗すると知っていたんだ」


「しかし、それでは、我々、最高幹部がすべてここに逃がされたことの説明がつかないだろう」


「だからこそですよ。ジェレミーは、最高幹部がすべてここに集まっていると知っている。彼がもし政府の協力者であるなら、僕らをいつでも好きな時に料理できるんだ。今、彼は、僕らの身柄をどれだけ高く政府に売りつけるか、算盤をはじいているところだろうよ」


 アキレスは、ふうっとため息をついた。


「私がそのことを考えなかったと思うかね? 当然、最初にそのことは考えたよ。にもかかわらず、我々が今、少しでも安全な場所を探そうとしたら、ここ以外にどこにもないのだよ。投降することを除けばね。もしジェレミーが敵なら、彼をまんまとこの秘密基地に招き入れてしまったことが最大の失敗であり、その時点で勝負は終わっていたのだ。もはや、我々は、彼が敵でない可能性にかけるしかなくなっているのだよ。たとえ彼の衝動が、ニナという一人の女性に支えられているものであってもね」


「だから、ニナという女性をそれほどに重要視しているわけだ。ま、いずれ、ジェレミーが何者だったのかもはっきりするだろうね。ただ、最悪の場合は、その女を脅しの道具に使うことも考えてもらいたい」


 サミュエルは内面の憤懣に近い感情をあえて隠そうともせず、どさりと音を立てて固いソファに体を投げ出した。

 二人のやり取りを見ていたビクターは、恐る恐る口を開く。


「その……話に水を差して悪いが、ジェレミーは、悪い奴とは思えんのだよ、俺には。いや、済まない、みんなみたいに合理的な話ができるわけじゃない。だが、個人として付き合った時間が長い俺には、彼が悪い奴だとは思えなくてな。ニナも、きっと俺以上にそう思ってるだろう。もちろん、彼の言動が全て演技だったというならお手上げだが、俺はそうは思えんのだよ」


 と、彼の胸の内を吐露した。全くもって、ビクターは、そうとしか思えないのである。ジェレミーという感じの良い奴が、サミュエルの言うような陰惨な謀略をもって自分たちを陥れたとは思えないのだ。現に彼は、一度は決起を思いとどまるよう演説をぶったはずだ。


「とにかく、彼を信用してここに招いたのは俺だ。何かあったときは、遠慮なく、俺の身をいかようにも使ってほしい。だが、それまでは、この俺の命にかけて、彼を信用してやってくれないか」


「君がそこまで言うなら、ま、僕一人に関して言えば、しばらくは口をつぐむくらいのことはしよう」


 サミュエルはしぶしぶそう言い、一方のアキレスは、無言でうなずいて見せた。

 これからどれだけ続くかわからないこの厳しい逃亡生活において、その最後の運命を握っているのが、今どこにいるのかもわからない一人の男だという現実は、否応なく彼らの気持ちを暗い闇の中に追いやってしまうのであった。



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