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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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四章 星々・二(2)


 アンビリアほど多くの人が住んでいるのではないといえども、二番目に古い開発惑星であるリュシディケの居住地区の町並みは、アンビリアに見劣りしないほどに充実していた。あちこちに休憩所と公園を兼ねたカフェがあることも同じだった。通路やビルから屋外に向けて開口している窓はアンビリアより多く、まれな雲の切れ目では、地球で受ける太陽の明るさと同じような、心地よい黄白色光が施設内全体を明るく照らした。居住施設内はエアコンの力により屋外の灼熱を感じさせない快適な温度に保たれていた。


 星間船が到着してからおおよそ三時間ほどで地上へ、さらに屋外気密バスで三時間ほどの行程の末、バスを降りたジェレミーはゆっくりと歩いていた。

 時間は早朝。惑星のその地域を照らしつける光の源は、標準時間とは関係なく天頂から四時間分ほど傾いた位置にある。あと六時間もすれば大気成分のスペクトル吸収特性が決定する独特の夕焼けを作るだろう。


 これから会いに行くウェンイは、まだ自宅にいる時間だ。軌道上に到着した時にも一度連絡を取り、そのことは確認できている。

 やがて到着した部屋の横には、ウェンイ・ツァオの名前がある。

 呼び鈴で彼を呼び出し、そして、彼の家の居間に通された。居間は周囲を白い壁で囲まれ腰までの高さにレンガ風の壁紙を貼った質素な作りで、真ん中に二人掛けのソファが一脚と一人掛けのソファが二脚備え付けられている。工場長という立場上、ここで客をもてなすことはよくあることのように見え、白い陶磁器のティーセットなどシンプルだが上質な応接道具が一揃い見て取れた。


 だが、この訪問では、ウェンイはそれらを使おうとはしなかった。それよりも、残りわずかとなった時間で、最後の打ち合わせをしなければならないのだ。ほんの数分の時間といえども無駄にしたくない。


「早速本題ですが、より詳細の計画を伺いたい。以前から考えられている通り、工場で協力者による暴動を起こし、警備兵が駆け付けたところで行政府を乗っ取る。この算段で間違いはないですね」


 白髪の混じる短い黒髪としわの多い目元が印象的だが、それでも彼はまだ四十代半ばという年齢を感じさせる張りのある声でしゃべり始めた。背は随分と低くジェレミーからは見下ろす格好だが、彼がしゃべりながらも左手でジェレミーに勧めたソファに座ると、彼と交わす視線は水平になった。


「ご理解の通りです。ただし、全体の計画に修正があります。四惑星での同時蜂起は行われますが、アンビリアでの蜂起は小規模で、いったん失敗を見ます。アンビリアの警備兵はすぐにでも他の惑星の鎮圧に向かうでしょう。そのアンビリアの地上に警備兵がいない隙に再度本隊でアンビリア行政府を襲撃し、制圧。そのあとは、軌道上での防衛を企図しています」


「なるほど、つまり、三惑星は囮になるということですか」


「ご心配だとは思います。しかし、アンビリアの軌道を完全に押さえれば、警備兵側への補給は途絶えますから、三惑星での再反撃は容易ですし、もし捕まっていても、救出もいずれ可能になるでしょう」


 ジェレミーの言葉に、ウェンイは、爪の先を眺めながら、一時思案の表情を見せ、すぐにうなずいた。他の惑星でもそうであったように、彼もあっさりとその重大すぎる事実を受け入れる。


