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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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四章 星々・二(3)


 惑星マエラでは、予定通り、オコナー社地区を含む米国籍四社の工場・鉱山で同時に暴動が起こっていた。米国行政府からは、警備兵部隊が各事件現場に緊急出動して飛んでいく。

 その数がおおよそ予測される警備兵の総数に達することを確認したマエラの系外惑星独立連盟・行政府襲撃本隊約百二十名は、行政府前を通る唯一の通路の片側を占拠し、分隊二十名はその反対側の居住ビルの二室に分かれて潜み、通路を封鎖、万一警備兵が引き返してきたときの守りを固める。


 本隊が行政府に近づいたその時だった。

 行政府からおよそ五十名の警備兵が飛び出してきて、一斉に暴動鎮圧用のゴム弾を発射し始めた。

 不意を突かれた先頭の数名が弾を受けて後ろに倒れる。


 いるはずのない数の警備兵に迎え撃たれて狼狽しているうちに、後ろからさらに警備兵が百名ほど現れ、本隊は完全に包囲されていた。本隊の包囲を知った分隊は散り散りになって逃げていた。

 前方五十名を突破すればまだ行政府占拠の可能性はある、と考えた本隊隊長の指示により、防護ヘルメットのフェイスカバーを下ろした四十名からなる突撃隊が即座に組織され、ゴム弾を浴びながらの行政府への突進が敢行された。


 だが、殺傷を目的としない代わりに大きな衝撃を与えて相手の戦意を失わせることを目的としたゴム弾はむしろヘルメットや防護服の上からでも効果的に突撃兵にダメージを与え、五十メートルを走破するうちに三十名が倒れ、なんとか突破できた十名だけが警備兵の前面に躍りかかった。

 本隊の残りおよそ八十名は、突撃隊に攻撃が集中しているうちに隊全体を前進させ、突撃隊十名がもみくちゃにされているうちに前線に突進する。即座にゴム弾が撃ち込まるが、それでも五十名以上が無傷で五十名ほどの警備兵の集団に襲いかかることに成功した。


 すぐさま、鉄パイプなどの鈍器と警棒をお互いに打ち鳴らしあう乱戦となった。さらに、最初のゴム弾によるダメージから回復した突撃隊の一部もそこに殴り込み、いったんは連盟側が大きく相手を押し込む場面が生じる。

 しかし、快進撃はそこまでであった。後方にいた百名の警備兵がついに追いつき、背後から攻撃を開始したのだ。孤立した連盟兵の一角があれば容赦なくゴム弾が撃ち込まれ、連盟兵はバタバタと倒されていった。


 やがて勝負は決し、わずか数分後には、まだ動ける八名が両手を上げて降伏、マエラの合衆国行政府前の戦いは完全に終結した。それと時を同じくして、カノン基地奪取に向かった部隊も包囲され降伏していた。

 同時刻のシリウスAaで起こっていたことはさらに劇的で、連盟の蜂起に参加していたわずか四十名に対して、政府側の防衛兵力は三百名を数えていた。その様はもはや戦いとは言えず、犯罪集団の一斉摘発の様相を呈していた。


 アンビリアでの一次蜂起への参加人数は合衆国、中国両方の管理区画を合わせても約八十名であったが、これも、工場での暴動から行政府へ向けての行進が始まったところで前後を多数の警備兵に挟まれ、あえなく全員逮捕となった。


