【番外編】ティナがステラに会えた理由
真の勇者が魔王を倒したあの日から七年の時が過ぎた。マオもじきに十二歳になる。
僕たちが住んでいる村からそう遠くないところに活気溢れる下町がある。マオは暇ができればよくそこに遊びに行った。
今回はそんな堕天使だった子供の話。
「そう。友達ができたんだ」
「うん!」
村に帰ってきたマオは、下町で友達ができたことを僕に教えてくれた。村にはマオと同じ世代の子供がいないので、それはとても嬉しい報告だった。
「その友達、大事にするんだよ」
「分かってるよ。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
マオが二階の部屋に向ったとき、ドアのノックが聞こえた。ドアを開けるとかつての仲間がそこにいた。
「遅くにごめんね。どうしても今日中にこれを届けたくて…」
仲間は布がかかった一つのバスケットを差し出した。おそらくいつものパンだろう。
「ありがとう。いつも悪いね」
「そんな、私だってあの子を育てる責任があるもの。マオちゃんはもう寝た?」
「今寝に行ったところ。寒かったでしょ、中入って」
「じゃ、お邪魔します」
彼女、リリアは僕が淹れた紅茶を飲み一息つく。
「ふう。人が来てくれるのは嬉しいけど…まだちょっときついなぁ」
カイヤが魔王を倒したあの日から、リリアとテオが経営している教会はいつのまにか『魔王討伐に貢献した教会』として沢山の人が崇拝や観光に訪れるようになった。七年が経ち少し落ち着いたものの、リリアは未だ忙しい日々を送っているようだ。
「リリアも大変だね。そうそう、今日マオに友達ができたんだ」
「そうなの?よかったね。ディア、本当に嬉しそう」
「え?」
「顔を見れば判るよ。本当のお父さんみたい」
「そ、そんな…」
「あっはは、顔赤いよ?」
「ええっ!?」
慌てて紅茶を溢しかける。
「あはははっ!」
「もう…」
魔王ステラが生まれ、散った場所であるあの街は、世界平和の象徴として復興計画が立てられている。
僕とマオはときどきその街の片隅にあるただ大きめな石が置いてある簡素な墓に祈りに行く。それは言うまでもなく、『彼女』の墓だ。石の上にはおそらく彼女の物だったのであろう、今は雨風に晒されてボロボロになった金細工の首飾りが掛っている。
「………」
僕が祈るとマオも見真似で祈り始める。
「このお墓にはだれが居るの?」
少し前、ここに来る度によくマオに訊かれたが、まだ『大事な友達』としか説明していない。
さて、そろそろ帰ろうかと思いマオの方を向くと、マオは街の中心に建てられている剣の形を模したオブジェをじっと見つめていた。
「これ、なあに?」
「魔王が倒された日に下町の神父さまが建てたんだよ。この平和がずっと続くようにって」
本当は『真の勇者』を称え、弔うために神・テオが建てられたのだが…本当のことを知っているのは僕たちだけでいい。
「へえ…。私、もうちょっとこれを見てるよ。先に帰ってて」
「暗くなる前には帰ってきてよ」
マオが無意識に話す『私』という一人称。ティナの記憶を受け継いでいるのかもしれない。
マオが珍しいものに興味を持つのはいつものことだ。僕は一足先に家に帰ることにした。
「…それで、君は誰なの?」
オブジェの陰から出てきたのは、黒っぽい髪をした男の子。
「さっきからずっとこっちを見ていたよね」
見たところ私と同じくらいの歳なのに、やけに落ち着いている。
「お前は、どうして世界が平和になったのか知っているか」
「それは、勇者様が魔王を倒して…」
「…そうか。なにも知らないのか」
知らない?