「分かりました。まずは実行班の各班長に急いでそのことを伝えておきましょう。この後、容易に連絡が取れなくなる可能性もありますから」


 言うが早いか、ウェンイは素早く通信端末を引き寄せて矢継ぎ早に作戦の趣旨をまとめた短いボイスメッセージを作成し、一斉送信した。

 ジェレミーとしては、おそらくここで伝えなければならないことは、これですべてだろう、と考え、ひとまず胸をなでおろした。

 ここでようやくウェンイは、ティーセットを使おうと思い立ったようで、お湯を沸かし、合成紅茶を淹れ始める。


 おそらく、これからは待つだけの時間となるだろう。

 湯気を上げるカップが二人の前に揃う。


「それで、ジェレミーさん、あなたはこれから?」


 カップを口に運びながら、ウェンイが尋ねる。


「そうですね、僕はしばらくここにとどまろうと思います。次のことを考えたいのです」


「しかし、もし部下たちが失敗し、捕まり、私の名前が出てしまったら、一緒にいるあなたもたいそう疑われることになりますよ」


「でしょうね。しかしその点に関しては、僕がこの部屋から逃げ出していたとしても同じでしょう」


 彼は、最後の仕上げとして自分はここにとどまる必要があると考えている。


「実のところ、僕はスパイにあなた方の仲間だと疑われていた。だから、逃げても同じなのです」


「スパイですって?」


「ええ。そして結局は、僕がそのスパイをおびき寄せて、決起を早めざるを得なくなった。僕にはここにとどまる責任があるのです」


 ウェンイは、そこまで連盟に危機が迫っていたのか、とつぶやき、計画の前倒しと計画の中枢たるアンビリアを守る作戦の意図を理解したように見えた。


「計画は完璧とは言えないかもしれない、それでも、この集団と独立戦争計画がスパイの手によって一網打尽にされるのは時間の問題でした」


「だから、計画が早められたのですね」


 ジェレミーは、返事に代えてため息をつきながらうなずいた。


「しかし、どうして、ただの企業の雇われにすぎなかったあなたが、そのような危険を冒したのですか。仮にあなたが独立運動のことを知ってしまったとしても、それを知らぬふりをして人生を送ることもできたはずです」


 ウェンイの言葉に、確かにその通りだな、とジェレミーは思う。

 では自分を大きく変えてしまったのは何だったろう。

 それは、戦争で人を傷つけ合いたくない、という、ある一人の女性――ペットにペンギンを欲しがるような無邪気な女性――の強い願いだった。しかし、それを言葉にはしなかった。


「ただ僕は……彼らが何も出来ぬままに捕らえられてしまうことを避けたかった……僕がスパイを引き込んでしまったために」


 ジェレミーがそう言ったとき、ウェンイの家のドアのところに強い人の気配があった。


「そうですね、ジェレミー。あなたは見事にあなたの仕事をやり遂げてくれた。あなたは最後のところでそのスパイをうまく出し抜いたとお思いでしょうね。しかし、そのスパイはこの通り、ここにいる。あなたを操り独立主義者をあぶり出し、その最後の仕上げにかかるためにね」


 玄関に背を向けていたジェレミーはギクリとしてゆっくりと振り向いた。玄関を正面にとらえていたウェンイは、ただ茫然と正面を見ている。

 そこに立っていたのは、アレックスであり、彼がそのそばに引き連れて立たせているのは、ラジャンであった。


***


『――結局は、僕がそのスパイをおびき寄せて、決起を早めざるを得なくなった。僕にはここにとどまる責任が――』


 アレックスのレコーダーから、ジェレミーの声が響く。


「一番いい場面に到着できましたよ。あなたが、計画の推進者だとまさに告白しているその瞬間をこうやって録音できたんですからね。まさに動かぬ証拠というやつですよ」


 左手で、ジェレミーがアレックスとの出会いを語っているところを再生しているレコーダーの再生を止め、アレックスは言った。


「私はこの証拠をもとに反乱を止める。続けて、ジェレミー、あなたから芋づる式に首謀者を突き止める。ここからは簡単な仕事です」


 彼の右手には、黒光りする拳銃が握られている。ラジャンもこれで脅されてアレックスに言われるがままについてきたらしい。いまや、ジェレミーもウェンイも、ラジャンとともに窓側に整列し銃口を見ていた。


「実はあなた方のテキストチャットのログも、こちらに着いてからゆっくりとチェックさせていただいていましたよ。八十五時間後に会うというお話だったのでもう少し余裕があると思っていましたが、思ったより早くあなたがこの家に向かったので驚きました」


 そう言うアレックスの誇らしげな顔を見ながら、ウェンイは、これはどうやら、作戦のもっとも重要な核心部分は聞いていないのではないか、と考えた。だがあえてそれを確かめようとしてヒントを与えることも避けねばならない。


