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空穿つ砲と飛べない鳥  作者: 月立淳水
空穿つ砲と飛べない鳥
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二章 アンビリア(5)


 ラジャンは、早々にデイリーレポートの作成を終え、ジェレミーが帰ってくるのを待つ間、少し腹ごしらえでもしておこうと、ホテルのバーにいた。

 ソーダと合成ポテトのフライ盛りを目の前のテーブルに並べ、眠れない夜に備えて情報端末に入れてきた数十冊の書籍のうちの一つを読んでいる。

 端末を持つ手を汚さないよう反対の手でポテトをつまんでいると、不意に横に人の気配を感じた。顔を上げると、そこにはアレックスが立っていた。


「やぁ、ラジャン、今日はおひとりですか?」


「やぁ、アレックス。ジェレミーは今別の仕事で出かけていてね」


「同席しても?」


「もちろん」


 ラジャンの許しを得てアレックスは座ると、合成オレンジジュースを頼んだ。


「食事じゃないのかい?」


「いえ、今取材から帰ってきたところですよ。部屋に戻る前に一息つこうと思ってこちらに来たところで」


 そして、アレックスはすぐに運ばれてきた飲み物を半分ほど一気に飲んだ。


「それでなんと言ったかな、社会問題の取材のほうは順調なのかい」


「まあ、ほどほどですね。今日も何人かのインタビューに成功しましたし」


「それは何より。そうそう、前に会ったときに言ってた、その、何か大きな動きが近々あるんじゃないかという話は、どうなんだい」


「それは、そうですね……まだ何とも言えないところですよ。……今のところ、私たちに危険が及ぶようなことはないと思うのですが」


 早くもジュースを飲み干し、アレックスは続けてソーダを頼んだ。

 ラジャンも負けじとソーダに、加えて合成ナッツを頼む。

 社会情勢にはあまり興味が無いのか、ラジャンは続けて新型シャトル開発の噂話があるんだが聞いたことが無いかね、と話題を振り、一方、技術ニュースに興味の無いアレックスが星間船の新型キャビンの話で返す、というような技術者とジャーナリストのかみ合わない他愛ない会話が続いた。


 やがて、バーの奥側に座っていたラジャンから、ちょうどホテルのフロントを通り抜けていこうとしたジェレミーが見えた。

 彼が大きな声で呼ぶと、ジェレミーは笑顔でバーに入ってきた。そして、アレックスもいるのに気がつく。


「やぁアレックス、あなたとラジャンが二人で飲んでいるなんてどういうわけで」


「いえ、ちょうど今日の仕事が終わって一休みして戻ろうとしたときに、彼と鉢合わせしたんです」


 ジェレミーが頼んだソーダがすぐに提供され、三人は改めて乾杯、とグラスを合わせた。


「随分忙しいようですね。今までどこかでインタビューをしていたと聞きましたが」


「まあそんなところです。まず僕ができることは、あらゆる相手に接触して、会社の経営と社員の生活にかかわる情報を集めることですから。あなたと同じことをしているかもしれないね」


 アレックスはうなずき、


「それで、どうでしたか、現状を見て。住民は不満を抱え、一部の住民は、半ばあきらめの感情を強く持っているように思いませんか」


 アレックスの言葉は的を射ている。多くの人は、現状を変えるというアイデアさえ持てない。それはニナも例外ではなかった。


「この星の住民には、熱意が感じられない。ごく一部を除いて。そのことについて、私は心配になるのです。もちろん私のジャーナリズム根性が事件を望んでいるという部分も否定できませんが」


「と言って暴力的な手段では何も解決しないでしょう」


「もちろん私だってそうは思いますよ。ただ、十分な人が参加すれば、重要な拠点を占拠してしばらく籠城くらいはできるでしょう」


 その過激な妄想も彼のジャーナリズム根性が生んだものだろうか。


「篭城? 山小屋に立てこもったテロリストの末路はたいてい決まっている、そういうことを、この惑星でやるべきだと?」


「ですが、過去にも亡命政府がテロリスト扱いされながらも生き延び、正統政府として承認された例がないわけではない」


「正統政府? つまり、独立戦争をしようという話ですか?」


 ジェレミーは、独立戦争という新しい概念をアレックスから示唆されて、はっとした。

 アレックスが言っていたことは、単なるテロや暴動ではない、独立戦争が地下で企図されている、そういうことだったのか。


「この状況は、かつて帝国主義が地球を覆っていたころの植民地支配と同じですよ。その後、帝国主義はすたれて植民地は次々と独立のを勝ち取っていきました。この惑星が同じ道を選んでも――」


