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私の調整では、百の性能を百にしかできません。それは無意味でしょうか?

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/13

「ノエラ。また完成品をいじっているのか」


背後から声をかけられて、私はびくりと手を止めた。


作業台の上には、一本の火炎杖が置かれている。


完成品だ。


出力検査も安全検査も終わっている。あとは箱に入れて出荷するだけ。


それなのに私は、杖の柄を開いて魔力回路を触っていた。


「すみません。でも、ここが少し引っかかっていて……」


「引っかかる?」


工房長のバルドさんが眉をひそめる。


「はい。ここの流れが、ほんの少しだけ」


「故障しているのか?」


「いいえ」


「出力が足りない?」


「いえ。規定値は出ています」


「安全検査は?」


「合格しています」


バルドさんは大きなため息をついた。


「なら完成品だ」


「でも――」


「ノエラ」


低い声に、私は口を閉じた。


「その調整をすると、性能は上がるのか?」


答えは分かっている。


何度も測ったから。


「……上がりません」


「だったら触るな」


「はい……」


私は工具を置いた。


まただ。


昔から、完成した魔法道具を見ると、ときどき魔力の流れに小さな引っかかりを感じる。


目に見えるわけじゃない。


うまく説明もできない。


ただ、なんとなく気持ちが悪いのだ。


だから少し削ったり、位置を直したり、魔力回路を調整したりする。


引っかかりがなくなるまで。


けれど、完成品の性能は変わらない。


火炎杖なら、調整する前も炎の出力は百。


調整したあとも百。


だったら、私がやっていることには何の意味があるんだろう。


「ちょうどいい。話がある」


バルドさんが言った。


嫌な予感がした。


「工房の生産体制を見直すことになった。最近、注文が増えているからな。もっと効率を上げる必要がある」


「はい」


「助手の平均処理数は、一日十個だ」


胸がきゅっと縮んだ。


私の数字を知っている。


「お前は七個だ」


「……はい」


「しかも、完成品に不要な調整を加えて時間を使っている。何度注意しても直らない」


反論できなかった。


全部、本当だから。


「今日限りで辞めてもらう」


私はしばらく何も言えなかった。


それでも、なんとか頭を下げた。


「……今まで、お世話になりました」


その日の夕方。


私は三年間働いた工房を、一人で出た。


悔しいというより、情けなかった。


私なりに真面目に働いてきたつもりだった。


でも、一日十個できる仕事を七個しかできない。


しかも、その理由が何の効果もない調整なのだ。


解雇されても仕方がない。


そう思うと、怒ることさえできなかった。


     ◇


幸い、次の仕事は思ったより早く見つかった。


街の外れにある、小さな魔法道具工房。


職人三人と助手二人だけの工房で、ちょうど人手を探していた。


「経験三年? 十分だ」


親方のガレスさんは、私の経歴書をざっと見ただけで言った。


「前の工房を辞めた理由は?」


「その……仕事が遅くて」


「どれくらい?」


「ほかの人が十個仕上げる間に、私は七個くらいです」


「ふむ」


私は正直に話した。


完成した魔法道具に余計な調整をしてしまうことも。


性能が変わらないことも。


そのせいで何度も注意されたことも。


全部話した。


「なるほど」


ガレスさんは腕を組んだ。


「まあ、やってみれば分かるだろ」


それだけだった。


翌日から、私は新しい工房で働き始めた。


そして三日目。


また見つけてしまった。


作業台に置かれた、小型の火炎杖。


検査済みの完成品。


けれど。


「……気になる」


魔力の流れに、小さな引っかかりがある。


触らない方がいい。


前の工房を解雇された理由を忘れたわけじゃない。


箱に入れればいい。


これはもう完成している。


そう思っているのに、手が止まった。


「どうした?」


ガレスさんだった。


「いえ、その……」


「何か問題か?」


「問題というほどでは……」


私は迷った末に言った。


「少し、引っかかるんです」


「どこが?」


私は火炎杖を開いて、魔力回路の一部を指した。


「ここです」