「だが、そちらに、決起に対抗して準備する時間がありますかね」


 ウェンイが問うと、


「暴動発生が近いということが分かれば十分ですよ。しばらくの間、居住区間の通路を強制封鎖すればいいのです。工場は休業。その間に地球から応援が来ます。先ほどの録音を証拠にすれば、封鎖くらいはすぐにできるでしょう。その後はあなた方を尋問して自白を得るだけです」


 と自信に満ちた態度を崩さない。

 しかしこの態度から、彼が作戦の核心には気づいていないことは間違いなさそうだった。

 とすれば、ここですべきことは。


 ウェンイもジェレミーも、それに同時に気が付いていた。

 それはひそかに進めねばならない。

 アレックスに気づかれぬよう。


「……あなたは、シリウスに、ラジャンと一緒に降りたはずだ」


 ジェレミーはゆっくりとした口調でアレックスに尋ねる。

 するとみるみるアレックスの顔には笑みが満ち、白い歯さえ見せてにやりと笑った。


「さぁ、そこですよ。あなたはきっかり私をまいたと思ったのでしょうね。確かに私は、ラジャンに連れられて、シリウスの地上に降りました。いやはや、あの時のラジャンは実に名優でしたね」


「おほめに預かり光栄ですよ、スパイ大先生」


 ラジャンは吐き捨てるように返した。そこに込められた憎しみの色に全くたじろぐこともなく、アレックスは人懐っこい笑顔のまま話を続けた。


「彼と別れた後、ジェレミー、あなたがどこに向かったのか、すぐに探しましたよ。幸い、シリウスは狭い。それに、私が自由にできる機密情報閲覧端末もある。すぐに、あなたが地上のゲートをくぐっていないことはわかりましたよ。そうなれば答えは簡単です。あなたは、シリウス訪問をあきらめ次の惑星に、ここリュシディケに向かっただろうと。念のために星間船の搭乗記録も拝見しましたが、あなたが直後の船に乗っていることはすぐにわかりましたよ」


 彼はにこにこと笑いながら、自分の行動を事細かに描写し続ける。


「どうです、あなたが説明しますか? ラジャン。そのあと、私が何をしたかを」


「遠慮こうむるよ。あんたはそのくるくるよく回る舌で自慢話を続けるがいい。分かってるぞ。あんたは一人だ。僕らは、この通り三人いる。応援を待ってるんだろう。あんたが拳銃を持っていても、三人を同時には相手はできまい。だが、僕らだって、仲間がいる。この惑星上にわんさかとね。さて、どっちの救援が早いだろうね」


「見え透いた脅しは逆効果ですよ、ラジャン」


 余裕の笑みを崩さずに、アレックスはぴしゃりと言い放った。

 ラジャンは憎々しげにアレックスをにらみながらも、それきり口をつぐむ。


「さて、私がシリウスにいたときの話でしたね。そう、私はね、ご存じのとおり、政府の諜報員です。諜報員には諜報員の特権があるのですよ。国際的な取り決めでね、カノンインベストメントアンドオペレーション社の保有船舶は、いつでも徴発できるという特権が、ね」


 ジェレミーは、その程度の特権があることくらいは予想していたさ、と心の中で毒づいた。それにしても、ジェレミーをはるかに追い抜いてリュシディケで待ち伏せしていたことには説明がつかない。


「まだ納得していませんね。しかし、これを聞けばわかるでしょう。『シリウスのカノンは五光年以上の射程がある』ということです」


 ああ――そうか。

 この言葉を聞いて、ようやくジェレミーの中ですべてが腑に落ちた。そう、シリウス以外の星系間をつなぐカノンはすべて射程三光年のため、シリウスも含めて往復航路を設定するためには必ずアンビリアを経由する必要があるが、シリウスから片道通行するだけなら、すべての星系がその射程距離内なのだ。

 完全に知っていた情報のはずだった。しかし、アンビリアを中心とした放射状の航路の固定観念にとらわれていたのだ。


「その射程は、正確には5.5光年ですが、実際のシリウス・リュシディケ間距離は4.8光年。どうです、私があなたに先回りできた理由は納得いただけましたか?」


「納得したよ。シリウスでもし僕の罠か何かがあっても、最後にはこのリュシディケで必ず僕に先回りできると考えていた……だからシリウスにはわざと僕についてきた、そういうわけだな?」