***


「なんだって!」


 系外惑星独立連盟リュシディケ第一隊隊長ロイの報告を受け、そんなことはありえない、と言うようにウェンイは声を上げた。


「オコナー地区だけで三百近くの警備兵がいるというのか?」


『はい! この数の警備兵と鎮圧弾に囲まれては、戦いになりません!』


 ウェンイは、うーん、と大きく唸って膝をついた。まさかこんなところで作戦がとん挫するとは。何を間違えたのだろうか。警備兵の数を見誤っていたことは間違いない。


「……無益な抵抗はしないこと。勝ち目がないと思うのであれば、投降してください」


 ウェンイは絞り出すように言った。

 通話回線の向こうのロイは、最後のウェンイの言葉を聞いていたのかいなかったのか、完全に沈黙していた。

 つながった回線の向こうから、人々の叫び声や、時折の破裂音が伝わってくる。おそらく、すでに小競り合いに突入し、警備兵側が鎮圧用のゴム弾を使い始めたに違いない。


 最後に端末が地面にたたきつけられた大きなノイズ、それから完全な静寂となった。

 そして、そのわずか一分後、カノン基地に向かった第二隊が、二百名以上の警備兵に迎え撃たれた、という連絡が入ってきた。ウェンイにとって、それはもはや予想できないことではなかった。

 米国統治下においては、連盟側は正規メンバーだけで四百名、協力者を含めれば千名に近い兵力を擁している。敵方については、行政府のあるオコナー社地区で九十名、ほか二社の地区内で五十名だった。


 この見積もりが、すでに倍以上も狂わされている以上、地上カノン基地で待ち受けていた敵の数が二百だろうが五百だろうが、驚くべきことではなかったのだ。

 ウェンイのその思索を打ち破ったのは、激しくドアを蹴破る音だった。アレックスが静かに、秘密の方法で開錠してドアを開けたのとは対照的に、荒々しいやり方だった。

 六名の黒い防弾スーツとヘルメットを着用した、見まごう事なき警備兵が乱入してきた。彼らは一気に居間に突入すると、立っている三人と、縛られている一人を認め、縛られているのが、直前に連絡があったと聞くアレックスであると確認すると、彼のいましめを解いた。


 六人は慎重にジェレミー、ラジャン、ウェンイの三人を取り囲んだが、自由になったアレックスが腕や足を曲げ伸ばししながら前に出た。


「どうやら、私たちの勝ちのようですね。スパイは私だけではなかったようです。さすがの私ももうだめかと観念するところでしたが、我々合衆国の手は、あなた方が思っているより、ずっと長いということですよ」


 そして、ゆっくりとジェレミーのほうに歩み寄る。


「あなたは分かっていましたね、ジェレミー。わざと期日ぎりぎりにリュシディケに来ることで、万一があっても蜂起期日そのものが自分を守るということを知っていた。まぁ、その点は鮮やかだったと言わざるを得ませんよ」


 そう言って、アレックスはだまされた意趣返しか、縛られた鬱憤晴らしか、右腕を大きく振りかぶり、ジェレミーに振り下ろした。

 しかし、その振り下ろそうとした拳がジェレミーに届くより早く、その根元を警備兵の一人ががっしりと捕まえた。


「エージェント・アレックス、彼を殴ってはいけません」


「そのくらいの役得は許してもらいたいものですがね」


 アレックスは戒めから逃れようと身じろぎしたが、しかし警備兵はそれを認めず、どうしてもと言うのなら、と、彼の右腕をひどくねじり上げた。


「おい、やめろ、手荒な真似をするな、私は味方だぞ」


 警備兵はアレックスの叫びを無視すると、ジェレミーに向きなおった。


「上長から聞いております、ミスター・ジェレミー・マーリン。ご協力に感謝します。合衆国アンビリア行政府調査官、サイモン・ゴールド氏より、よろしく、との伝言をいただいています」


 警備兵の口述に目を丸くして言葉を失うのは、ラジャン、ウェンイ、そしてアレックスであった。


***


 事件発生の一時間後には、アンビリアでも事件のニュースが流れていた。アンビリアで起こった暴動のニュースはもとより、それと同時刻に起こった他の三つの惑星での事件も大きなニュースとなって惑星全体に伝えられた。

 全惑星での同時多発テロ事件としてすぐに続報が流され、間もなく、それはいずれの暴動も沈静化に向かっているというニュースに変化していった。


 自宅待機していたアキレスは、計画の完全な失敗を見て、茫然としていた。

 その彼の下に、幹部の一人として見知った顔が駆け付けてきた。最初はこんなにも早く首謀者が割れたか、と警戒したが、玄関モニターで確認するとその顔は、そう、オコナー社第二地区支部長のビクターだ、と気づく。ロックを開けて彼を通すと、一度だけ彼と一緒にいるのを見たことがある女性を引き連れているようだ。