「アレックス、それは、あなたの思いつきですか? それとも……」


 ジェレミーはアレックスの言葉の最後を遮るように詰問した。アレックスは小さくため息をつく。


「そういったことを夢見ていると思われるようないくつかの発言を私は聞くことができました。残念ながら、本当に組織的にそれが行われているという証拠は一切ありませんが……」


「戦争となれば、この惑星が勝つことはできません。物資の圧倒的な差は、地理的な有利を補って余りあります」


「……そうでしょうね」


 アレックスはうなずく。


「僕としてもこの惑星の状況には同情はしますが」


「それでも、ジェレミー、あなたにできることだってあるでしょう」


「もちろんそうです、ですが、暴力革命を承認するつもりはありません」


「しかし、手段の一つとしてはある意味で……おっと、もうこんな時間ですね、この辺で失礼します。私はジャーナリストとして、あなたがどのように戦うのか、しっかりと見させていただきますよ。では良い夕餉を」


 アレックスは腕時計を見てから言って、あわててバーを出て行った。


「ジェレミー、僕は黙って聞いていたが、さっぱりわからんね、彼の示唆はわざとらしすぎる。君を何とか独立運動に参加させようというような」


 アレックスが消えたのを確認して、ラジャンは不安げな視線でジェレミーを眺めながら言った。


「つまり、彼は実は独立運動組織のスパイだってことかい? ――ありえない話じゃないが、だとして、僕のようなとりえのない人間を誘い込んでどうしようっていうのさ」


「君はとりえのない人間じゃない。君には、企業の上層部や政府官僚へのコネクションがある。それはこの星の誰一人持たない、きわめて重要な君の属性だよ」


「今日僕がそのコネクションをようやく手に入れたことをすでに知ってるわけかい? 大変な諜報力だ」


 ジェレミーは自嘲的に笑う。

 問題の本質にたどり着くのにこれだけの時間を要してしまう自分のような人間を、誰が必要とするだろう。


「いずれにせよ、僕は、あのアレックスという男は注意しなければいけない男だと、今日思ったよ」


 ラジャンはいつになく真剣にこう言った。ジェレミーを本当に信頼しているし、親友だと思っている、だからこそ、ジェレミーの身が心配なのだ。


「ありがとうラジャン、気をつけることにしよう。ただ、僕の印象はまた違うんだ。彼は……必ずまた僕らの前に現れるよ」


 ラジャンはそれ以上ジェレミーの考えを聞こうとはせず、君がそう言うなら、せいぜい身の回りにだけ気を付けてくれたまえ、と笑って、食べ残していたポテトフライを平らげ飲み残していたソーダを飲み干した。そして、よし、このまま晩飯だ、とジェレミーを促し、またもその底抜けの食欲でジェレミーを呆れさせたのだった。


***


 ジェレミーとラジャンのアンビリア滞在が二週間を超えたある晩、ビクターは改めて二人を夕食に招いた。彼の自宅でアンビリア流の夕食をふるまうと言う。二人はホテルのレストランで地球産のワインとビールを譲り受け、それを手土産に彼の自宅に赴いた。

 ビクターの自宅に着くと、ビクターと彼の妻が迎えに出た。ダイニングに通されるとすでにニナが席について二人を歓迎した。ジェレミーとニナは一瞬目線を合わせたが、ニナがデートのことは内緒よ、とばかりに目配せをし、ジェレミーはうなずいてそれに答えた。


 ビクターが、簡単に彼の妻、ナンシー・オカダを紹介すると、それでは早速始めましょう、と栗色で美しい髪を持つナンシーはキッチンに引っ込み、料理の最後の仕上げとスープの用意を始めた。ジェレミーとラジャンは持ってきたボトルを差し出し、一度は遠慮したビクターを難なく説き伏せて食卓の用に供した。

 ナンシーの作る料理が次々とダイニングテーブルに並び、食事が始まる。彼女の料理は確かにビクターが自慢するほどに絶品で、地元の合成産物だけを使って作ったというブイヤベースは本物の食材を使っているのではないかと疑うほどの出来であった。五人はその他数々の皿と酒を楽しみ、お互いのアンビリアや地球の話を楽しみ、いよいよ食事も終盤に差し掛かっていた。