「その通りです。実をいうと、あなたが三つの惑星を回るだろうことは予想がついていました。そのうえで、最後に向かう惑星だけを確かめて先回りすれば、私の目的を達成することは全く不可能というわけではありませんでした。あえてシリウスについて行ったのは、あなたの油断させる手段の一つだったのですよ。私の中で確信はありましたが、それでも、まだあなたが本当に独立主義者たちの仲間とは確定はできていない。それならば、あえてあなたに機会を与えてみようと思ったのです」


 アレックスは、そこで言葉を切って、再びにやりと笑いを浮かべた。


「そして、その通りになった。あなたは戸外で私が聞いているのにも関わらずぺらぺらと良くしゃべりました。決定的な証拠をつかめたのです」


 彼はそう言いながら、右手に持った拳銃に視線を落として、銃口をジェレミーたちから外し、もてあそぶようなしぐさを見せた。


「先ほどのラジャンの推測は、ある意味で正しい。私は、あなた方を逮捕するために応援を待たなければなりません。私のこの銃を構える腕が疲れ果てるまでに。だがそれも間もなくですよ」


 もはや勝利は揺らがないと確信したように目を細め、アレックスはその近くにあったダイニングチェアにゆっくりと腰かけた。

 だが、その時、ウェンイがちらりとレトロな壁掛け時計に視線を走らせて口を開いた。


「さて、そううまくいきますかな」


「何がです?」


 アレックスが即座に聞き返した瞬間だった。

 居住区全体に緊急サイレンの音が響き渡る。

 工場、居住区全体にかかわる大事故が起きたときを想定した緊急アラームの声は、絶対に家から出ないこと、家の戸締りをし、気密モードをオンにすること、外出中の人はできるだけ早く直近の気密のある建物に入ること、を繰り返し叫んでいる。階下の住民があわてて何かをひっくり返したガシャンという音がかすかに聞こえる。


「アレックス、残念ながら、あなたのターンはこれまで。ここからは我々のターンです。独立戦争は、今、勃発したのですよ」


 アレックスは、まさか、という表情で、視線を三人から外さずに窓際まで駆けて行って外の様子をうかがった。

 ジェレミーもかろうじて見える窓の向こうを見てみる。何人かの人がこのアパートに向けて走ってくるのが見える。その姿は、アレックスの頼む警備兵の制服ではなく、工場の作業服を来た人間であった。

 このタイミングこそ、ジェレミーとウェンイの狙っていたものだった。


 アレックスが彼らの計画を盗み見た、と告白したとき、ウェンイとジェレミーは、彼が決起時間と面会時間を勘違いしている、と知ったのだ。

 彼らがすべきことは、ただ、アレックスに決起時間まで無駄話をさせておくことだった。

 幸運にも、アレックスにも待つ動機があった。


 結局は、双方がその時間を待ち、その時間の到来は、ウェンイの勝利を確定的にするものだったのだ。

 アレックスが狼狽している間に作業服姿の人間が二人、部屋に飛び込んでくる。


「ウェンイ工場長、差し出がましいとは思いましたが決起直前に連絡が途絶えたため、確認に来ました。来てよかったですね」


 一人の男が、銃を構えるアレックスのほうを見やって叫んだ。

 もう一人の男は作業用のマスクを顔に下げ、溶接作業にも耐える防護機能付き作業服の前をさっと閉めてアレックスに飛びかかる。アレックスの持つ銃が何度か火を噴いたが、そこから出た弾はすべて分厚い防護服に当たって止まり、たちまち屈強な作業員はアレックスに覆いかぶさって銃をその手から引きちぎった。


「このスパイをふんじばって、我々はその次の作戦に向かいます」


「次とはなんだ!? どこを襲う?」


 馬乗りになられたままのアレックスが、普段の温厚な口調を忘れて叫ぶ。馬乗りになった男はアレックスのウェストポーチから通信端末を取り出すと床にたたきつけて壊した。


「ここまで来たら教えても構わないでしょう。我々は協力者による暴動で工場に警備兵を引き付けて、即座に行政府と地上カノン基地を占拠します。別働隊が気密バスをひそかに占拠して二つのターゲットに向かっているでしょうね」


