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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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四章 星々・二(1)

■四章 星々・二


 ジェレミーは、シリウスAaにおける系外惑星独立連盟四十一名の代表窓口であるジョージ・オットーとの面会を星間カノン基地上で済ませ、乗ってきたばかりの星間船の折り返し便への搭乗手続きを素早く済ませた。

 これでおおよそ、アレックスとの差は一日半は確保できたはずだ。次の便でアレックスが追ってきたとしても、シリウスからアンビリアへの標準行程四日半とアンビリアからリュシディケへの標準行程三日を消費するうちに、決起の日を迎えるだろう。アレックスは、惑星から何日もの道のりを挟んだ虚空で、歯噛みしながら、反乱ののろしが上がるのを見守るしかないはずだ。どうあろうと、この計画のためには、彼には半歩だけ遅れてもらわねばならない。


 星間船上で、ジェレミーには、考えておかなければならないことがまだ山のようにあった。独立戦争の蜂起までの計画は、むしろシンプルで特に考える必要のないものであった。本当に考えなければならないのは、ことが起こった後の処理だ。考えうるあらゆる可能性をこの一週間のうちに詰め、決起の日にはチェックメイトにつながる最善の手を打たなければならない。


 考え始めて間もなく、アンビリア行きの小型星間船は発射準備を終え、新型カノンの強い加速がジェレミーをベッドに押し付ける。

 そして次の瞬間にはそれはすでにエリダヌス座ε星系に浮いている。

 船内放送は、この船が予定をややオーバーして五日の行程をもってアンビリアのカノン基地に到着することを告げた。


 ジェレミーはすばやく計算する。今過ごしている時間は、アキレスと同期した基準日から丸十一日が経過した十二日目である。とすれば、アンビリア到着は十七日目、リュシディケ到着はうまくいって二十日目のどこか、というあたりか。

 つまり、決起の日、二十一日後に対して、すでに一日以下の余裕となってしまった。アンビリアからリュシディケへのジャンプが数時間でも早まればよいが、ジェレミーがリュシディケの代表者に会ってゆっくりと作戦を語り合うというわけにはいかないかもしれない。やはり先行して情報を交換しておくことが必要だ。


 情報漏えいに対する最大の危険であるアレックスは、ともかくもシリウスAaに置き去りにすることに成功した。この戦術的勝利により、彼には、星間船から通常の電波を使った通信により相手に大声で話しかけるという手段が新たに拓かれた。通常電波ならその頃にはまだアンビリア近辺にいるアレックスに聞かれることはあるまい。最低限の情報で決起の手はずだけを整えればいい。


 それから、さまざまな思索の合間に、ふと思う。

 ジェレミーの進言こそが、この決起の引き金である。彼らの運命を翻弄したのはジェレミーだ。

 彼は幾度となくそのことに悩みさいなまれた。


 これまでは、ラジャンがいた。

 彼は、ジェレミーの気持ちを察し、彼の行動を支えてきた。だが、こうして彼と離れてしまったことで、ジェレミーは、また一人ですべてを背負うことになってしまった。

 間もなく、戦争は始まる。ジェレミーは、そこに、自分と思いを分かち合う人にいてほしいと思った。


 そうしてジェレミーは、ふと、ニナのことを思い出す。

 思えば、ニナこそが、彼をこの行動に駆り立てたその人だ。誰にも犠牲者を出したくない、という彼女の思い。それは、ジェレミーの思いと奇妙に重なった。だからこそ、ジェレミーはこの道を選んだのだ。

 今、ニナは、すべての成り行きを知っているだろうか。


 知るはずはないだろう。

 ただ、戦争がもうすぐ始まる、それだけのことを胸に押し抱き、ひそかに泣いているかもしれない。

 僕の決断があらゆる人を不幸にしようとしている。


 そんな思いが、何度も浮かび上がってくる。

 信念をもってその鬱屈した感情を断ち切る。

 その先に彼だけが見ている未来を心の支えとして。


 今、止まってはならない。

 繰り返す思索に埋め尽くされた五日が過ぎ、赤茶けた色合いのアンビリアが視界に徐々に広がる。

 ニナはあの表面にいる。


 何も知らずに。

 なぜ知らせなかったのか。

 彼女にそれを知らせることくらいなら、許されたのではなかっただろうか。


 違う。

 と彼はその考えを振り払う。

 僕が救いたいのは彼女だけじゃない。


 彼は星間船を乗り換え、リュシディケに向けたジャンプに身を任せた。


***


 ジェレミーの乗ったリュシディケ行きの星間船は、標準時の深夜二時にジャンプを行い、直後には、リュシディケ到着時刻が約三日強、七十八時間後となることがアナウンスされていた。