 決起、そして完全な失敗、その直後に、幹部の一人が駆け付けてくる――これは、彼らの隠密性に対する大変なリスクである。どのような理由であれ、まずは彼を一喝する必要が――。


「アキレスさんですね、急いで逃げてください! 秘密の会合場所が安全だと聞いています、捕まった人たちの口からアキレスさんのことが漏れるのは時間の問題です、早く!」


 予想に反して最初に口を開いたのは、その女性のほうだった。それに加えて、彼女の言っている内容は、一体何のことだ、逃げろ、と、しかも、『秘密の会合場所』へ、だと?


「君、一体どういうことだ、何の話をしているんだ」


 できるだけ声色を低く保ち、冷静を装って問い返した。

 まだ弾む息を整えながら、その女性は、一旦つばを飲み込むようなしぐさを見せて、大きく息を吐きだし、落ち着きを少し取り戻したようだ。


「あの……ジェレミーからの伝言なんです。あなたが知っている秘密の会合場所へと逃げ込むように、と。逃亡生活を支えることのできる準備もあるから、できるだけたくさんの連盟員を連れて逃げ込んでほしい、と言伝を……」


「ジェレミー? 彼が?」


 ジェレミーの名を聞いたアキレスは、彼との会話をいくつか思い出した。

 確かに、多数の物資と居住モジュールはあの廃坑道に準備してある。

 彼はわざわざそれを確認した、そう、確かにそうだった。


 しかしそれは、軌道上の防衛戦に備えるものだったはずだ。

 それを逃亡に使えと……いや、確かに、それは可能ではあるが。


「彼はその……前から、この計画は失敗するんじゃないかと心配していたんです。それでも、彼がこの計画を進めてしまった以上、万一に備えて、みんなの安全を考えておきたい、と私にだけ伝言を残していました。彼がみんなの安全を考えて提案してくれたことなんです。たくさんの人に声をかけて、まずは逃げてください!」


 言われてみれば、確かに、物資も居住コンテナも、そのための目的にも使うことができるだろう。あの廃坑道は、よほどのことがない限り目立つことはない。少なくとも、アンビリア上の全幹部を廃坑道に逃がしてしまえば、幹部未満の構成員はその存在さえ知らないのだから。厳しい取り調べにも、その存在が明るみになることはない。潜伏先として最も適していることは明白だった。


 しかし、ジェレミーが、それを最初から想定していたとは、という複雑な思いもよぎる。ある意味で急先鋒だった彼が、その裏で。

 そして、逃亡に移るのならば、急いだほうがいい、という考えがすぐに彼の意識を覆う。正規メンバー未満の協力者たちとはいえ、すでにこのアンビリアでも逮捕者が出ている。そこから正規メンバーが捕まれば、幹部の居所が尋問から判明するのは時間の問題だ。幹部が一人でも捕まれば秘密の隠れ家は危うくなる。


 一刻も早くことを進めねばならぬ。


「……わかった。ひとまず、君の言うことはもっともだ。ビクター、手分けして支部長以上に連絡をつけよう。一人でも捕まれば全員おしまいだ。まず、一人でも多く同志が逃げ延びることを優先しよう」


 ビクターはうなずいて答え、こうした事態に備えて紙のメモに記した支部長クラスの構成員の連絡先をアキレスから受け取ると、自分の端末で連絡を始めた。これでいずれはこの連絡記録から誰が構成員だったかは筒抜けになってしまうだろう。しかし、その時にはすでにそのすべての人がすべての居住区から忽然と消えた後なのである。