「馬鹿げている! そんなものは時間稼ぎにすぎないぞ」


 そう言い返すアレックスを、馬乗りになっていた大男が梱包用のロープでぐるぐる巻きにし始めた。縄を噛み合わせるだけでどの位置でもしっかり固定される機能性ロープは、何度かとぐろを巻くうちにみるみるアレックスの自由を奪ってしまう。


「そう、それでも、時間稼ぎをする価値があるのです。我々の独自の生産設備が立ち上がるまでの間、ね」


 アレックスは、ここで言い合っても仕方がない、と結論したのか、口をつぐむ。彼も本当は知っているのだ。生産設備がどこかで準備を整えつつあるだろう、ということを。


「二人は次の作戦に参加してください。私はここを司令部として連絡を待ちます」


「了解しました! お気をつけて!」


 作業服の二人は縛り上げたアレックスを放り出すと、軍隊気取りで慣れない敬礼をし、部屋から駆け出して行った。


「ジェレミー、ラジャン、あなたがたは早くここを出てください。もしかするとアレックスの呼んだ応援が来るかもしれません」


 ウェンイは二人のほうに向きなおって、そう促した。

 ジェレミーは、騒ぎが起こり始めてからぼうっと床のどこかを見ていたが、ウェンイの呼びかけに、またゆっくりと顔を上げて、何かを思案するように目線を逸らした。

 アラームはまだ鳴り響いている。その調子が変わる様子はない。工場での暴動も、それを陽動として計画された行政府の襲撃も、予定通りに進んでいるはずだ。


「僕は……もう少しここにいますよ」


「しかし、危険です」


「それでも、です。僕は……」


 と言いかけて、再び何かを考えるようなしぐさを見せる。


「まだ、やるべきことがあるのです」


 そう言って歩き出し、床に放り出されたアレックスのそばに立った。そして、その体をぐいとつかむと引き起こし、ソファに座らせる。


「そんな男のことは放っておきなさい。今更恩を売っても何も利益はありませんよ」


 そんな男に触ると手が汚れるぞ、とでも言うようなウェンイの口調。


「彼の、アレックスのやっていることは、僕は間違っているとは思っていません。今の各国の統治に守られて平和に暮らしてきた我々に、その統治を守ろうとする彼を批判する権利はないと思うのです。ただ、やり方が違うだけで、人々の幸福と平和と自由を、という信念は同じだと思うのです」


「そう思うなら、この梱包縄を解いて私の信念から出る行動を許してもらえませんかね」


 ようやく落ち着いたアレックスは、ジェレミーを見ながら穏やかに言う。


「アレックス、その必要はないんだよ」


 そのジェレミーの声色は、不思議な響きを含んでいた。思わずラジャンとウェンイがジェレミーの瞳を覗き込んでしまうほどだった。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてラジャンが沈黙に耐えかねて口を開いた。


「なあ、おい、ジェレミー、やることって、なんだ?」


 だが、ジェレミーはそれに答えず、窓の外に目をやる。

 まるで、待つことこそがここでやるべきことだ、と伝えんとするように。

 そうして数分、誰も口を開かずに時間がたったころ、ウェンイの端末が鳴った。おそらく、作戦の前線からの状況報告なのだろう。そう考えたラジャンは、そうか、ジェレミーはこれを待っていたんだな、と得心する。緒戦の結果を自ら確認したいと思っていたのに違いない。


 ウェンイも同様にとらえたのだろう、ジェレミーとラジャンに聞こえるように、ラウドスピーカーフォンモードでその通話をつないだ。


『ウェンイ工場長、第一隊のロイです。工場の暴動が約八十名の警備兵に囲まれて……確認ですが、オコナー社地区の警備兵は百はいないと聞いていましたが』


「そう、九十名以下だったことは間違いないですね」


 ウェンイが答えると、通話回線の向こう側のロイはさらに息を切らせながら続けた。


『そう、ですから、八十名の警備兵を見て、ほぼ総力が工場の暴動鎮圧に充てられたと判断し、第一隊は行政府に向かいました。第二隊はカノン基地です。ですが……』


「どうしたんです」


『今、行政府前ですが、行政府門外に多数の警備兵がいて足止めされ……おそらく二百名以上の警備兵に前後を取り囲まれています!』



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