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ジャズ、意味がない、初対面

今日は記念すべき、クビになって歩く、最後の会社からの帰り道だ。

いつもならば、帰りは寄り道をすることもなく駅へ直行するのだが、今日だけはなんとなく、途中のコンビニエンスストアの明かりに吸い寄せられた。

別に買いたいものも特に無く、雑誌を立ち読みする気もない。


家で帰りを待っているであろう母親に、クビになった自分を対面させる勇気が足りなかった。


言わなくてはならないことだが、少し躊躇したい。

時間が欲しい。


だから無意識に、24時間営業で時間が止まった風の、

いつでも変わらない店構えのコンビニエンスストアという存在に、少しだけ頼りたかったのかもしれない。


コンビニエンスストアとしては大手ではないが、春のパン祭りで毎春テレビのCMが流れる、パン工場が大本のコンビニエンスストア。

真人の家の、最寄のコンビニエンスストアも同じ系列の店舗で、母親が時期になると大量にパンを買って、ピンクやら黄緑やらの点数つきシールを集めていた気がする。


自動ドアをくぐった瞬間に言われる、気の抜けた「いらっしゃいませえ」という迎え文句も、家の近くの店舗と変わりない。

個性がないのが、コンビニエンスストアの特性だから、当然だといえば当然だと思う。


ただ、不思議なことに、そのコンビニでは、ジャズが流れていた。





コロコロと、鍵盤の上でビー玉が転がるような軽快なジャズピアノと、繊細なドラム。

その中にどっしりとしたベース音が混ざったBGMに満たされた空間は空気も軽い。


「コンビニでジャズって、洒落てるなあ」


真人は首を傾げる。

詳しくはないが、ジャズという音楽自体は好きだ。

自由で楽しそうだから、オリコンチャートで争いあっている流行の音楽よりよっぽどいい。


「オリコンがなんだ、糞食らえ」とジャズは言っているように聞こえる。


「楽しんで出している音に、ランキングは必要ないんだぜ」とも。

あと、「人生楽しんだ者が勝つ!」と叫んでいるようにも聞こえる。


一曲耳にするだけで、あっけらかんとしたメッセージがこんなに沢山聞こえてくるのだから、ジャズは面白い。

相反して伝統を保つクラシック音楽にも、多分強烈なメッセージ性はあるのだろうが、いかんせん、あれは眠くなる。


あと、ベートーベンの運命は聞いていて怖い。

眠くなったり、怖くなるような音楽には、触らない方がよいと真人は思っている。


レジカウンターを見れば、暇そうな店員がジャズのリズムに合わせて、カウンターを指でとんとんと叩いていた。

気だるそうな斜めの姿勢からも、働く気はなさそうに見える。


その真逆に首を巡らせると、きっちり整列した立ち読み客がいた。

全員が同じように猫背で、視線の角度も皆同じく、手元の雑誌に落ちている。


こんなに綺麗に並ぶと、店からすると煩わしいであろう立ち読み客も、いっそ潔く見えるから不思議だ。

ピアノの鍵盤のようだな、とも思う。

鍵盤に見える立ち読み客が、ジャズピアノに合わせて、肩を揺すりだしたら面白いだろうに。


店の中をぐるりと一周してみた。


弁当、飲料、生活用品に、酒とタバコ、菓子。

なんでもあるけど、スーパーよりは割高なんだなと、当たり前の感想を持つ。



結局、何も買わず外に出た。

コンビニに立ち寄ったとしても、目に映る街の景色は全く変わらず、真人がクビにされた事実も変わらない。


変な時間つぶしをしてしまった、敗北感だけが残る。


家に帰って母親になんと言えばよいだろう、親不孝だと、泣かせてしまうだろうか。

暢気な弟が聞いたら、笑うだろうか、それとも励ましてくれるだろうか。

位牌の父は夢枕に立って、「このバカ息子が!」と怒ってくれるだろうか。



一巡り考えて、馬鹿馬鹿しくなってやめた。


事実は事実として、家族に打ち明けて、次の会社を探さなければいけない。

今回、浄水器を売る会社には不適合だったが、もしかしたらもっと魅力的な…タイムマシンを売るような会社だったら適合出来るかもしれない。


出来るだけ明るい思考を持って、真人がコンビニエンスストアから離れようとした瞬間、すれ違うようにして男が自動ドアに向かって歩いてきた。

呟きが聞こえる距離だったので、当然、男が呟いていた言葉も耳に入ってきた。



「スイングしなけりゃ意味がない、スイングしてるのに意味がない」



オーイエー、と歌った所まで聞こえて、思わず吹きだしてしまった。

これは有名な、ジャズの帝王、皇帝と呼ばれる、デュークエリントンの代表作「スイングしなけりゃ意味がない<IT DON'T MEAN A THING>」の歌詞だ。

英語の歌詞には耳覚えがあるが、日本語のでたらめな歌詞を当てはめて、しかもすれ違いに「スイングしてるのに」、「意味がない」と歌われるとは思わなかった。


なかなか秀逸だと思ってすれ違った男を振り返ると、とっくに店内に入ったであろう筈の男も、立ち止まって真人を見ていた。

目が合ってびくりとする。


突然の見つめあいで挙動不審に陥った真人を見て、多分真人より年上だと思われる、ラフな服装の男は、ニヤリと笑った。


「いま笑っただろ。センスのある会社員だね」



もう一度にやりと笑って、その男はさっさとコンビニエンスストアの中に入っていってしまった。

真人は呆ける。

センスがあると言われたことはなんとなく嬉しいが、「スーツを着ているけれど、自分はもう会社員ではないのですよ」という

言い訳がましい言葉を相手に届けることができず、真人は息を吐く。


「スイングしなけりゃ意味がなくて、スイングしてるのに意味がないのか。結局無意味か」


ふと先ほどの歌詞を思い返せば、なかなかに深い意味があるような気がした。


自分に適した言葉が、天から振ってきたような気分になった。

そうだ、これでいい。

これでいこう。


真人はそのまま家に直行し、玄関まで出迎えてくれた母親に告げた。


「母さん、この世の中、会社にいなければ意味がないのだろうけれど、でも僕は会社に居ても意味がなかったんだ」


胸を張り、さながらジャズの皇帝デュークエリントンを守護神に従えたような力強さで宣言したのだが。


当然、泣かれた。

そして、弟には爆笑された。

父が夢枕に立つことはなかった。

多分呆れて夢に出てくる気にもなれなかったのだろう。


ちなみに、これが柳と真人の記念すべき初対面で、柳と打ち解けた後にその話をしたのだが、柳はこのことを覚えていなかったらしい。

結構刺激的な出会いだと思ったのだが、自分だけ勘違いしているようで、真人は少し寂しかった。

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