三章 星々(6)
星系に到着した時からぎらぎらと強く輝いていたシリウスA、その光に照らされたシリウスAaという惑星は、非常に小さく、主星からも遠い惑星だった。到着の十数時間前になってもまだ点にしか見えなかった。それが徐々に大きく見え始め、大気がほとんどなくクレーターに覆われた表面が見え始めたときには、星間カノン基地は視界の半分を覆っていた。
この航路は標準よりだいぶ短い三日で到着し、ジェレミーたちの旅はありきたりな宇宙旅行よりも少しばかり幸運の重なった旅程となりつつあった。
カノン基地はアンビリアやその他の惑星の基地よりも一回り小さく、そこで働く職員も少ないようだった。狭いプラットフォームに気密ドアを通して降り、そこからは標準モジュールと思われる見慣れた通路を通ってシャトルのゲートをくぐる。
アレックスはどうやら事前にゲートを通っていたが、これ以上彼らに対する直接スパイ活動をするつもりは無いようで、単に彼らの行先を遠目に追っているだけであった。
アレックスが乗ったのを見送ってから、ジェレミーとラジャンは貨客シャトルに乗り込んだ。二人の席はシャトルの後方で、アレックスの後ろ頭が少し前にあるのに気が付いた。
「さて、あと一時間やそこらでようやく久々の重力だ。何しろ一週間というもの、重力からご無沙汰だからな」
「だが、残念なことに、シリウスの地表はわずか0.1Gなのだよ、ラジャン。君がその体を投げ出してベッドに横になろうと思ったら、その向こうの壁にぶつかることは請け合うよ」
「そうならないよう気を付けるよ。ただ、普段は忌々しい重力も、一週間も離れていると恋しくなるとは、実に不思議なもんだね。地球からアンビリアに向かったときはそうは思わなかったもんだが」
「あの時は旅の珍しさもあったからね。僕らはすっかり旅慣れしてしまったわけだ」
「しかし、シャトルでの降下はまだまだ慣れないね。飛行機の着陸と同じようなもんだとわかっていてもね。あぁ、そういえばシリウスには大気がないから、これまた新しい体験をせざるを得ないわけか。また飲み食いして気を紛らわすしか……おっと、おい、ジェレミー、飲み物と食い物を買ってくるのを忘れたぞ。少しあけてくれないか」
奥側に座っていたラジャンは、固定ベルトを外し腰を浮かせて通路に出ようとしたが、
「ああ、いいよ、僕も飲み物を買っておこうと思っていたんだ。僕が買ってこよう。スナックは、ナッツかポップコーンか、適当なものでいいかな?」
と、通路側のジェレミーが立つ。
「助かる。そうだな、ナッツを頼もう。あと、なんでもいいからソーダだ」
「残念、シャトルはソーダ禁止だ。ジュースを何か適当に見繕って来よう」
ジェレミーはそう言って外に出た。
約十分でシャトル発進のアナウンスがあり、シャトルはカノン基地付属の小規模のカノンによる投擲を受けて惑星低軌道に向けて滑り出した。
大気の無いシリウスAaへの着陸は、他の惑星へのそれとはだいぶ趣が異なる。低軌道に下りてからは機首を上にし、下向きにメインスラスターをふかしながら徐々に高度を下げていく。
よって、この過程で、前を向いて座る形の椅子を使っている船内では、乗客はみな背中を下にして着地を待つことになる。シャトルは接地した後で地上の作業車によって正常な位置に戻されるのだ。
船を下り、到着ゲートをくぐって、ほんの数百人程度が住む小さな居住施設への道を案内板で確認しているラジャンのもとに、アレックスが近づいてきた。
「こんにちは、ラジャン、ようやく懐かしの重力のもとに帰ってきましたね」
やっぱり会話を聞いてやがったか、このタヌキめ、とラジャンは思いながら、
「やあ、アレックス、いや、あれにはまいったよ。まさか、ひっくり返って地上に降りるとはね。なんとも不便な話だ。炭酸だろうがメタンだろうがやっぱり大気があるに越したことはないね」
「私は十分楽しみましたけどね。なかなかにできない体験ですから。……ジェレミーはどこに?」
アレックスは周囲を見回して、一緒のはずのジェレミーが見えないことに気が付いた。
「あぁ、やつはもう先さ。ここの滞在期限は短いんでね。二手に分かれることにしたんだ。彼は試掘試験場、僕はもう居住施設の管理事務所に向かうつもりだが、アレックス、君はどうするんだい? 僕にくっついて取材でもするつもりかい?」
かすかに、しまった、という表情を見せたようにも見えたアレックスだが、
「いや、私も好きなようにこの惑星の観察をさせてもらうことにしますよ。それではごきげんよう」
そう言って、足早に行ってしまった。
ま、あいつの狙いはジェレミーだからな、そう小さくつぶやきながら、ラジャンは、ジェレミーに指定された『仕事先』に向けて歩き始めた。
好きなようにジェレミーを探させておくさ、いくら探しても、ジェレミーはこの小さな世界のどこにもいないわけだがな。
ラジャンは、ジェレミーと示し合わせて一芝居を打っていた。つまり、シャトル内での会話の後、ジェレミーはラジャンの飲み食いのために一旦船を降りたが、実はそのまま軌道上のカノン基地にとどまっていたのである。
彼がそうしたことには、理由があった。むしろ、最初から地上に降りる理由こそ無かった。ジェレミーが会うべきシリウスAaの連絡員は、星間カノン基地の作業員だったからである。