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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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四章 星々・二(4)


 ジェレミー、ラジャン、アレックスの三人は、六人乗りの向い合せ座席式中型タクシーに、警備兵の一人とともに座った。ウェンイは別の警備兵が連行して行ってしまい、このタクシーに乗っているのは、言ってみれば『政府側の人間』である。

 ウェンイ宅でのその後の出来事はシンプルであった。ジェレミーに向かって何かを叫んでいるウェンイを警備兵が捕らえ、問答無用で連行した。残った警備兵の一人がジェレミーに恭しく同道を求め、ラジャンと、ついでに声をかけられたアレックスとともにその部屋を出た、それだけであった。


 ラジャンは、ジェレミーを信頼して黙っていた。

 一方のアレックスは、彼自身の職業上の誇りにかけて、ジェレミーと一戦を交えないわけにはいかなかった。


「ジェレミー、どうやら私にも、あなたがスパイだったのだと分かったのですが、まず、なぜそのようなことになっていたのか、説明いただけませんか。少なくとも政府エージェントとして、味方の私は知っておく必要があると思うのです」


 と、アレックスは穏やかに切り出した。

 ジェレミーは、まだ物憂げに伏せていた顔を上げ、じっとアレックスの顔を見て、もう一度、顔を伏せる。


「必ずしも本意ではなかったよ、僕も。だが、やらねばならなかった」


 そして口から大きく息を吸い込み、鼻からため息をついた。


「僕はね、計画の存在を知った時から、一貫して、反戦だったんだよ。暴動なんてナンセンスだと思っていた。だけど、それは必ず起こる、それも、本当にこの一年の内にでも起こるかもしれない、と感じたんだよ」


「だからと言って、あなたは心情的には彼らに同情的ではなかったのですか? 私はあなたにそのように吹き込んだつもりでしたし、あなたは本当にそう信じているように感じていましたが、それも演技だったのでしょうか?」


「いいや、演技じゃない、僕が、彼らに同情的だったことは事実だ。その点では、あなたの最初の計画は完全に成功していた。僕はあなたの示唆で見事にあなたの思うとおりの役割を演じてしまっていたんだ。だが、拙速な方法でそれを成し遂げようということには反対だった」


「……つまり、あなたは、私と話していたとき、言葉通りのことを本当に考えていたわけだ」


「アレックス、あなたに嘘はついていないよ。『独立運動のことなんて知らない』と言ったことを除いては」


 ジェレミーは、隣に座るラジャンにも自分の考えを聞いてもらいたい、とも思いながら、アレックスに自分の考えを説明していった。


「放っておくということも考えたよ。だけど、僕は、彼らに傷ついてほしくないと思ったんだ。彼らの計画はそれなりによく出来ていて、おそらく、善戦できただろうと思う。でも、そうすれば、双方ともに傷つき、被害者は増えていく。そんな泥沼の闘争だけは避けたいと思ったんだ」


「つまりこういうことですね。どちらかが圧倒的な力で相手に勝てる状況を作れば、おそらく泥沼の闘争ではなく、一方的な掃討戦にしかならないだろう、と」


「だから、どちらかが圧倒する状況を作るしかなかった。独立運動家たちが圧倒できる状況は絶対に作れないとすれば、もはや答えは、一つしかなかった……」


 ジェレミーが出した答えは、すなわち、合衆国のスパイとして反抗計画を漏らし、政府が圧倒する場面を作ることだった。

 犠牲を最小限にするために。


「そして、私をもだましていたのは、彼らが決起を思いとどまる危険を考えていたのですね。私が首尾よく暴動を防いでしまえば、幹部のいくらかは捕らえられても、残る彼らはまた地下にもぐる。あなたの知らない未来に、再び彼らは無謀な試みに出る」


 アレックスはここまで来て、ジェレミーが彼を出し抜く必要性に気が付いた。


「済まなかった、ありていに言うとその通りなんだ。あなたをだましてしまったことは、謝りたい」


「かまいませんよ、あなたが予想以上の仕上げをしてくれたと思えば、感謝したいくらいです」


 自分一人だったら、彼らにこれほど早く取り入り、これほど正確に行動を起こさせ、鮮やかにことを成し遂げることはできなかったかもしれないが、とアレックスは心の中で付け加えた。