「それで、ビクター、先日、政府の官僚に会ってきたんですよ」


 そろそろこの話もしておこう、と思い、酒で顔を赤らめたジェレミーが話題を移した。


「おう、そりゃすごいな、で、何か面白い話は?」


「今すぐに、というわけではありませんが、彼らも住民の不満をどのように解消するかということには随分心を砕いてくれていますよ。まるっきり何もしないというわけじゃぁない」


「そうか。もちろん彼らはそう言うだろうな。これまでだってそうだったさ」


 ビクターは、笑いながら言った。


「それでも、ある官僚は……あぁ、これは口外しないでほしいんですが、ある官僚は、今あるいろいろな規制が、この惑星の会社と地球の資本の間の競争関係のためだと認めています。彼らもそれを問題と感じていて、いつかは解決を図りたい、そう思っているとも受け取れるんです。ある意味、僕は彼らの駒の一つとして認識されました。僕は辛抱強く働きかけを続けるための糸口をつかんできたと思います」


「だがな、ジェレミー、そうは言っても、彼らがどれほど真剣にそれを考えているか。それは、ジェレミー、君を黙らせるのに都合のいい口実に使っただけかもしれんぞ」


「もちろんそうですが、だが彼は、その、……何らかの反抗計画に対して、防止のための予算のことを口にしたのです」


 ビクターはしかめっ面をしながら、


「予算だと? つまり、かなり具体的に反乱の危険性を考えているということか」


「実を言うとその通りです。反乱計画があれば、いや、彼はそれがあると確信している風でしたが、それを排除することが必要だと、そのための予算だと」


 ジェレミーが言うと、ビクターは、ふむ、と考え込んでしまう。


「その担当官は、暴動の発生を確信していたのか」


 やがて、真剣な顔つきでビクターが言う。


「僕には……そのように見えました」


「だったら話が違うわよ、当局はまだ知るはずがないから十分に考え直す時間もあるって言ってたじゃないの」


 ニナが横合いからビクターに向けて言った何気ない言葉。

 ジェレミーはその言葉を理解するのに時間を要しなかった。

 ジェレミーとビクターの鋭い視線がニナに刺さり、そして彼女は、最後の単語を発したままの口の形でこわばって、目を泳がせた。


 彼女は重大な失敗を犯したのだ。

 当局は知るはずが無い?

 何を?


 ……それは、反抗計画。


「その……ニナ、君の今の言葉の意味を再確認できるかな……つまり、君……と……ビクターも、反抗計画について何かを知っているのかい?」


 ジェレミーは、もしかすると、と考えていた最悪の可能性が、現実になりつつあるのを感じていた。

 自らを奴隷に見立てて不幸を嘆いた彼が。

 その計画の参加者かもしれない。


 霧で覆われたようなぼんやりとした予感だったが、今、二ナの言葉は一陣の風となって霧を吹き飛ばした。

 参加者で無いはずがあるだろうか、とさえ感じる。

 もし彼らがそうなら。


 あるいは悲惨な運命をたどるかもしれない彼らをそのままにしておきたくない。

 重苦しい沈黙が食卓を覆う。

 数秒だったか数分だったか、その沈黙を破って、ビクターが口を開いた。


「……いや、取り繕うのはやめよう。ジェレミー、ラジャン、俺も妻もニナも、この惑星の住民を不満から解放するための組織に所属しているんだ。あぁ、ニナ、いいんだ。彼らは信用できる。いや、俺が今そう決めた。君の失敗じゃない。……それで、だ。まず、率直に告白しよう。俺たちのいる組織、『系外惑星独立連盟』が狙っているのは、ストライキやデモじゃない。独立戦争だ」


 なぜ、ジェレミーはその言葉を聞いても自分が明らかな驚きの表情を作れなかったのか、その理由に気が付いていた。

 アレックスだ。

 彼は常に先回りして、ジェレミーがこれから知るべきことを彼に示唆して去っていく。


 目の前の三人が独立運動家だったことの驚きと、アレックスに対する疑念は、彼の中で拮抗していた。

 そんなジェレミーの思いをよそに、ビクターは重々しく続けた。


「実はな、組織はかなり拡大している。他の惑星、リュシディケやマエラにも深く浸透しているし、新興惑星のシリウスにも、だ。カノン基地にも大勢の賛同者がいる。俺はな、幹部――と言っても低級幹部だが――その一人というわけなんだ」


