1話「爆ぜる彼女」
心地よい眠りを妨げるように部屋中にアラームが鳴り響く。
「ビピッ…。ピピピピ….」
微かな意識の中でも分かる、繰り返し鳴るアラームの不快さ。
反射的に時計に手を伸ばし、勢い良く停止させる。
「ドンッ」
鈍い音が鳴り響き、再び静寂が訪れた。
毎朝の事なのだが心底、自分の寝起きの悪さが嫌になりそうだ。
時刻は午前七時五十分。
学校に行く時間よりも少し早く起きた。
「ふぁ~あ」
目を擦りながら二度寝しそうな身体を少し起こしたかと思えば、再びベッドに横たわる。
「ポカポカ…」
カーテンの隙間から照らされる陽の光が室内を優しく照らし出す。
心地よい温もりにより再び、瞼が落ちそうになる。
(あと…もう五分。五分だけ…)
(いや、五分じゃだめだ。今起きないと遅刻するぞ)
混在する意識の中で、起床という名の天使と睡魔という名の悪魔が俺に囁く。
(いや…起きないと!!まじ遅刻はやばい)
相対する二つの主張は、俺の力業も相まって天使の勝利によって幕引きとなった。
「……っぶねぇ!」
時刻は八時十分。
走れば間に合うぐらいの時間だ。
起き上がった俺は、枕元にあった電気のリモコンを手に取る。
「ピッ」
電気を点灯させ、急ぐように学校に行く支度を開始する。
机はほんのり端にホコリが被っており、照明に照らされ少し反射している。
本棚にはきちんと巻ごとに並べられた漫画やラノベ。
壁には一枚の推しのタペストリー。
よくぞまぁ、ここまでオタクになったものだ。我ながらオタクである事を実感する。
慣れた手付きでロッカーから自分の制服を取り出し、袖を通す。
茶色のブレザーに白のTシャツ。そして、スラックスに黒ベルトだ。
入学したてよりも身体に馴染んだ制服と少しボロボロなベルトに自分の成長を感じる。
「よし」
襟を正し、ベルトを締めて気合いを入れ直す。
身支度を終えた俺は、階段を駆け下りる。
「ドタドタドタ」
鳴り響くのは、家族の談笑する声と階段の足音だ。
焦る俺の心情とは、相対するようにリビングは和やかなムードに満ちていた。
俺はリビングのドアを開け、家族と挨拶を交わす。
リビングにはコーヒーやパンを焼いている香ばしい匂いが立ち込めている。
鵺家の家庭は父・隆史、母・奈々美、妹・冴花、俺・宗護の四人家族だ。
「おお!!おはよう!早くしないと学校に遅刻するぞ~!!」
父・隆史が珈琲を片手に新聞を読みながら優雅に挨拶する。
焦っているからか余裕そうな父の姿が妙に気に触る。
「宗護~朝ごはんはどうするの~?」
母・奈々美はオーブントースターにあるパンの焼き加減を眺めている。
「お兄ちゃん!!また私のプリン食べた?」
妹・冴花は冷蔵庫の中を眺めながら、俺に怒りの矛先を向ける。
妹の年齢は俺の一つ下、15歳だ。
そんな、妹の冴花とは毎回食べ物の事で喧嘩をする。
一昨日なんて、アイスを食べられた恨みで俺のシャワー中に給湯器を切られて冷水に変えられるなんて悪戯をされた。
他人からすれば、可愛い悪戯の気もするがやられた方はたまったもんじゃない。
「父さん母さん冴花、おはよう!パンだけ貰う」
「冴花ごめん!食べた~」
皿に盛られたパンを滑り込むように手に取る。
「おう!行ってらっしゃい!気を付けろよ」
「ほんと!気を付けるのよ~」
「もう~!!お兄ちゃん~!買ってきてよね!」
パンを片手に、即答しながらリビングを後にした。
耳に残るのは息子の安全を願う父と母の言葉と妹・冴花の怒る声だけだ。
「パクッ」
俺に優雅な朝は程遠いなと感じながらパンを口に詰め込み、家を後にする。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
走った事もあり、15分前くらいに学校につくことができた。
「ふぅ~間に合った」
呼吸を整えて、校門をくぐる。
ドクドクと心音が大きく脳内に鳴り響く。
俺が通う学校は、精練法典学園