ガレスさんが覗き込む。


「俺には分からんな」


「そうですよね……」


「直すとどうなる?」


「分かりません」


「分からないのか」


「はい……」


自分で言っていて悲しくなってきた。


「出力は?」


「変わらないと思います」


「じゃあ何が変わる?」


「それも、分かりません。ただ……ここが引っかからなくなります」


しばらく沈黙があった。


やっぱり駄目だ。


新しい職場でも、同じことをしている。


「面白いな」


「え?」


「試してみよう」


予想外の言葉に、私は顔を上げた。


ガレスさんは棚から同型の火炎杖をもう一本取り出した。


「こっちは触るな。そっちは好きにやれ」


「でも、完成品ですよ?」


「試作品に回す。壊しても構わん」


そんなことを言われたのは初めてだった。


私は恐る恐る工具を握った。


魔力回路の位置をほんの少し動かす。


接続部を削る。


魔力を流して確認する。


まだ少し引っかかる。


もう一度。


今度は――。


「あ」


消えた。


「終わりました」


「よし。測るぞ」


二本の火炎杖を試験場へ運んだ。


最初は普通の出力試験だった。


調整していない杖。


出力、百。


私が調整した杖。


出力、百。


まったく同じ。


「……やっぱり」


思わず声が漏れた。


分かっていた。


前の工房でも何度か測っている。


「すみません。材料を無駄にしてしまって」


「何を謝ってる?」


「だって、何も変わってません」


「出力はな」


ガレスさんは二本の杖を見比べた。


「お前が気にしていたのは、出力なのか?」


「……違うと思います」


「なら、別のところに差があるかもしれん」


「でも、どうやって調べるんですか?」


ガレスさんが笑った。


「簡単だ。壊れるまで使えばいい」


そこから、少し変な試験が始まった。


二本の火炎杖で、ひたすら炎を撃つ。


十回。


どちらも出力百。


二十回。


変化なし。


三十回。


「ん?」


ガレスさんが、調整していない方の杖を触った。


「少し熱いな」


私の杖も触ってみる。


こちらは、それほど熱くない。


四十回。


五十回。


調整していない杖の出力が、九十六に落ちた。


「下がりましたね」


「ああ」


私は自分が調整した杖を見る。


百。


まだ、百。


六十回。


通常品は九十二。


私の杖は百。


七十回。


通常品は八十八。


私の杖は――百。


「……ガレスさん」


「なんだ」


「ずっと百です」


「ああ」


「これ、もしかして……」


「最後までやってから喜べ」


「まだ喜んでません!」


「顔が喜んでるぞ」


私は慌てて頬を押さえた。


でも、もう駄目だった。


さっきまで試験が失敗するのが怖かったのに、今は次の数字が見たくて仕方がない。


八十回目。


ぼすっ、と鈍い音がした。


調整していない杖から炎が出なくなった。


「あっ!」


ガレスさんが中を確認する。


「魔力回路が焼けたな」


「じゃあ、こっちは?」


「続けるぞ」


私は自分が調整した杖を握った。


八十一回。


炎が出る。


八十五回。


まだ出る。


九十回。


測定器は百。


「百……」


九十五回。


百。


九十六。


九十七。


九十八。


九十九。


そして。


「百回目、いきます!」


炎が試験場の的を焼いた。


すぐに測定器を見る。


表示された数字は――


百。


「……百」


私は測定器を見た。


もう一度見た。


何度見ても同じだった。


「百です!」


「ああ」


「百回使ったのに、百です!」


「見れば分かる」


「下がってません!」


「だから分かるって」


気づけば私は、ガレスさんの袖を掴んでいた。


「私のこれ、意味あったんですよ!」


「あったな」


「三年間ずっとやってたんです! ずっと! 意味が分からないって言われても、なんか気持ち悪くて!」


「分かった、分かったから袖を離せ」


「私、仕事が遅いだけじゃなかったんだ!」


口にした瞬間、笑いが込み上げた。


なんだか、おかしくて仕方がなかった。


だって、本当に百なのだ。


何度調整しても性能は上がらなかった。


百は百。


だから、ずっと意味がないと思っていた。


違った。


上げていたんじゃない。


下がらないようにしていたんだ。


「ちゃんと意味があった……!」