 ジェレミーは、ビクターの言葉を聞きながらも、その陰謀をそのまま進めるに任せるわけにはいかない、と考える。

 もっと穏やかで誰からも承認される方法があるはずだという思い。

 ここに住む人、その中でも現状を憂慮する人から言わせればそれこそ理想論、夢想にすぎぬと言われるかもしれない、それでもジェレミーはそんな方法を見つけ出したいと思うのである。


「ビクター……僕は、その、この惑星の現状については非常に同情的に感じています。変化、あるいは革新ともいえるような何かが必要であることには議論の余地はありません。しかし、もちろん僕の立場を忘れて言うのですが、そうであっても、あなた方が企図しているような危険な賭けは慎むべきだと思うんです。少なくとも当面は」


 自分の理想論を語ってもきっと無駄かもしれない。だが、彼らが危険を冒すことを傍観したくはない。この慎重な言葉は、その思いを精いっぱい言葉にしたものだった。それに対してビクターは、


「……仮に失敗しても、アンビリアの住民の心には新しい選択肢がしっかりと刻まれる。こうした奴隷社会は、独立へと歩を進めるのが歴史の流れなんだよ、分かるだろう?」


 と反論する。


「……勝ち負けはともかく、それでは多くの血が流れるでしょう……。興奮した政府軍が乗り込んできたら、一般住民も無事でいられるかわからない」


「私も……そう思います」


 黙って聞いていたニナが口を開いた。


「私も組織の一員として、別のやり方がないかって考えてるの。組織に属しているからみんなが主戦派というわけじゃないんです、分かってくれるよね、ジェレミー」


 ジェレミーは大きくうなずく。

 もとより、ニナが暴力的手段をまったく好まないということは明白だった。彼女は『まだ考え直す時間があるはず』と言ったのだ。


「独立を宣言して戦争を始めてたくさんの人が傷ついて……そんなことをしたいんじゃないんです。ただ、いつもちゃんとした食事がとれて、好きな時にお酒が飲めて、毎日節約に追われることもなくなって、自分の子供たちが好きな仕事を選べるようになって……そういう風になってほしいだけなんです。誰にも邪魔されない故郷がほしいだけなんです」


「だがな、ニナ、別のやり方では血は流れないかもしれないが、どれほど多くの人の生涯が、本当の自由を知らずに無益に流れ落ちていくことになるか、考えたことがあるかい? 一刻を争うとは言わない、だが、それは何十年という大事業だ。そこで失われるたくさんの人生を、どうやって償うんだ?」


 ビクターは諭すようにニナに語りかけた。たぶん、彼らの間では何度も繰り返されてきた議論なのだろう。ニナはそれ以上反論することなく、目を伏せて何度か首を横に振るだけだった。

 ジェレミーはラジャンに視線を向けた。ラジャンはただ、困ったことになったな、という表情である。

 平和的に統治された惑星上での独立運動など、陰謀以外の何物でもない。


 少なくともトイレ紙を少しばかり我慢するのと、暴力的な陰謀で平和を乱すことは同列に語れるようなものではない。

 だが、彼らは、自らが奴隷だという思いにとらわれ、その解放戦争に夢をはせている。

 僕らは、とジェレミーは考える。僕らはどちらに味方すべきなのだろう。あるいは傍観者であるべきなのだろうか。


 しかし。

 誓ったではないか。ニナというたった一人の女性の人生を変えよう、と。

 傍観者であってはならない。


 では、この革命の陰謀において、自分がすべきことは何なのか。

 そのジェレミーの表情を察したのか、ビクターが再び口を開く。


「君は十分に協力してくれている。君は君で、やり方を貫いてくれればいい。……だが、俺たちは、いずれ決起する。俺は君たちを友達だと思っている。君たちを混乱に巻き込んで傷つけたくない。だから、こうして白状したんだよ」


「……これだけは信じてください。僕も、あなた方の身が心配なんです」


「分かっているよ、ジェレミー。君が、俺たちの決起を思いとどまらせるほどの革命を起こしてくれることを、期待しているよ」


 ビクターは、険しい表情を緩めてにっこりと笑った。その笑顔は、譲歩ではなく、信頼に近い。


「僕は大変な義務を負ったのかもしれませんね。あなた方が決起するより先に、平和革命を起こす責任を負ってしまったようです」


 ジェレミーも笑って返した。二人の衝突を恐れていたラジャンとニナも、彼らの表情が和らいだことでひとまず胸をなでおろした。


「さぁ、まだデザートが残っていますよ! 辛気臭いお話はやめにして、いただきましょう」


 ナンシーが特製のムースを運んでくると場は再び和やかになり、時間は緩やかに流れ始めた。



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