二章 アンビリア(6)
夕食会が終わるとジェレミー、ラジャン、ニナの三人はオカダ家を辞して帰途に就くこととなったが、ジェレミーはふと思い当ることがあり、ニナを彼女の家まで送る、と申し出た。ラジャンはおそらく意図をはき違えていたが、そういうことなら、と一人で帰って行った。
夜の時間帯のために照明が暗く落とされた通路を二人は並んで歩く。
交差点をいくつも通り抜けたころで、ジェレミーが口を開いた。
「君は、ビクターの、いや、『連盟』の今の考えを、どう思う?」
何か考え事をしていたニナは、はっと顔を上げてジェレミーの問いを反芻する。
「つまり、計画のこと……よね」
「君は、実は計画そのものにはあまり賛成でないと考えているようだけど、それじゃぁ、なぜ、ビクターや組織について行っているんだい」
彼女に、何らかの弁明をしてほしいと思い、ジェレミーは尋ねた。
「最初はそこまでのことは考えていなかったのよ。父がそういった活動に参加していたので、自然に参加するようになって。私の知る限り、最初は、もっと気軽な、生活を良くするための互助会の設立を目指すような会だったはずなの。だけど、それが一度、勝手に別会社の社員と労働組合を作った、という理由で会社から処分が下ることになって、名目上は解散、事実は地下に潜って、それから、過激になっていったように思うわ」
「そして、今では独立戦争まで口にするようになってきた、そういうわけだ」
「そうね……実をいうと、その過激派はもう何十年も前から組織内にいたらしいんだけど……今の幹部はほとんど、そのころの過激派よ。処分の時のみんなの怒りが彼らに力を持たせちゃったのよ。でも、誰かを傷つけたり傷つけられたりしなきゃならないようなやり方は、私は間違っていると思うわ」
「僕ももちろんそう思うよ。犠牲を出さない方法を考える必要があると思う」
ジェレミーが同じことをもう一度繰り返すと、ニナもぱっと顔を明るくして、
「そうよね! 独立なんていう大それたことを言いださなくても、私たちの星はきっとよくなる、そう思うよね!」
しかし、そう言われたジェレミーは、一転、顔を曇らせた。
心の内に、また別の考えが浮かび上がりつつあったからだ。
「ニナ……実は、僕は、戦争なんていう血なまぐさいことをすべきではないと思いつつも、今の袋小路を脱するには、やっぱり独立しかないんじゃないか、という考えに取りつかれているんだ」
「そんな……」
ジェレミーの言葉に、ニナの笑顔も途端に曇る。
「今のこの状況はね、君は前に『不公平』と表現したけれど、実は別の不公平を生まないための最低限のシステムなんだよ」
と、サイモンの話を思い出しながら言った。
「僕はある政府官僚と会って話をした。彼らもこの惑星に意地悪をしようという意図はないんだ。ただ、『地球と同じように公平であるべき』というその基準が別の不公平を生んでしまっている。君の言う公平性を実現するには、逆に別の特権を認めなければならないということでもあるんだ。この星が、地球の国家からの支配を受けている限りは、一つずつ特例を増やしていくしかない、反対勢力と戦いながら」
「でも……時間がかかっても、それは実現可能なことじゃないかしら?」
「可能かもしれないけれど、連盟はもう一つの答えを見つけたんだ」
「それが、独立……?」
「独立というのは、確かにそれを達成する一番の近道だよ。必ずしも国家としての独立という形にこだわる必要はないけれど、一つ一つ、この惑星のためだけの特例を認めさせていく、という手段をとるよりは、確かに確実で手っ取り早いことは認めざるを得ないよ」
「じゃぁ、ジェレミーは、戦争をすることに、賛成なのね」
ニナはまた悲しそうな目でジェレミーの瞳を覗き込み、すぐに顔を伏せた。
ジェレミーは彼女の表情を見て、自分でもまだどうすべきか何も決められないことに気が付いた。
「犠牲者の出ない方法が……あるんじゃないかと、考えているよ。僕だって、無責任に放り出して行きはしないよ、約束する」
ジェレミーはニナを慰めるためか、そう言葉に出して、自分が、ニナに対して三つめの約束をしてしまったことに気が付いた。
ビクターやニナとの心の通わせ合い、あるいは一時的な同情でこんな気分になっているだけかもしれない。
だが、それも自分だ。自分にできることがある、と信じる今の自分の使命感には、素直に従ってみよう、と思う。
「それを聞いて安心したわ。こんなことを言える立場じゃないんだけど、連盟の参加者たちは、みんな頭が固いの。まるで頭蓋骨に筋肉が詰まっているようにね。あなたが一緒に考えてくれるだけですごく心強いわ」
冗談を交えてようやくニナが笑った。
何も解決に向けて前進していないが、その笑顔に、目の前の何かひとつが、まずは解決できたような快さをジェレミーは感じ、その快さをそのまま笑顔にした。
それから、この帰り道で彼女に頼まなければならないと思っていたことを思い出す。
「ニナ、頼みがある。ビクターの出席する幹部会合に、僕も出席できるように、頼んでみてくれないかな。僕が今、話したことを丸ごと彼に伝えてもいい。そうすれば、彼も、僕がただ引っ掻き回そうとしているんじゃないと分かってくれると思う。今日は彼の好戦論に反対してしまったけど、心情では独立は一つのいい方法だと認めていると、君から伝えてほしいんだ」
「そういうことならお安い御用よ。明日、職場でさりげなく伝えてみるわ。きっと連絡が行くと思うから、待ってて」
「頼んだよ」
その会話が終わったとき、彼らはニナの部屋のある居住ビルの前に立っていた。
「ありがとうニナ、こういう形でしか伝えられなかったから、無理を言ってしまって」
「いいえ、こちらこそありがとう。ジェレミーの考えが聞けてうれしかった」
二人はお互いにお別れを言って、ニナは自室へ、ジェレミーは振り返ってホテルへの道をとった。




