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箱庭の中の共犯者と部外者

先ほど言われた言葉の意味が相変わらず理解不能で、唐揚げの包みを手にしながら、真人は呆ける。

揚げ物の加熱ディスプレイに並べてあった唐揚げは、手の中で生温かく、包みの紙は油が染みて少しべたついている。


「第二レジのディスプレイの所に、レシートの紙切れが貼ってあるだろ」


柳が、レジカウンターの隅っこに設置された、第二レジにあごを向ける。

このコンビニエンスストアのレジは二台だ。

メインで動く第一レジ、客が立て込んでいる時だけに使用する第二レジがある。


レジカウンターの一番奥の場所と、商品の袋詰めスペースを大きくとって構えているメインの第一レジに対して、

第二レジはレジカウンターの本当に隅の隅、レジカウンターが途切れて店員がカウンター内を出入りする場所ぎりぎりに設置してあった。


第二レジを使う際は、側にある頼りない蝶番で留められた板をあげてカウンターの出入り口をふさぎ、商品の袋詰めや金銭のやり取りをするスペースを辛うじて確保する。


あまり繁盛していないように見えるこのコンビニエンスストアでは、第二レジはなかなか使われず、

レジカウンターの出入りの際に、店員がよく第二レジにぶつかるので、メインの第一レジと比べると、くたびれて、やる気があまり見えないレジだった。

その、くたびれてやる気が見えない第二レジを、真人をよくよく観察すると、初見ではわからないような目立たない場所に、不要になった短いレシートが貼られていた。


手にとって見てみれば、レシートの裏には



唐揚げ マイナス2

ハムカツ マイナス1



と書かれていた。



「これ、なんですか?」


「俺が今夜食べたモンの揚げ物リスト。お前がこれから唐揚げを食うから、唐揚げはマイナス3に変更な」


「はあ」


コンビニエンスストアで働いているならば、休憩時に店内で揚げた唐揚げなどを食べたくなるのもわかる気がする。

買うのも簡単だ。

自分でレジを打って、自分の財布の中から該当の金額をレジ内に入れればいい。


「なるほど、シフトが終わる時にまとめて清算するんですね」


真人の問いかけは至極全うなものだったと思う。


勤務の休憩時間に食べるものに対して、いちいちバックヤードから財布を取り出して清算するのでは効率が悪いだろう。

だからこうやってメモにしているのだな、と真人は思った。


しかし、柳は「馬鹿だなあ」とあっさり切り捨てた。


「こんなやすっちい唐揚げに百円も使えるかよ。買う客はバカだ。

タダだったら食ってやってもいい、その程度の揚げ物だよ。

いいか、真人、この中の自分の好きな揚げ物は、少しくらいなら食べてもいいんだ。常識範囲でなら俺が許す。」


「え、無銭飲食ですか?」


常識範囲も何も、タダで店のものを食い散らかすのは多分犯罪だ。

真人の問いかけを無視して、柳は説明を続ける。


「店長から教わっただろ、揚げ物は八時間ごとに廃棄される。」


確かに教わった。

店内で揚げて八時間以上売れなかったものは、賞味上宜しくないので捨ててしまうということだ。


「こっちは腹減ってるんだから、八時間も待っていられない。そうだろ?

しかも揚げてから八時間もたったやつなんか、味も最悪なんだぜ。食えるかっつうの。

だから俺は、揚げ物が美味しい時間にそれを失敬して、廃棄の時間に<売れませんでした>ってレジに打ち込む。

そうすれば、俺が美味しく頂いた唐揚げやらハムカツは、データ上、売れ残って捨てられたということになる。」


「じゃあこの唐揚げも」


「データ上は売れ残って捨てられた、哀れなゴミということになる」


「防犯カメラで、レジ映ってるじゃないですか」


「このご時勢で、いまだに擦り切れたビデオテープを、しかも何回も上から重ね撮りしているだけの防犯ビデオ。

そんなものに、唐揚げをとっただの、なんかメモしてるだのは、上手く映らない。音声もないしな」


「もし、FBIが画像解析をしたら、ばれますよ?」


「ここは日本だし、武蔵野警察は腑抜けだから大丈夫だ」


「でも…まだ売れるかもしれない可能性を持った唐揚げを、僕が食べちゃったら、店の経営上、よろしくないんじゃないですか?」


「そんなの知るかよ」


柳は言い捨てて、更に「完全犯罪っていうのは、小規模であれば案外簡単だし、無害なんだ」と笑った。



「うちの店で働いている人間は、大きく二つに分類される」


「はあ、」


重大な秘密を打ち明けるように、柳は声を少し落とし、厳かに言った。


「共犯者、もしくは部外者だ」


コンビニエンスストアの店員というものは、すべて「店員」のくくりで終わるのではないかと真人は思ったが、柳は支配しているこのコンビニエンスストアの中は違うらしい。

先ほど一方的に柳に認定された、共犯者、という言葉を真人は呟いてみる。


「完全犯罪には協力者が必要だろ?