もう一度言った。


今度は誰に聞かせるでもなく。


嬉しかった。


ただ、ものすごく嬉しかった。


ガレスさんが、私の手から杖を取った。


「よし。分解するぞ」


「はい!」


返事まで、いつもより大きな声になった。


そのあと、工房のみんなで二本の杖を分解した。


違いはすぐに分かった。


普通の杖は、魔力回路の一部分だけが激しく焼けていた。


私が調整した杖には、それがない。


「魔力が一か所に偏って流れてたんだ」


職人の一人が言った。


「ノエラの調整は、この偏りを消してるのか」


「でも、私、そんなこと考えてませんでした」


「感覚でやってたってことか?」


「はい。なんとなく、引っかかるから……」


三人の職人が顔を見合わせた。


ガレスさんが頭をかいた。


「そりゃ説明しても伝わらんわけだ」


「私も説明できませんでしたから」


言って、また笑った。


今までなら笑えなかった話なのに。


それから工房では、いくつもの試作品で同じ試験をした。


結果はほとんど同じだった。


私が調整すると、最大出力は上がらない。


性能も増えない。


ただ、壊れにくくなる。


ずっと同じ性能を維持する。


「全部の商品をノエラに触らせるのは無理だな」


ガレスさんは言った。


一瞬、胸がざわついた。


けれど、その続きは予想と違った。


「時間がかかりすぎる。だから高級品だけにしよう」


「高級品?」


「長く使うことを前提に買う客向けだ。多少高くても、壊れにくい方がいい」


そして工房に、新しい工程が一つ増えた。


最終調整。


担当者は私一人。


助手だった私に、初めて自分だけの仕事ができた。


最初に作業表の「最終調整」の横に自分の名前を書いたとき、少しだけ手が止まった。


今までは、七個。


それが私を表す数字だった。


人より三個少ない。


そんな数字しか持っていなかった。


でも今は、別の数字を知っている。


百回使っても、百。


私は自分の名前を、少しだけ大きく書いた。


     ◇


それから二か月ほど経ったころ、前の工房から手紙が届いた。


差出人は、バルドさんだった。


少し意外なことが書かれていた。


私が最終調整を担当した魔法道具が、最近よく売れているらしい。


「長く使っても性能が落ちない」と評判になり、前の工房でも一本買って調べたという。


性能は、ごく普通。


特別な材料も使っていない。


それなのに、壊れない。


分解して魔力回路を見て、ようやく気づいたそうだ。


『お前が毎日やっていた調整と、同じだった』


その一文を、私は二度読んだ。


続きには、こう書かれていた。


『あの調整には意味があった。性能が上がらないというだけで、不要な作業だと決めつけた私の判断が間違っていた。すまなかった』


そして最後に、


『あの調整について教えてほしい。できれば、もう一度うちで働いてもらいたい』


私は手紙を机の上に置いた。


不思議なくらい、迷わなかった。


返事は短く済ませた。


『お申し出ありがとうございます。ですが、今の工房で引き続き働かせていただきます』


それだけ。


書き終えたところで、工房から声がした。


「ノエラ!」


「はーい!」


戻ると、ガレスさんが一本の杖を差し出してきた。


銀細工の施された、高級な火炎杖だった。


「こいつの最後を頼む」


「はい!」


受け取って、魔力を流す。


すぐに分かった。


「あ、いました」


「いた?」


「引っかかってるところです」


私は思わず笑った。


昔は、これを見つけるたびに嫌だった。


また余計なことが気になってしまった。


また仕事が遅くなる。


また意味のないことをしてしまう。


そう思っていた。


今は違う。


引っかかりを見つけると、ちょっと嬉しい。


これは私の仕事だから。


私は作業台に座り、工具を手に取った。


少し削る。


位置を合わせる。


魔力を流す。


まだ違う。


もう少し。


そして――引っかかりが消えた。


「できました!」


ガレスさんに杖を渡す。


「どうだ?」


私は胸を張った。


「性能は変わってません」


ガレスさんが笑う。


「それでいい」


私も笑った。


性能は上がらない。


百は百のまま。


――でも今の私は、それが何の価値もないという意味ではないと知っている。


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