表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
15/35

三章 星々(3)


 熟考の二日が過ぎた。

 ジェレミーは、再び、連盟の最高幹部であるアキレスを訪問していた。

 幸運にも彼はオコナー社の鉱石倉庫の工員で、ジェレミーは悠々と倉庫視察の名目でそこを訪れ、たまたま目に留まった、という風でアキレスを指名することができた。


 会談には、あえて個室を使わず、倉庫スペースの片隅の小さな打ち合わせ机を使うことにした。倉庫内は騒々しく、かえって秘密の会談にはうってつけの環境だった。


「アキレスさん、実は、まずいことが起きつつあります」


 ジェレミーは事前に考えたシナリオどおりに率直に話し始めた。


「諜報員がいるようです。僕たちがこの惑星に来た初日に接触してきた男が、おそらく諜報員だと思われます」


 それに続けて、アレックスからの接触の状況の叙述に自分の考えを交えながら、ジェレミーはあらましを伝える。

 アキレスは黙って聞いていたが、ジェレミーが話し終わると、ため息を一つ、つく。


「……そうか、知らせてくれてありがとう。しかし、まだ私たちの組織の核心までは程遠いのだろう?」


「分かりませんが、諜報は本格化しつつあるようです。少なくとも、反抗を企図する地下組織があることは確信しているし、その目的が独立だということにもかなりの確信を持っているようです」


 そこに、サイモンの確信についてはあえて付け加えなかった。

 アキレスは、片手で顔の半分を覆って、まいったな、とつぶやく。


「しかしジェレミー、だからと言って、組織を解散しろ、と私に勧めに来たというのだったら、答えはノーだ。君も知ってのとおり、我々の計画は後戻りできない地点にすでにある」


「それは知っています。選択肢は二つ。一旦計画を白紙にして組織をより深く潜らせるか、あるいはいっそ早めるか」


 ジェレミーが言うと、アキレスはわずかに驚いた表情を見せた。


「先ほども言ったとおり、彼らは、通過記録が残らない屋外行動を使って組織が互いに連絡し合っている、というところまでほぼつかんでいるようなんです。もし彼がもう少し確信を深めれば、屋外ゲートをチェックするようになるはずです。屋外での行動に組織的な監視が付いたら、おそらく完全に隠し通すことはできません。少なくとも、一年二年という期間にわたって完全に隠すことは不可能でしょう。彼らの手は思ったよりも近くまで伸びてきています」


 アキレスはしばらく眉間にしわを寄せて考えていたが、


「君の言うことが本当かどうか……検証してみる必要はあるな。その男に接触されたものが構成員にどれほどいるか、確認してみよう」


 ジェレミーはうなずいた。アキレスは続けて、


「君はさっき、計画を早めることも口にした。それは、君の信念に反しないものなのかね」


 アキレスの言葉は、ジェレミーが想定していたものの一つだった。


「僕の大きな目標は、この惑星の自由。僕にとってあなた方は……『連盟』は、それを成し遂げるための重要な武器なのです。それを失わないことが、僕の一義的な信念であり、決起が早いか遅いかは二義的な問題に過ぎません」


