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確かな話ではないですけれど、この世界のすぐ裏側にはもう一つの世界が広がっているというじゃありませんか~ちなみに私の世界の総人口は一人ですけど~

作者: 菜緒

別の短編『猫的な彼女』と同じように、これも『声』に関連する作品を創作する課題のときに考えました。人によっては疑問を感じるかもしれませんが、これも一つの考え方なのかという広い見識で見ていただければ幸いだと思っています。

              確かな話ではないですけれど、この世界のすぐ裏側には

              もう一つの世界が広がっているというじゃありませんか

               ~ちなみに私の世界の総人口は一人ですけど~


 


 みなさんは知っておいででしょうか。私もついこの間まで知らなかったのですが、どうやらこの世界のすぐ裏側には、もう一つの世界が広がっているというじゃありませんか。それはちょっとしたメルヘンで素敵な話ですよね。その事実がどうであれ、こんな世界に過ごしている住人としてそういう夢物語には正直憧れます。少女趣味とは言うなかれ、私は実際少女なのです。永遠の十五歳です。学生です。てんびん座です。え、いや、経験はまだありませんけど……って何言わせるんですか! 少女という定義をそこに求めないでください!


「ああもう! 遅刻しちゃうよ!」


 みなさんがくだらない探究心という名の煩悩を私に向けてこられたおかげで、今非常に厳しい状態です。急いで部屋から出ると、お父さんも私が焦っているのに気付いたのでしょう。読んでいた新聞から少し目を上げてチラリと一瞬見ただけで、わざわざ私に声をかけるようなことはしませんでした。私のことを心配してくれていたのか目は少し不安そうでした。ふふふ、ありがとうお父さん。行ってくるね。


 どうせみなさんも見た目で私のことを運動神経が悪い子だと思っているでしょうが、ふふん。実はそうではなかったりもするのです。体力には自信があります。家を飛びして駅までのおよそ二キロを、休息なしで走りきるのなんて朝飯前です。そりゃあ、だってお前は朝飯を食っていないじゃないか、というようなツッコミは止めてください。泣きますよ?


「待ってください、待ってください、待って! 私も乗ります!」


 改札を抜けるとすでに電車の扉が閉まりかけていました。しかし、私の日ごろの行いが良いおかげか、十メートルくらい前にも駆け込み乗車をした人がいたためもう一度扉が開きました。その隙に私も満員電車の中に飛び込むことができましたが、他の人は駆け込み乗車は危険ですので絶対に真似しないでください。死にますよ?


 痴漢は犯罪です! なんとなく言ってみました。しかし、満員電車、女子高生、美少女という単語が出てきたら、もうむしろその概念を警戒しないわけにはいかないわけでして、現に後ろのサラリーマン風のおじさんはすごく鼻息が荒いです。ヤバいです。危ないです。私の貞操頑張って!


――――ご降りの際は荷物の忘れ物をなさらないようにお気を付けください。


 な、なんですか、みなさん。その哀れで愚鈍な者を見るような目はやめてください。確かに痴漢なんてされませんでした、というか見向きもされませんでしたよ。うぇ? 誰がちんちくりんですか、誰が! すれんだーと言ってほしいです。私があまりにも可愛いからきっとおじさんも手が出せなかったのでしょう、ええきっとそうなのでしょう。もうこの話は終わり。学校へ行きますよ。


「みんな、おっはよう!」


 教室に入ると同時に微笑みの爆弾を投下。太陽と空と風と向日葵に育てられた私は、基本元気系なのです。しかし、今日は教室内が静かだった(一時間目が英語の小テストだから)ので、少し浮いた感じがします。それにしても今頃単語帳を見ているなんて、かなりのチャレンジャーですよね。ちゃんと家で勉強してこなかったのでしょうか。まったく、しないならしないなりに絶対勉強しないというスタンスを最後まで貫いてほしいものですよ。


 ……うわ! すみません、ごめんなさい……って、みなさん驚かさないでくださいよ。先生だと思ったじゃないですか。え? か、カンニングなんてするわけないじゃないですか。私を誰だと思っているんですか。公正で公平で傲慢で、普段はぎゃあぎゃあ五月蝿いのに、授業が始まると幽霊のように存在感を消すことができるこの私が、人様の解答を垣間見ようなんて、そんな光源氏もびっくりの風流人なわけないじゃないですか……ホントですよ?


「うぅ、おなか減ったよぉ」


 周りのクラスメートは美味しそうに楽しそうにお食事中。ですが、これはいったいどういった神の仕打ちなのでしょうか。私は急いでいたので朝食を食べてこなかった上、ママのお手製お弁当を持ってくるのを忘れてしまいました。購買でパンでも買ってこようとも思いましたが、お財布の中身がポイントカードばかりの私に市場経済への参入など到底できるわけもなく、はあ、お腹と背中が薩長同盟を結びそうです。さすがの元気系でも人様の糧を奪うほどの図々しさは持ち合わせていないので、結局は、えー今ダイエット中だから、と見栄と無い胸を張るしかないのです。あー哀れな私。でも、ファイト、私。