どこにでもあるような白の頑丈な鉄筋コンクリートで作られた普通の学校。
この学校には勉学に励み、切磋琢磨し合う生徒達が在学している。
校内に入った俺は、いつも通り自分の下駄箱を探した。
年季が入って汚れた下駄箱。
彫刻刀で彫られた名前や落ちない汚れに歴史を感じる。
下駄箱から自分の上履きに履き替えた。
自分のクラスに向かう途中。
行き交う同級生の笑い声や話し声が聞こえる。
「なぁ…。今日なんか転校生が来るらしいよ」
「え!?まじ!?可愛い子かな?可愛かったら俺狙っちゃおうかな~?」
「翔太。期待しすぎ!!まぁ俺も狙うけどな」
「え~!!お前もかよ~!!あははは」
他愛もない陽キャ男子生徒の会話。
そういえば、今日は転校生が来る日だ。
(まぁ、可愛かったら興味持つよな)
俺には、縁のない話だと思っていたからかすっかり忘れていた。
行き交う同級生の話し声を盗み聞きするように教室に入った。
何気なく視線を向けた先。
その先にある黒板には、白いチョークでこう記されている。
【4月22日 水曜日】【日直:藍澤 拓也 紅雲 零斗】と。
あ~もうすぐゴールデンウィークなのかとしか思わなかった。
「き~んこ~んか~んこ~ん」
学校の始業のチャイムが鳴る。
しばらく自分の席についているとHRが始まった。
「ガラガラガラ~」
扉が開き、先生と共に転校生が入ってくる。
何気ない俺の学校生活に花を咲かすかのような彼女の姿。
今思えば、あの時既に一目惚れしていたのかも知れない。
「これより朝のホームルームを始めます。起立、礼。おはようございます」
学級委員の挨拶を皮切りに皆が一斉に挨拶をする。
「「おはようございます」」
「着席」
学級委員の掛け声で再び席に着くクラスメイト。
だが、皆の心情はそれどころではない。
「おい、めっちゃ可愛いじゃん」
「え!?まじ美人じゃない?」
「どこの子かな?」
互いが互いを見合い、小声で話し合う。
皆が向けるのただ一つの関心。
美少女転校生への興味だけだ。
「はい!おはよう。こらこら!転校生が気になるのは分かるが静かに!!」
ざわめく教室は、先生の言葉で再び静まる。
転校生に盛り上がっているのを先生も痛いほど分かるようだ。
「え~!!この学校に転校生が来ました。自己紹介をしてもらうから皆さん静かに聞くように」
「零彩さん!こんな騒がしい中での紹介になっちゃってごめんだけど、自己紹介を頼むよ」
先生の謝罪に「はい」と返事をしてから、ツンデレ全開で自己紹介を始めた。
「……一度しか言わないから覚えなさいよね!私の名前は零彩 彩夏!!好きな食べ物はお…お寿司よ。嫌いな食べ物はピーマンだから。子供っぽくでごめんなさいね!これからよろしく!」
可愛さと優しさを感じさせる桜のような美しいピンクの瞳。
その麗しさを引き立たせるかのようなつややかな淡い赤とピンクのロングヘアーが風で靡いている。
俺よりかは、低い164cmの身長くらいだろうか。
緊張からか言葉に詰まり、目を泳がせながらも自己紹介する零彩。
腕を組ながらもぎゅっと袖を握る小さく繊細な手。
ツンデレでありながらも隠せない緊張感や照れも相まって惹かれてしまいそうな魅力がある。
子供っぽさもあるギャップが更にいい!!
美少女感に加えてツンデレとか、反則級の可愛さだろ。
クラスメイトはそんな零彩 明香に釘付けである。
「ねぇねぇ!!零彩さんは彼氏とかいるんですか~?」
陽キャの翔太が立ち上がり、零彩に質問する。まぁ定番の光景だ。
翔太が気になる気持ちもとても分かる!!!
クラス全員の想いを代弁してくれてるかのようだ。
「ちょっ…な…何…言ってるの!バカじゃないの!彼氏とか居るわけないでしょ!!居ても教えないわよ!!」
零彩は顔を真っ赤にしながら、声を荒げる。
照れた彼女は耳まで真っ赤だ。
必死に否定する姿も彼女の純粋さを際立たせている。
(いや~!!可愛い!照れてても可愛い!)