 アレックスは、そして、自分が、確たる信念も無く、ただ、盲目的に、惑星の統治を守ることが住民の安全を守ることだ、と信じていたことに気が付いた。

 ただ暴動を防げばいい。首謀者を一網打尽にすればいい。


 その考えは、彼にとっては当たり前のものだった。

 だが、ジェレミーは一歩踏み込んだ。

 将来起こる悲劇までをも嘆き、それを防ぐための完全な計画を、彼一人の脳髄で考え抜いていた。


 本当になすべきことを自分で考えただろうか。シリウス行きの船内で、ジェレミーに逆質問されたときに言葉に詰まったのは、守秘義務だからではなく、自分に本当に成し遂げたい理想がなかったからなのだ。

 だが、それがエージェントというものなのだ、とも思う。スパイは個人の理想などを持ってはならないのだ。そして、それが雇われのエージェントの限界なのだろう、とも思う。ジェレミーのように、心の内から湧いてくる動機に支えられた行動には、確かに後れを取ってしまうのも仕方がなかったかもしれない、と。


 だが、職業諜報員として、それを認めることは絶対に許されないことだった。だから、最後の言葉をアレックスは飲み込んだのだ。


「しかし、あなたのおかげで、各惑星の独立主義者たちはその根まで枯れ果てるわけですね」


 皮肉とも憐憫ともつかぬ声色で、アレックスは静かに言った。


「……おそらく、そうなるだろう」


 ジェレミーはつぶやくように答える。

 事件は解決に向かっていると思っていたラジャンだが、しかし、その二人のやり取りに、ふと思い返す。

 アンビリアで潜んでいる人たちを、どうするのだろう、と。ビクターやニナといった感じのいい人たちを密告することは、いくら割り切ってもさすがに気が乗らない。


「しかし、それでも逃げ延びた人はいる。あなたは今後、そういった人々から恨まれるような役回りを演じてしまったことに気が付いていますか?」


 そう、そこなのだ。仮に彼らを見逃したとしても、彼らに恨まれてしまうことは避けられない。ジェレミーは、どう考えているのだろう、とラジャンも聞き耳を立てる。


「……だからこそ、僕はこれからやるべきことがたくさんあると考えているんだ。最終的には、彼らをも助けることが僕の目的だから」


「彼らの身の安全ということですか?」


「僕がそこまで請け合えるか、正直、自信がない。だけど、彼らが目指していたものを実現する手伝いはできると思う」


「つまり、血を伴わない革命」


「そう。裏切った人たちに対する罪滅ぼしをしなきゃならない。アレックス、あなたにも手伝ってもらいたいと思っているんだ」


「私ですか? 一時はあなたを追い詰めて破滅させることに躍起になっていた男ですよ」


 アレックスは再び皮肉めいた微笑を浮かべた。


「もちろん無理にとは言わない。だけど、僕は単なる一企業の雇われの身だ。今後の僕のプランの中では、アレックスの持っているネットワークを使わなければできないことが、出てくる。僕の考えていることをすべて明らかにしたうえで、協力してほしいと思っているんだ」


「また私をうまいこと躍らせようというんですね」


 アレックスは鼻で小さく笑う。


「いや、今度は、アレックス、あなた自身の判断で、僕に協力するかどうか、考えてほしい。もし、僕の考えていることが、アレックスの信念に反することなら、遠慮なく断ってほしいし、なんなら僕を逮捕してもらってもいい」


「逮捕されるようなことを計画しているんですか? それはまた穏やかではないですが、……まぁ、その話はまだ聞かないでおきましょう。まだ時間はあるのでしょう?」


「……時間はずっとかかると思っている。この事件が落ち着いて、アンビリアに帰ったら、またあのホテルを訪ねてくれないか。その時に話そう」


 アレックスは、このジェレミーとの会話の中でいつもの人好きのする笑顔を最後まで見せることなく、無言でジェレミーの言葉にうなずいた。



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