「まあいい。第二の人生を楽しむがいい。元堕天使よ」
そう言って男の子は去って行った。
「ただいまー」
マオが街から家に帰ると、ディアが夕食のいい匂いと共に迎えてくれた。
「おかえり。ご飯できてるよ」
マオは自分の席に座り、ディアはスープの入った木の器をマオに渡す。
「お!今日もおいしそう。いただきまーす」
自分が作った夕食を美味しそうに食べるマオをディアは向かいの席で優しく見守る。
「そういえば、今日変なやつに会ったんだよ」
先日リリアから貰ったパンを頬張りながら、マオは話し始める。
「どんな人?」
「短くて黒っぽい髪で、私と同じくらいの歳のくせにやけに落ち着いてて…あと、私は世界が平和になったわけをなにも知らないって…」
「!?」
「ねえ、魔王を倒したのって、ディアとリリアなんだよね?」
本当の事を知っているのは神様たちを除いてディアとリリアだけのはず。なぜマオと同世代の子がこのことを知っている?
でも…
「…やっぱ隠し通すって訳にはいかないよね」
「?」
「マオ、今から君に、『本当の勇者の話』をする」
「本当の…?」
神は魔王を倒すため、より優れた勇者を求めた。神は魔王を封印した後に勇者を三人産み出し、その中で魔王を倒した者は真の勇者として称えることにした。
「ここまでは知ってるね」
「うん。なんとなく…」
一人は自分の体内に封印された魔王を宿しのどかな村に生まれ
一人は教会に生まれて神に育てられ
一人は魔王に荒らされた土地に生まれ天使に育てられた。
そして十六年後、『赤の勇者』は自分の体内に魔王が居ることを知りながらも魔王を倒すためにと世界を旅し、『青の勇者』は自分が勇者だという事実に衝撃を受けながらもそれを受け止め、自分と同じく魔王を倒そうとする赤の勇者の後ろに付き、『黒の勇者』は自分を育てた天使の期待に添うために毎晩赤の勇者から現れる魔王の意識を討とうとした。
それから数カ月後、封印が脆くなり力を取り戻した魔王は、赤の勇者の体から抜けだした。それに気付いた黒の勇者は見事魔王を倒したが、その後直ぐに死んでしまった。
「ディアたちが魔王を倒した訳じゃなかったんだね…」
「うん。あと、この話にはもう少し続きがあるんだ」
黒の勇者が最後に託した手紙を頼りに、赤の勇者たちは魔王復活に加担したとされる堕天使のもとへ向かった。そして神は堕天使が二度と悪事を働かせないために堕天使を転生させ、赤の勇者に十六歳の成人まで世話をさせるように命じた。
「その堕天使が、マオなんだ」
「!?」
それで、あの子は私の事を『堕天使』って呼んだんだ…。
「そ、そうなんだ…そうだ、その堕天使、私だった人はどんな人だったの?」
「そうだね…一人の人を一途に愛する、いい人だったよ」
「いい人?魔王に協力したのに?」
「信じる正義の定義は人それぞれってことかな」
「んん~?」
「ちょっと難しかったかな。ほら、食べ終わったなら食器片付けて」
「はーい。ごちそうさまー」
次の日、ディアとマオは買い物をしに下町へ向かった。途中からマオはディアと別れ気ままに下町を回っていると、マオの友人、マリエッタががらの悪い大人たちに絡まれているのを見つけた。マオはとっさに彼らの間に入る。
「なにやってんだ!」
「!」
「なんだお前。怪我したくねぇならとっとと帰った方がいいぜ」
「あなたたちこそ、怪我したくないなら大人しく私の前から去った方がいいよ」
「調子こいてんじゃねえよッ!!」
先頭にいた男がマオに棒を振りかざす。マオはそれを受け流し、男の手首に手刀を入れる。
「ってえ!!」
男が棒を落とす。その隙にもう一人の男がマオに向かって棒を振るう…!