俺は一人、彼女の可愛さをただ噛み締めるだけだ。
その間も翔太の言葉に便乗するようにクラスの陽キャが揃って彼女をからかう。
「え~!!可愛い~!!」
「ヒューヒュー!!」
すると、その賑やかな雰囲気を断ち切るような先生の言葉。
「こら!!そこまで。え~と、じゃあ零彩さんの席は~あそこで!!」
先生が示した席は、俺の二個右隣の席だ。
「は…はい!!分かりました!!」
皆に浴びせられる視線に緊張しながらも自分の席へ向かう零彩。
「よし!そういうことで!これからよろしく!!皆!仲良くしてやってくれ!」
彼女を歓迎する祝福の拍手が飛び交う。
クラスは歓喜に包まれていた。
HRが終わり、クラスの皆は零彩を囲む形で集まっている。
俺はというと、そんなクラスメイトに囲まれて緊張している彼女を座って本を読みながら横目で見ていた。
内心、俺もあそこにめちゃくちゃ行きたいのだが、なんて声を掛ければいいのか分からず近寄れないのだ。
話ながらも時々苦笑いを浮かべる彼女の姿からは、どこかまだ馴染めていない雰囲気が感じ取れた。
しばらくチラ見していると、彼女と目が合ってしまった。
こちらに興味を持つような彼女の視線。
ドキドキと高鳴る俺の鼓動。
照れて思わず視線を反らしてしまった。
(やばい!目が合った。可愛よ)
再び彼女のいる所に視線を向けると、こちらに向かって来るではないか。
(やばい!こっち来る!何て話そう)
迫ってくる彼女に内心ドキドキである。
「さっきからチラチラ見てるけど、あなた名前は?」
席に座る俺の目の前に立つ零彩。
見下ろす感じで名前を聞いてきた。
「鵺 宗護って言います。一体…どうされたんですか?」
突然、名前を聞かれた事に困惑する。
予想もしなかった質問だったからだ。
髪をかき揚げながら彼女は俺にこう言ってきた。
「あ!あなたがあの鵺 宗護ね!やっと見つけたわ!単刀直入に言うわ!あなたに用があるの!放課後学校裏に来なさい!来ないと絶対
許さないからね!」
「え?ちょっ…。何!?」
突然の呼び出しに俺は呆然としていた。
なぜ彼女は俺を呼び足したのか、何の用があるのか色々と疑問が残る。
モヤモヤが残るまま時は過ぎ、放課後になった。
緊張しながらも言われた通り校舎裏に向かった。
夕陽に照らされる校舎裏。
数多のカップルを生み出したこの歴史ある校舎裏に、ついに俺も足を踏み入れれる時がきた。
約束通り、そこで待っていた零彩 明香。
夕陽に照らされて赤く染まる彼女の頬。
これは夕焼けによるものなのか、それとも照れによるものなのか。本人しかわからない。
「あ!!ようやく来たわね!あなたを待ってたわ!!突然呼び出してごめんなさいね!べ…別に来てくれなくても良かったんだからね」
彼女の台詞には、本音と虚勢が入り交じりあっている。
俺はなぜ呼び出されたのか?
告白だと思いたい所だが、初対面の相手にいきなり告白するか?とも疑念を抱いてしまう。
突然、転校生である零彩 明香から明かされた衝撃の事実。
「実は…わ…わたし、あなたに褒められて照れると爆発するの」
真剣な眼差しで、照れくさそうに打ち明けてきた。
肌色の美しい顔が徐々に赤く染まる。
耳まで真っ赤になっている。
その姿は、照れも相まって可愛かった。
だが、かわいさよりも衝撃が勝ってしまう。
「え?」
俺は、思考が停止した。
告白を期待していたからこそ度肝を抜かれた。
いや。ある意味、衝撃的な告白かもしれない。
(この子は何を言っているんだ?)
俺を笑わせようとしてるのか、それとも中二病的な設定の人かとも思った。
それにしては、もう高二だ。
中二病を患うには時期が遅い気がする。
それにしても、可愛さにユーモアも兼ね備えているとはより魅力的に感じるではないか。
俺の疑惑の眼差しを感じたのか、彼女は横目でチラ見してくる。
「な…なにジロジロ見てるのよ!!ほんと~に。ほんと~に爆発するんだからね!し…信じなさいよ!!」
彼女は至って真剣なようだ。
それに対して、キメ顔で「君の可愛さに俺の恋心は爆発寸前だ★ぜ★」と返す俺。
冗談を言われたなら冗談で返すのが礼儀だ。
まぁ、ほとんど本音だが。
すると、みるみると真っ赤に染まっていく彼女の顔。
幻か現実か、なにやら煙のような物も見えてきた。
彼女は頬に手を当て、か細い声で呟いた…。
「え!?好き……」
「ドォォォォォンッ…!!!」
爆発を前にただ立ち尽くす俺。
鳴り響く轟音と網膜に焼き付く眩い光。
その爆発の中で、俺はこう思った。
「………」
後悔も虚しく強い光と爆風に飲まれて、塵と化した。
はずだった…。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ビピッ…。ピピピピ….」
部屋中に鳴り響くアラーム音。
俺は、深い眠りから飛び起きる。
衝撃からか軽やかに起きる事ができた。
見慣れた光景、嗅ぎ慣れた匂い。
時刻は七時五十分。
「な…何が起こった??」
俺は何度も身体を見渡す。
何度、見渡しても紛れもない自身の体。
受け入れられない事態に困惑する。
「俺…確か、爆発に巻き込まれたんじゃ…。それにあの美少女は?」
再び繰り返される朝。
こうして、俺の恋物語が始まった…。