「みんなまたね」


 お腹と背中の間の臓器が全て溶けてしまったかのような感覚を抱えながら、なんとか授業をやり終えた私は足早に教室を後にしました。もちろん私みたいな大物になると部活動など一年生のときからぶっちぎることができます。私は天文部に所属していましたが、活動の最初の時間に地動説を聞かされて以来行くことを断念しました。ルネッサンス期を襲った衝撃とは多分あんなものだったのでしょうね。


「ついこの間まで夏だったのに、もう冬かぁ。一年はあっという間だね」


 私はまだそれほど寒さを感じないけれど、街を歩く人たちの服装は徐々に厚ぼったくなっています。あと二週間もすれば、気の早い人はマフラーでも巻くのではないでしょうか。うーん、私も高校生になったんだから新しいマフラーでも買ってもらおうかな。さすがに中学まで使っていたあのけばけば君じゃダサくて外を歩けませんよ。女の戦いはまず見た目から始まるのです。


「あれ? あれってまさか涼くん?」


 数十メートル前にいる少しイケメンな男の子。ちょ、ちょっと待ってください。不意打ちは卑怯です。心臓がグロいことになりそうです。え、だって涼くんは私の彼氏ですよ。幼馴染であり、昔からの想い人であり、そして最近ようやく二人の関係が進展して、ええと、ああ……そう、涼くんは私の彼氏です。ずっとずっと好きだったから、私が彼の姿を間違えるはずなんてないのです。そうですよね、みなさん。あれは、あれはどう見たって、ううん、目を閉じていたって、あれは絶対に、


――――美香


「……あははは」


 狭い路地の入り口に立つ涼くん。悲しげな表情。そして抱える花束。そういう単語が頭の中に広がってしまうと導かれる答えっていうものは一つしかなくて、


「思い出しちゃった」


 そういえば私、結構前に死んじゃったんだっけ……





 部屋から出た私にお父さんは声をかけなかった。閉まりかけた電車は私のために待っていてくれたわけじゃない。痴漢どころか周りは私の存在に気付いてくれてすらいなかった。みんなおっはよう、みんなまたね。ははは、誰も私の挨拶に返してくれないわけだ。同時に存在しているのにどうしても触れられない隣人である幽霊。そんな私に挨拶されたって返しようがないよ、ね。でも……本当は知っていたよ。全部知っていた。あっちの世界の裏側であるこの世界には私一人しかいないことも、みなさんなどと言ってその事実を必死に誤魔化していたことも、そして、この声が誰にも届かないことも、全部私は自覚していた。自覚した上で私は生きているフリをしていた。


「仕方なかった。そうする他に私は私を守る方法を知らなかったから、辛くて無意味で空虚でたとえそれにどれほどの痛みが伴おうとも、私は仕方がないと諦めて納得して、生きているフリをしなければならなかった。だって一日でも喋らない日があれば私は壊れていたし、返答がないとしても誰かに話しかけていなければきっと発狂していた。けれどこの一人きりの世界で自分を守る意味なんてものはそもそも存在しなくて、でも自暴自棄になるには私の心は弱すぎて、結局自分の力では何一つ捨てられなかった。受け入れるしかない。そう、全てはあるがままに押し付けられるものを受け入れるしか――――」


 そして今、私の代わりに涼くんが壊れた。夜の真っ暗な部屋。幼稚園の頃から何度も訪れたことのある彼の部屋。そんな二人の思い出が溢れる空間の中、明かりもつけず慟哭とも言えぬ絶叫を世界に叩きつける彼に、私の声は、あまりにも……遠すぎた。


「仕方なかったと受け入れるしか……ってこれが仕方なかったと言うんですか! 全部諦めろって言うんですか! 確かに私は死にましたよ。確かに私は徹頭徹尾幽霊ですよ。でも私は喋れるんですよ! 私はここにいると声を上げられるんですよ! それなのにどうして伝わらない、伝えられないんですか! 私の声は自分を守るためにあるわけでも一人呟くためにあるわけでもない。誰かに、大切な誰かにこの気持ちを伝えるために私は喋りたいのですよ!」


 たとえ声が届いたとして、たとえ想いが届いたとして、幽霊の物語にハッピーエンドは存在しない。私は路地裏に連れ込まれて複数の男の人に乱暴をされて殺されたけれど、そのときの記憶は今もしっかり残っている。あの息遣い、生暖かい感触、粘着質な何か、考えただけで嘔吐しそうだ。その時点で幸せなんて私には皆無だし、そしてなにより死んだ私は決して生き返ることはできない。結局この世界で私は独りぼっちで、それはつまり幽霊と人間はどこまでいっても相容れないことを意味している。

        

 それでも私は、ううん人間は、伝えたいことがあるから伝わらないとしても声を出すのだと思うし、出さなければいけないと思う。それがたとえ願ってはいけない願望であったとしても、ね。


「涼くんも、死ねばいいと思うよ」


 そしたらずっと一緒に居れるから。


 私の声は涼くんには届かない。しかし数日後、この独りぼっちだった世界に新たな住人が現れたことによって全てがうまくいくことになる。


 それは所謂ハッピーエンドというやつだった。



感想等ありましたら、ぜひお願いします。

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