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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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三章 星々(5)


 惑星マエラは地球よりやや大きく重い。大気は非常に濃い二酸化炭素と少量の硫化水素で、この星で外を歩く人は全身を覆う防護服と酸素の完全な再利用装置を必要とするようだった。

 星間船での行程は二日半、三回の就寝があり、最後の就寝から一時間後に軌道上に到着、四時間後には地上カノン基地に着いていた。だから、ジェレミーとラジャンの体内時計においては、まだこれから十時間以上の活動時間が残っている。


 幸い、その体内時計は標準時ともさほどずれておらず、この惑星におけるビジネスタイムもまだ三時間を余していたため、彼らはそのまま『工場視察』へと向かうことにした。

 事前にアキレスより受け取っていた工員の情報を手元の情報端末で何度か確認し、工程全体を視察する風を装ってターゲットを探す。相手の男はすぐに見つかり、工程の最後まで確認してから、戻る途中で声をかけた。


 アキレスとの対話の時と同様、工場内のミーティングスペースを使ってその男、アラン・ナシエルスキーに、独立運動の開始についての情報を伝える。驚いたことに、アランは決起が前倒しになったという情報はすでにつかんでいて、あとは詳細についてジェレミーに直接確認するのみなのだと言った。


「まぁね、俺らもいろんな情報の伝達手段はあるよ。一番確実なのは、地球を使う方法さ。まずアンビリアの一人が、地球の親類に近況報告のメッセージを送る。その親類はもちろん偽物、地球の協力者さ。それから別の連絡員がマエラにいる誰かの親類のふりをして親戚のだれだれが病気だとか全快しただのってメールに情報を紛れ込ませるんだ。情報はものすごくあやふやで、符丁を知っている俺たち同士でさえ、ぼんやりとした情報しかやり取りはしない。たとえば、俺が今回知ったのは、『決起近し準備せよ』と『連絡員送る』だ。そしてほぼ同じタイミングで『視察』とやらが来るとなれば、結びつけるのは簡単さ」


 アランはジェレミーに対して自慢げに彼らの秘密を披露した。アキレスからの伝言には、『ジェレミーを信用せよ』という情報もついていたのだろうか。

 そして、ジェレミーの説明した作戦に対しては、


「同時に決起してどこかが失敗するリスクがあるよりは、三惑星が失敗してでもアンビリアを落とす、ってわけだな」


 と、アランは、自分が戦局の中心になれないことを少し残念そうに見せつつも、それでもアキレスを信じて捨て駒になろうと決心しているようだった。そんなアランを見ながら、この作戦は自分が進言したとは言わないほうがいいな、とジェレミーは思う。アキレスに対する信頼は、ジェレミーに対する信用をはるかに凌いでいるだろう。

 短い打ち合わせは終わり、ジェレミーはそこを立ち去った。


***


 出発は翌日の昼過ぎ、星間カノンによる発射は夜となった。

 マエラからアンビリアへの復路もほぼ標準通りの三日弱。

 次の旅程はシリウスAaである。


 この路線は実に二日に一本の貨客便しかないのであるが、幸いにも半日後には次の便が出ることになっていた。

 いったん宿泊所を使おうか、と相談しながら待合ロビーに入った時に彼らを迎えたのは、思いもよらぬ人物がそこでくつろいでいる姿だった。

 それは、アレックスであった。


「おいジェレミー」


 小さく言うラジャンを押しとどめる。

 間違いない。

 ジェレミーたちを待ち伏せしているのだ。


 気づかれぬよう次の発射場に向かうことはできるだろうか。

 それは無理だろう。

 彼は間違いなく、ジェレミーたちがこの旅程でここを通過することを知った上で、ああしてくつろいで見せているのだ。


 ジェレミーには、彼の本当の目的が、ほぼ見えつつあった。

 だからああして、さあこっちを見ろ、と言わんばかりに姿をさらしているのだ。

 だが、こちらが彼に気づかなかったふりをすることくらいは可能かもしれない。


 目配せでそれを伝え、ジェレミーとラジャンは一直線に宿泊所に向かった。

 一眠りし、出発ゲートをくぐったとき、同じゲートをアレックスがくぐったことは、最終待合室にいる彼の姿ですぐに分かった。

 シリウスに向かう小型の星間船は、一万トンクラスのこれまでの星間船とは大きく異なり、共用スペースには自動販売機と洗面所など最低限の共用施設しかない簡素なものだった。キャビンは貨物室内の居住化コンテナのみだ。


 キャビンには一つのスペースには一人のベッドと小物入れと収納、というようなものだけが備え付けられていて、ベッドとハンモックベンチを合わせて二人が向い合せに座るのがやっとという狭い部屋である。それが、一つのコンテナに六部屋用意されている。

 幸い、アレックスの個室は別コンテナで、船に乗る時に顔を合わすことはなかった。

 窮屈な個室で発射時間を待ち、やがてその小型星間船はカノンの力ではるか三光年先のシリウスA星系に投げ出されていた。


 その投擲が終わって間もなく、ジェレミーのキャビンの戸をノックする者があった。最初はラジャンかとも思ったが、ドアを開ける寸前に、もしかすると、という予感があった。

 そうしてドアを開けると、そこに浮いていたのは、予感にあったアレックスであった。


「あなたがこの船にいるとは驚きました」


 とジェレミーは驚いて見せる。


「人に聞かれたくない話があるんです。部屋に入れていただけないでしょうか」


 あくまで低姿勢ではあるが、通さざるを得ない迫力を込めた視線でジェレミーを刺しつつ、アレックスはそう言った。頑なに断って騒ぎを起こすのも本意ではないと思い、ジェレミーは彼を部屋に通した。