 ジェレミーが答えると、アキレスは、その言葉の真実性を確かめるようにじっとジェレミーの瞳を覗き込んだ。

 やがてアキレスは大きくため息をつき、口を開いた。


「よろしい。君が我々を役立つ道具だと考えている、それはどうやら真実だろうし、我々にとっては好ましいことだ。だから君にも『道具』の真実を教えよう」


 アキレスは一瞬目をつむり、それから周囲に何度か視線を送ってから、またジェレミーに視線を戻した。


「我々の決起は、すでに六十日後に計画されていた。正確には五十七日後」


 ジェレミーにとって、この答えはまったく想定外であった。

 少なくとも一年はあるのではないか、と考えていたのだ。

 突然目の前に波頭が迫ってきたかのような息の詰まりを感じる。


「そして今君の話を聞いた限り、アレックスという男は危険だと感じた。おそらく、決起日程を半減する必要がある」


 ジェレミーはゆっくりとうなずいた。


「実を言うと……僕は……最初から、行動を早めるべきかもしれない、と考えながらここに来たのです」


 ジェレミーは率直に告白した。

 そう、実は、彼は最初からその結論を導くためにここに来たのだ。

 彼自身の目的のために。


「よろしい。問題は、ほかの惑星のことだ。距離がある。直接の星間通信も安全のためには使いたくない。そこで――」


 ジェレミーが遮るようにうなずき、


「僕が、メッセンジャーとなりましょう。僕なら、疑いをみなさんに引き付けてしまう前に、僕自身だけの力で別の惑星に渡ることができます」


「まさにその通りだ、もし可能なら、……いや、よろしく頼む」


 もちろんです、とジェレミーはうなずいた。


「では、我々の計画を話そう。簡単に話すとこうだ。まず、各惑星の鉱山や工場で、ストライキあるいは暴動騒ぎを起こす。これはメンバー未満の協力者が担う。各地区の警備員がそこに駆けつけることになるだろう。そうやって、警備の空白地帯を作り出す。ターゲットは、行政府だ。世紀メンバーから構成された本隊は一気に行政府に突入し、要人の身柄を確保する。政府要人は、カノンシステムの停止、シャトルシステムの停止、カノン通信網の停止の権限を持っている。これを奪って、地球との連絡を断ち、アンビリア上空、つまりアンビリア星間カノン基地を防衛ラインとし、ここを死守して惑星を守る戦いに突入する。その間に、ひそかに持っている生産設備を一気に整備し、必要物資と武器の生産を開始する。実はね、我々はすでに小銃などの試作は完了しているんだ。十分な数の小銃をそろえ、居住区と工場、そして地上カノン基地をしっかりと防衛すれば、仮に強襲揚陸されたとしても当面は戦えるし、相手の兵站の疲弊を待って撃退もできるだろう」


 アキレスの計画をジェレミーは黙って聞いていた。機械の音がアキレスの声を聞こえにくくしているが、彼の熱意でその言葉はしっかりとジェレミーの胸に落ちてくる。

 計画は、おおよそジェレミーが想像していた通りだった。

 しかし、だからこそ、ジェレミーはここで一つの指摘をしなければならない、と決めていた。


「その計画に、わずかな修正をすることはできませんか。つまり、この惑星、アンビリアでの重点防衛という計画であるのなら、もう少しだけ、それを徹底すべきだと思うのです」


「と、言うと?」


 アキレスは興味深そうに聞き返した。


「アンビリアでの決起の日程を遅らせるんです。リュシディケ、マエラ、シリウスでは同時に決起します。おそらく、成功するでしょう。が、アンビリアだけは、問題が多いと僕は印象を持っています。ハブとして交易、通信が非常に発達していて、それを守るための防備も厳重だからです。作戦上アンビリアを完全に押さえることは必須ですが、それには相手に倍する兵力が必要です」


 ジェレミーの言葉に、アキレスもうなずく。


「まず、アンビリアでも呼応して暴動が起きたように見せかけます。これは小勢ですぐに撃退される程度のものです。彼らに、周辺惑星は敵の手に落ちたがアンビリアは守れた、と勘違いさせるのです」


「そうか、わかったぞ。そうすれば周辺惑星の奪還のためにアンビリアから兵を出すことを彼らは考えるのだな」


 アキレスは敏くもジェレミーの考えを先回りした。


「地球からの応援はどんなに早くても一週間から二週間かかりますが、アンビリアから各惑星へなら二日か三日。反乱勢力が防御態勢を整える前に制圧できると彼らは考えるわけです。アンビリアを空白地帯にして、地球からの応援が来る前に温存した兵力で一挙に手中に収める。そのためにも、彼らが確信を深める前に決起することは必要なのです」


 ジェレミーの言葉にアキレスはやや考え込む。

 何度か、ううむ、と唸りながら、おそらく、シミュレーションを繰り返しているのだろう。

 そして、ようやく口を開く。


「……アンビリア以外の惑星のメンバーにとっては厳しい選択ではあるが、良い手だ。だが、もちろん、幹部会で一度審議する必要があるだろう」


 ジェレミーは、アキレスがおおむね彼の案を受け入れたことに満足してうなずいた。


「物資の備蓄は例の廃坑道で急ぐことでしょうが、居住化コンテナの数はどれくらい?」


「うむ、最終的に軌道上の防衛戦に備えて全メンバーの半数が収容できるほどには、ある」


「安心しました。軌道上の防衛線こそ重要です」


 ジェレミーの反応にアキレスは満足げに鼻息を漏らした。


「それで、次の行動についてです。おそらく、この行動計画と日程を確定し、僕が各惑星の指導者に直接伝えに行くことになるでしょう。僕の出発がいつになるかを決めておきたいと思います」


「明後日、ここにきてくれたまえ」


 アキレスは考えるそぶりさえ見せずに即決した。これがリーダーの資質というものだろうか。続けて、


「そうだな、あそこでクレーンを操作している男が見えるだろう、彼もメンバーだ。彼から私の伝言を聞いてほしい」


 ジェレミーは、紙を束ねたファイルをパタリと閉じて立ち上がった。そして笑顔でわざとらしく右手を差し出して握手を求める。アキレスも、あくまで雇われの工員という腰の低い風体で立ち上がり、その手を取って笑顔で握手を交わした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