殺人を単独で完璧にやり遂げるやつは、あんまりいないし、大体は小説か映画の中でことは終わる。

現実のコンビニでの犯罪は、共犯者同士が結束しないといけないんだ」


コンビニエンスストアの時間の流れは決まっている。

朝勤、昼勤、夕勤、夜勤が、ぐるぐる入れ替わって、二十四時間営業が成り立っている。



「時間が決まってるんだ。

売れ残りの弁当を棚から下げる時間、入荷物を並べる時間、あんまんやら肉まんを補充する時間、揚げ物する時間、それらを廃棄手続きする時間。

それらは朝勤、昼勤、夕勤、夜勤の中で、ばらばらに散らばっている」


夜勤ならば、夜二十二時に出勤して早々、パンと弁当の賞味期限を確認する。


パンならば日にち、弁当惣菜ならば日付と時刻が賞味期限として表記してあるので、

一日後に賞味期限が切れるパン、五から十時間の間に賞味期限が切れる弁当惣菜は下げて、バックヤードに移す。


本来ならば、レジのデータベースに<廃棄>と打ったパンや弁当は、早々に捨てなければならない。

保健所からの衛生面で、そう通達されているらしい。


「でも捨てちゃったら、俺らの勤務中のメシはどうなる?自腹か?

自給九百五十円でこき使われて、自腹でメシを食っていたら、採算が合わない。他の勤務時間のやつ等も一緒な」



だから、廃棄手続きが終わった、ゴミになりきれない弁当や惣菜はバックヤードのフリーザーに隠しておくのだ。

しかもバックヤードのフリーザーには、<予約表>という小さな紙が、目立たぬようひっそりと仕込まれている。



夕勤 田中 オムハヤシ弁当が食いたい


朝勤 松岡 菓子パンがあったら嬉しいです


夜勤 柳 いくらおにぎりがないと死ぬ


夜勤 才川 鯖の缶詰、賞味期限切れるまで半年切った。もう下げてもいいよな? 明日まで何が何でも売れ残らせて、俺に食わせること。



不要レシートの裏に、それぞれが好き勝手な事を書いているらしい。


共犯者たちは、自分が勤務しているそれぞれの時間に、弁当やパン、おにぎり等の賞味期限をチェックし、お目当てのものが、何時まで売れ残れば<廃棄>になるのかを事前に確かめているのだ。

そして、お目当てがわざと売れにくいように、商品棚の奥へやってみたり、影でなかなか見えない位置に置いてみたりする。


目当てのものが売れずに廃棄になりそうだったら、フリーザーの予約表にうきうきと書いておく。

そして、次の時間帯の人間にシフトが入れ替わり、めでたくお目当てが売れ残り、廃棄手続きを通過したものは、予約表の通りにフリーザーの中に保管される。


その結果、次の日に出勤した予約者は、賞味期限が一日過ぎているものの、まだまだ食べられるコンビニ弁当を、休憩時間に美味しくいただくことが出来るというわけだ。


逆に、予約表に誰かのお目当てが書いてあって、

もしその人物にお目当てを食べさせたい気持ちで胸がいっぱいになった場合には、そのお目当てがわざと売れないように手助けしてやる事もある。

この手はあまりやりすぎると、店長や部外者に目をつけられるので、特別な時しか使わない。



「便利ですねえ」


たかが廃棄の弁当やパンをめぐって、<店員>同士がそこまで協力し合っているとは、なかなか感動的だと思えた。


普通、店で物を売る人間として雇われているのならば、コンビニの経営が良くなるよう、必死で物を売らなければならないはずだ。


何故柳たちは、職務を全うせず、弁当の廃棄の獲得に躍起になるのだろう。

店で働いているのに、店の利益を追求していない。

店員なのに、店員らしくないし、なんとなく悪い事をしているように思えた。

不思議に思って、聞いてみる。


その問いかけに、柳は怒ることはなく答えてくれた。

浄水器販売会社の上司は怒ったのに、柳は怒らなかった。

こっそり、「やっぱり僕はあの会社だけに不適合だったんだな」と真人は思う。



「まあ、十年も働いてれば、コンビニが家みたいなもんだからな」


「そうですか」


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