「それで、話というのは?」


 特に興味なさげにジェレミーは問う。左手には読みかけの本を開いたままの情報端末を持ち、あくまで真面目に取り合うつもりはないぞ、という態度を崩さない。


「独立の話です。系外惑星の」


 アレックスは、彼がこの船に乗っている理由を弁明しようともしない。もはや、お互いに相手の正体に気付いているだろう? というサインのように、ジェレミーには思われた。

 しかし、ジェレミーはそのサインをひとまず無視した。


「またその夢物語ですか」


「その実現が夢かどうかは問題ではありません。私は、あなたの真意を聞きたい。星々の住民を救うために、独立は本当に最善のやり方だと思いますか」


「分かりませんね。犠牲を払って戦争をして独立を勝ち取る、そこまでの価値が独立にあるかどうか」


 ジェレミーは、億劫そうに情報端末を閉じる。


「独立するということは、少なくとも、地球の国々と対等の外交関係を持つことになる。地球は確かに系外惑星の生み出す豊富な資源で経済を大きく発展させてきましたが、それと同じように、系外惑星は地球が生み出す膨大な製品に支えられて社会を維持している。今は、地球の国家の境界の一部分が長く引き伸ばされて系外惑星の大地に突き刺さっているから、その細いストローを使ってお互いに必要なものをスムーズにやり取りできます。もしそのストローが断ち切られ、お互いに必要なものを交渉で手に入れなければならなくなったとき、系外惑星はその手持ちのカードだけで、どこまでのものを引き出せるでしょうね」


 アレックスは、うーむ、と小さく唸った。

 相手が何も言わないので、先をとってもう一つ釘を刺しておこうと思った。


「これは僕の妄想かもしれませんがね、あなたは僕が独立運動家かもしれないと考えている」


「あなたに興味があるのは事実です」


「ではあなたはどうです。僕から見れば、あなたこそその組織に属して、血なまぐさい暴力沙汰を起こそうとしているように見える」


 ジェレミーは、もてあそんでいた情報端末を壁の小物ポケットに叩き込む。


「もしそうであれば、僕はあなたを軽蔑する」


「私だって暴力を肯定する意思はありません」


 暗い照明の中、その即答の一瞬、アレックスの瞳に火が灯ったように感じた。

 それは、スパイとしての演技だっただろうか、とっさの本心だっただろうか。

 そして、ジェレミーは、アレックスの信条を知りたくなったのだ。


「では。あなたがもし、系外惑星に自由をもたらしたいと思ったらどのような行動に出ますか」


 ジェレミーの問いに、


「私は……」


 と、アレックスは数瞬の沈黙に落ちたが、


「いや、私はあくまで傍観者ですよ。その役割は、あなたのように知恵と勇気を持った人にこそふさわしい」


 ジェレミーはその答えに満足したわけではないが、それでも一つの答えを見出していた。


「そして」


 アレックスは、仕切りなおすように、いつもの気持ちいい笑顔を浮かべた。


「独立に関しては、なるほど、あなたのご高説どおり、難しそうに思えます。しかしそうだとしても、私は、アンビリアとその他の惑星の行く末を最後まで追うつもりですよ。あなたが何を考えているにせよ、ね」


「どうぞ、良い記事を期待していますよ」


 こうして、星間船内でのジェレミーとアレックスの会談は終了した。

 扉の前からアレックスの気配が消えていったのを感じながら、ジェレミーは、おぼろげながら見えてきたアレックスの本当の狙いについて、頭の中で整理する。

 最初は単に、ジェレミーを独立運動家にかかわらせるためだけだと思っていた。


 住民の不満、反抗組織の存在、独立というアイデアを示唆し、ジェレミーをそこに追い込もうとしていた。それは見事に成功した。まんまとジェレミーは独立運動に巻き込まれてしまったのだ。これに関して言えば、アレックスの仕掛けた罠にジェレミーは完全にはまってしまっていた。ジェレミーの完敗なのであった。

 しかし、途中からは、彼は自らがスパイだと大声で叫んでいる。


 すなわち、後半のアレックスの行動は、すべて、ジェレミーの警戒心をかき立てるものだ。その目的は。

 現にジェレミーは彼を警戒するあまり、様々な行動に変更を加えてきた。決起の前倒しも、アレックスの行動が一枚噛んでいる。今度のシリウスでの行動も、それを変更せざるを得ないと決断している。

 アレックスの目的は、ジェレミーの行動に様々な制限を加えることで、アレックスの目的へと誘導することなのではないか。


 では、アレックスの望むジェレミーの行動とは何か。

 すなわち、革命の決起を早め、こうして行動の自由がきかない星間を飛び回らせることこそが彼の望むところなのかもしれない。最初の罠で手中にした手駒の一人、その行動を枠にはめ、次いで自分の掌の上で踊らせ、最後にはその背後にあるものを一網打尽にする。それが彼の目的だとすれば、ジェレミーと連盟は見事に彼の掌の上で踊ってしまっているわけだ。


 少なくともこのシリウス行がアレックスの想定の中で進んでいる以上、ここで少なくとも一回は彼の裏をかく必要があるだろう。万一に備えた二重三重の対策が必要だろう。

 おおよそのこの後の計画を頭の中で組み立てると、彼はラジャンの部屋へ直接向かった。



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