売れないバンドマン、ライブハウスの中心で愛を叫ぶ
「うおおおぉ! 客が来ねー、なんでじゃー!」
「うるせぇサボってねぇで働けカス。給料出さねーぞ」
坂木タモツがライブフロアの真ん中で叫んでいると顔面に雑巾が飛んできた。
タモツはV系バンドBackHuGのボーカルでありながら今日はノーメイク。手に握っているのもマイクではなくモップだった。
もっとも、今はライブ中でもなくライブハウスのバイトで掃除の時間だから当然な話だが。
「俺にこんな事していいんスか。有名になったらここの悪口広めちゃいますよ」
「一度でも声かけられてから言えや」
「スカウトの耳が腐ってんすよ」
タモツの声は本物だ。バンドメンバーだって熟練のプロ達にはやや劣るが十分やっていけるだけの腕を持っている。
動画サイトもSNSも使って宣伝しているし、動画サイトに至っては話題作りにお笑い芸人のマネ事のようなことまでしている。
しかし、未だBackHuGにメジャーデビューの話が来たことはなかった。
「いっそ方向性変えたらどうだ」
「やりたいこともやらずに歌なんて歌う意味ねーです」
「でももう時代じゃないと思うぜ。ほらこれ見ろよ」
ぽこんっ。メッセージの通知音がなる。
ライブハウスのマスターから送られてきたのは何かのアドレスだった。
リンクを開いて表示されたのは大手のニュースサイト。
「お前らの曲ラブソングばっかりじゃねえか。恋愛経験すらないガキどもの一体誰がお前らの歌に共感できるんだよ。そら客層もオッサンとかオバサンばっかりになるわ」
「うぐっ」
記事のタイムスタンプは2045年 4月5日 19:00となっていた。
一番上に表示されている大見出しには、『20代の交際経験ゼロ率、男女共に80%を突破!』と書かれている。
たしかに今では少子化が進み過ぎて、年収に応じた一夫多妻、一妻多夫制も認められているほどだ。
若者はストレスの多い恋愛よりも、楽に手に入る画面の向こうの娯楽へと傾倒し、恋愛は才能や親の資産に恵まれた上流階級の遊びとなった。
「それでも誰だって片思いくらいはしてるでしょーよ」
「片思いは恋愛じゃねえ。オナニーだ。コンドーム使ったセックスしかしたことないガキが童貞と変わらないのと一緒だ」
「暴言だー! 今のは非モテへの差別発言だー!」
タモツは反論するがマスターの言うことは一理あった。
2030年代から目に見えて売れなくなったジャンルがある。
失恋ソングだ。
誰でも恋はする。
密かに想っている相手はいる。
想いを伝える練習を心の中で思い描くこともある。
仲良く話をして、手を繋ぎならデートして、なんて妄想だってするだろう。
しかし幸せの絶頂で、いきなりフラれたり、浮気されたり、なんて妄想を告白をする前からリアルにできる人間なんてそういない。
それに『20代の交際経験ゼロ率、男女共に80%を突破!』という記事が出るくらいだ。好きな相手にいつの間にか彼氏彼女が出来ていて、何もしない内に失恋していた――なんて経験すらしていないのが今の若者だった。
人は、経験のない事には浅い想像しかできない。
リアルに想像できない事には深く共感できないのだ。
「だったらマスターは俺に! 歌詞聞いてもぜんぜん意味もわかんねーアニソンみたいな曲を歌えって言うのかよ! ふざけんなちくしょー!!」
「アニソン馬鹿にすんな。お前が売れないのと関係ないだろ」
「俺は俺の音楽を変えねえ! みんなー! もっと誰かを愛そうぜー!」
「いいから掃除しろや」
タモツが掴んだモップに叫ぶと再び雑巾が飛んできた。
後日、こっそり二人を撮っていた他のバイトが投稿したお笑い動画『売れないバンドマン、ライブハウスの中心で愛を叫ぶ』がバズる。
動画に出ていた人としてタモツは一躍有名になり、バンドは無事メジャーレーベルの目に留まることとなった。