 この船には乗客用の通信端末が用意されていた。この端末の前に座ったジェレミーが入力するアドレスは、リュシディケの表面にいる、オコナー社の重水燃料精製工場の工場長だ。そこは数百万キロメートルという距離ではあるが、数秒の遅延を許容するならば通常の電波ビームによる通信の圏内であり、少なくとも、アンビリア近辺にいるであろうスパイがいくらカノン通信路に聞き耳を立てても聞き取ることができない短距離の通信であった。


 遅延のことも考え、ジェレミーは、テキストでの通信を選択した。

 おそらく相手――精製工場長ウェンイ・ツァオ――の情報端末を呼び出しているであろう十数秒がたち、相手が応答可能になったことを示すアイコンが画面に表示される。そこでジェレミーは素早くテキストを入力した。


『私は、ジェレミー・マーリン。アンビリアの鉱石倉庫で紹介を受けてきた』


 鉱石倉庫の作業員であるアキレスの名前を出さずに伝えるには、と思案したうえでこのような文面で送ると、


『こんにちは、私はウェンイ・ツァオ。訪問を待っていた。鉱石倉庫の友人からは連絡を受けている』


 これで、ジェレミーがアキレスの使いであることは間違いなく伝わっていることが分かった。


『開始時間は八十五時間後である。船の到着が直前となるため事前に連絡させてもらった』


 ジェレミーは手短に用件を伝えた。決起とは書けないが『開始』にアンダーラインを打つことでそれに代えた。

 ややあって、ジェレミーの前の画面に文が表示された。


『準備は完了している。開始時間は了解した。その他連絡事項あるか』


 これに対して、ジェレミーは、作戦の詳細を書くべきか悩んだが、アンビリアでの遅延決起の件は、この通信記録から漏洩した場合には致命的だと考え、伏せることにする。


『仔細変更あり、会って伝える。連絡事項あればまた連絡する』


 最後にこれだけを伝えて、接続を切った。

 ごく短いやり取りではあったが、これで少なくとも、万一のことがあっても、リュシディケでの蜂起は、正確に他の惑星と同期して行われるだろう。

 通信端末のある小部屋を出て、共用スペースで、船外カメラ映像を映しているモニターを見る。


 前方カメラには、はるか遠くのリュシディケがズームされて映っている。黄色みがかった緑色に白や赤のまだら模様が見えるそ惑星の姿は、その惑星が濃い大気を持っていることを示している。

 事前に知ったデータ上では、惑星は窒素、二酸化炭素、アンモニア、水蒸気からなる濃い大気があり、地表の温度は摂氏五十度、大気圧は3気圧に及ぶ。すぐに肌を焼かれ気圧につぶされてしまうほどではないが、裸で外を歩き回るには快適とは言えない環境だという。


 次いで、側方カメラのモニターに目を向けると、そのうちの一つには、リュシディケを照らすくじら座τ星のまばゆい輝きがある。

 はるか昔から、このくじら座τ星は、主星や惑星の構成も含めて、地球を含む太陽系の兄弟のような存在と言われてきた。こうして、多くの人が生活を営む星系になると、昔の人々は想像しただろうか。

 彼の旅のひとまずの終着点は、ここになるだろう。騒乱が起これば、しばらくはこの星系を飛び出すこともできないかもしれない。


 彼を知る者も、彼が頼むものも、誰一人いないこの星系に、どのくらいとどまることになるだろうか。

 いよいよ、後戻りはできない。いや、後戻り可能なところは、とっくに通り過ぎているのだ。

 様々な人を巻き込んでしまった。少なくとも、僕が守れる限りの人は守らなければならない、とジェレミーは決意を新たにする。


 彼の乗る星間船は、ゆっくりと惑星リュシディケに近づいていき、やがて、その軌道上に重力の錨でしっかりと係留されるに至った。



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