第一章:導きの出会い
薄曇りの空から、細かな雨がぱらついていた。
石畳を駆け抜ける少女の声が、朝の街に響く。
「ジーン! 急いで急いで! 朝の依頼なくなっちゃう!」
「走る意味はない。依頼書は逃げん」
黒い獣が、呆れたようにため息を吐いた。
狼にも狐にも見える不思議な獣だった。夜色の毛並みに、金色の瞳。小柄な体つきのくせに、妙に偉そうである。
その隣を走る少女ハナは、振り返って頬を膨らませた。
「そういう問題じゃないの! 今日は高報酬依頼の日なんだから!」
「どうせお前の食費で全部消える」
「うっ……」
図星だった。
ハナは露骨に目を逸らす。
その様子に、ジンは鼻を鳴らした。
「そんなに好きなら、報酬を直接食料にしてもらえばいい」
「ジンって時々ひどいよね!?人でなし!」
「人じゃないからな」
「もう!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、二人は巨大な建物の前へ辿り着いた。
白亜の外壁に、青金の紋章。
五つの世界を繋ぐ中立ギルド、《導きの庭》。
先導者アイリスによって治められているギルドだ。
扉を開いた瞬間、酒と紙と鉄の匂いが流れてきた。
朝だというのに、中は既に冒険者たちで賑わっている。
「ハナちゃんおはよー!」
「今日は依頼失敗すんなよ!」
「うるさい!」
「威張るな」
いつものように軽口を返しながら、ハナは掲示板へ飛びついた。
その時だった。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴。
次の瞬間、人混みを突っ切るように一人の少女が飛び出してきた。
肩辺りで切りそろえられた銀髪に、動きやすそうな軽装。服装自体はよくある旅装束だが、どこか仕立てが良い。
その後ろから、鎧姿の男と黒髪の青年が追いかけてくる。
「リリ様!待ってください!」
「だから急に止まらないでって言ったのに!」
盛大に揉み合いながら走ってきた三人組は、綺麗にハナへ突っ込んだ。
「いったぁぁぁ!?」
「うわぁぁごめんなさいっ!!」
床に転がるハナの上で、銀髪の少女リリが青ざめる。
ジンは少し離れた場所で、冷めた目をしていた。
「朝から騒がしい連中だな」
鎧姿の男ジャンが疲れ切った顔でため息をついた。
黒髪の青年、アキも静かに頭を下げる。
「申し訳ありません。こちらの不注意で……」
「全然だいじょーぶ!」
ハナはぴょこんと立ち上がると、ぱんぱんと服を払った。
「それより君たち新人?見ない顔だよね!」
「あ、うん!今日ここに来たばっかりなのよ!」
リリはぱっと笑った。
その拍子に、胸元で小さな首飾りが揺れる。
深い青色の宝石が埋め込まれた、繊細な銀細工の首飾り。
旅装束には不釣り合いなほど高価そうだった。
「あっ」
リリは慌てて首元を隠す。
それを見て、ジャンが頭を抱えた。
「……リリ様」
「し、しょうがないでしょ!」
アキが静かにため息を吐く。
「リリ様はすぐ気が緩みますから」
「うるさいわよ、アキ」
「?」
ハナは首を傾げた。
「その首飾り、綺麗だね!」
「え?」
「青空みたい!」
リリは一瞬警戒したような顔をして、すぐに作り笑いをした。
「…ありがと」
ジンだけが、じっと首飾りを見ていた。
「この子はジン! 頭いいんだよ!」
ハナがひょいっと抱き上げる。
ジンは嫌そうな顔をしたが、抵抗はしなかった。
「バカそうな三人組だがお前よりは賢そうだな、ハナ。」
「うわまた言った!この嫌味犬!」
リリが思わず吹き出す。
「ふふっ、変なの」
「変って言った!?」
「事実だろう」
「ジン!!」
騒がしい。
なのに不思議と嫌ではない。
そんな空気が、その場に広がっていた。
その時、不意に鐘の音が響いた。
ギルド中央の階段から、一人の女性が姿を現す。
長い白銀の髪。
慈愛を宿した紫水晶の瞳。
見る者全てを安心させるような微笑み。
先導者アイリス。
ギルド内の空気が一瞬で静まる。
「おはようございます、皆さん」
柔らかな声。
それだけで空気が和らぐ。
アイリスの視線がハナへ向く。
「ハナ、今日も元気ですね」
「アイリス様ー!こんな時間に珍しいですね!!」
ハナは嬉しそうに手を振った。
その顔を見て、アイリスは優しく微笑む。
まるで、本当の母親のように。
「……あら?」
アイリスの目が、リリ達へ向いた。
「見ない顔ですね」
三人の空気が、僅かに固まる。
だがアイリスは何も追及せず、穏やかに微笑んだ。
「《導きの庭》へようこそ。ここは、過去も身分も問わない場所です」
リリが目を見開く。
「居場所を求めるなら、歓迎しますよ」
その言葉に、三人は顔を見合わせた。
ジャンが静かに息を吐く。
アキが小さく頷く。
そしてリリは。
「……じゃあ!」
ぱっと笑った。
「わたしたち、ここに入ります!」
ハナの目が輝く。
「ほんと!? じゃあ一緒に依頼行こうよ!」
「行く行く!」
「まずは登録手続きをしてください」
「細かいわよ!ジャン!」
「細かくありません」
「普通です」
「アキもうるさい!」
ギルド中に笑い声が広がる。
「じゃあ改めて!」
ハナが勢いよく手を差し出した。
「今日からよろしくね、リリ!」
リリも満面の笑みでその手を握る。
「うん!よろしく、ハナ!」
「ジャンです」
「アキです。以後お見知りおきを」
「こちらこそー!」
騒がしい笑い声が、朝のギルドに響く。
その中心で、アイリスは静かに微笑んでいた。