「!!」
気が付くと目の前に一人の男の子が立っていた。男の持つ棒は二つに斬れている。男の子の持つ剣が鈍く光る。
「君は…」
「これでわかったか。とっとと去れ」
「ちっ…覚えてろよ!!」
男たちが走り去って行く。
「マリエッタ、怪我は無い?」
「ありがとう。…あなたも、ありがとう」
「……」
「マオ、どうしたの?」
見ると大きな紙袋を抱えたディアがこちらへ駆け寄って来た。
「ちょっと、人助け」
「そう。こちらは…噂のお友達?」
マリエッタはスカートの裾を軽く持ち上げ、ディアにお辞儀をした。
「マリエッタと申します」
「どうもご丁寧に。ディアです。マオの保護者です。君は?」
短く黒っぽい髪。年の割にはやけに落ち着いた性格。彼は前に会ったあの少年だった。
「…解らないのか」
「?」
「この世界の変化に」
「この世界の変化、ねえ…」
昼下がりの草原。二人の勇者はその木陰に座っている。
「でもその子、考える程似てるよね…」
「…うん」
一人で魔王を倒した、『兄弟』に。
「あの子も、カイヤみたいにならなきゃいいけど…そうそう。時間があるならたまには教会に顔出してよ。テオ様も会いたがってるし」
「そうだね。あの子についても聞いてみたいし」
「ほう…あいつに会ったのか」
ディアは教会に行きテオに例の子供のことを話すと、何か知っている様だった。
「で、彼は何者なんだ?」
「お前も薄々察し付いているだろう」
「じゃあ…」
「ああ。あやつはカイヤだ。クルムに頼まれてな。少し早いが、転生させたのだ。その所為か幾つか記憶を受け継いでしまったようだが…」
「やっぱりそうだったんだ…それで、世界の変化というのは?」
急にテオの顔が曇り始めた。
「それは…誠に言いづらいのだが…魔王がマオを器にしてまた世界を造り直すようなのだ」
「!!」
「少しずつだが、また空が赤黒く変化しつつある」
「リリアの力でどうにかならないのか」
テオは静かに首を横に振った。
「そんな…」
「なら堕天使を始末すればいい」
見るとそこにはあの少年、カイヤが立っていた。
「あいつを始末すれば魔王もやって来ないだろう」
「お前…ッ!!」
「落ち着け」
テオがディアの前に腕を出す。
「…確かにそれが妥当な策かもしれん」
「テオ様!!」
「だが私とて神だ。命を粗末にするのは感心せんな」
「…何とでも言え」
「ではこういうのはどうだろう」
「?」
「マオ、堕天使に今の世界の状況を説明する。その後、あいつが選択したことに私たちは従う」
「この世界を生かすも殺すもあいつ次第ってわけか。相変わらず底意地悪いな」
「それはどうも」
「…じゃあ、僕がマオに言うよ。また三日後にここに集合。いいね」
「ああいいぞ」
「…わかった」
「そう、なんだ…」
その日の夜にテオに聞いたことをマオに話したディア。マオはそのこと信じられないようだった。
「正直言うと僕は君に生きて欲しいと思っている」
「でも、私が死んだ方が世界のためなんだよね」
「……一応、三日後に答えを言わないといけないから、それまでには…教えてね」
「…うん」
「あれ、あの時の…」
下町へ買い物に来ていたディアは、偶然市場でマリエッタに会った。
「勇者様、なんですね。マオから聞きました」
「うん」
「マオ、死んじゃうんですか?」
「!…決めるのは、あの子だから…」
「そうですか…。あ、あの、ディアさん」
「なに?」
「…あまり、自分のことをなりぞこないだとか、言わないでください。ディアさんは充分素敵です」
『自分は勇者のなりぞこない』
何気なく言っていたことだったが、マオは気にしていたのかもしれない。
「…ありがとう、マリエッタ」
「はい」
マオに世界のことを話してから三日が経った。
「私、いっぱい考えたけど、やっぱり世界を守りたい!」
それがマオの答えだった。
「よろしい。では私が天の下へ帰してやろう」
「テオ様!!」
「ディアよ、判断はマオに任せると言ったであろう」
「………」
「ディア、悲しまないで。私は元々天界に住んでたんでしょ?だったらそこに戻るだけだから」
「でも…」
ディアの目元は既に赤くなっていた。
「では、行くぞ」
ステラ、
ここにいたんだな。
ようやく会えた。
さあ、
一緒にいこう―――。
長いです。頑張りました。