「それで、君、ああ――」


「ニナです」


「――ニナ、ジェレミーは、他に何か?」


「分かりません。必ず連絡するから待っていてほしい、と……この決起の時、たぶん彼はリュシディケにいる、とは聞いていますが……」


「そうか、リュシディケか……彼自身が疑われていたことを考えれば、連絡は期待できないと思っていたほうがいいな。彼が無事にリュシディケで潜伏していることを祈ろう」


 独り言のようなアキレスの言葉に、ニナは胸がつまる思いがした。

 彼が帰ってこられない。

 もしかすると捕まっているかもしれない。


 そしてその場合はそのまま地球に連れ帰られ二度とアンビリアの地を踏むこともないだろう。

 二度と同じ世界に存在することができないと考えたとき、ニナは、ジェレミーを単なる友達、協力者、同志、という以上の存在として考えていることに気が付いた。

 私は彼を……。


 しかし、それに気づいた今、もはや彼女と彼は二度と手の届かぬ何光年もの虚空に隔てられていた。

 ニナは涙をこぼすことだけはこらえ、震える声で気丈にも、何か手伝えることはないか、とアキレスに申し出た。アキレスは、ニナの表情から何かを読み取ったようだったが、気が付かないふりをして、外出用バックパックや防寒着をできる限り足のつかない方法で大量に集めるように指示した。


 ニナが駆け出して行って、その部屋はアキレスとビクターの二人だけになった。二人は手分けして幹部に連絡をいれる。大半はすぐに音声通話に応答し、可能な限り構成員を引き連れて廃坑道に向かうと返答があった。幾人かは応答がなく、ボイスメモを相手の端末に残し、折り返しの連絡を待つこととなった。

 そして、二人だけの部屋に静寂が戻った。


「どう思うかね、ビクター」


「何が、だい? アキレス」


 突然のアキレスの問いかけに、ビクターははっとして聞き返した。


「彼女と、それから、ジェレミーのことだよ」


「あの二人が、その、あれだってのかい?」


「まぁ結局はそのあたりの話になるんだが、まずは一つの疑問だよ。なぜジェレミーは、こんな大切なことを、この私ではなく、ひそかに彼女に託したのだろう。まだ何か、私の知らない彼の考えがあるのではないかと思っているんだ。そして、それに、ニナもかかわっているんじゃないか、とね」


 アキレスは、ソファに浅く腰掛け、両ひざに両肘を載せ、両手を顔の前に組んで虚空を見つめながら、そう言った。

 沈黙が流れる。


「あるいは」


 アキレスが口を開く。


「もし、だよ。彼の計画が、アンビリア以外の惑星の全連盟員を犠牲にささげて、アンビリアにいる誰かを救うことだったとしたら、説明がつかないかね」


「ばかな、いくらなんでも釣り合わない――待ってくれ、それがもしかして」


「そう、彼女、ニナだったとしたら」


 理由はどうあれ、拙速すぎた蜂起は失敗した。アンビリアでの本格的な蜂起は完全に中止となり、アンビリアが戦地になることはなくなった。安全な逃亡先も確保されている。

 拙速な蜂起をそそのかした人間と、ひそかに逃げ道を一人の女性に伝えていた人間が、同一人物。


「ば、馬鹿なことを。まさか、あの二人がそんな大それたことを考えていたとは……」


「ニナは、もしかするとジェレミーから一方的に恋慕されているだけで何も聞かされていないかもしれない。だが、恋だの愛だのっていう感情は、あらゆる合理性を排除して人間を動かす。わかるだろう?」


「し、しかし……」


「伝言を伝えた先が、ほかの誰かだったとしたら、幹部でもないニナが逃げ延びられるかどうかは、良くて五分五分だろう。だが、ニナをメッセンジャーとして使った以上、ニナは確実に幹部と一緒に避難できる。ジェレミーが、ここまでの計算をして、ニナに大事を託した、とは、考えられないかね」


 確かに、アキレスの言うことにも一理あるように思われる。

 ビクターはアキレスの推理を真っ向から否定できず、口をつぐむ。

 その時、アキレスの持っている情報端末が着信を知らせるアラームを鳴らす。連絡が取れなかった幹部の一人からの折り返しだ。アキレスは端末を取り上げながら、


「まだ真実はわからないが、ビクター、ニナから目を離さないでくれ」


 そう言ってから端末を取り上げ、音声通話に応答した。ビクターはまだ釈然としないものを感じながらも、アキレスの言う疑いを払しょくできずにいた。



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