別世界の街とロマンス詐欺
街にたどり着いてから、金がない事に気付いた。
よく考えてみれば、ルイは身一つ、着の身着のまま。なぜ今まで気付かなかったのだろうという程何も持っていなかった。ズボンのポケットに小銭がないかと確認するが、入っていなかった——そもそもルイにそんな習慣はないので当たり前だが。
いっそのこと盗みでもするか、いや流石にそれは、などと考えつつ石畳を進む。道の脇の畑はいつの間にか出店になっていて、客引きや値切りの声で賑わっている。
不意に気付いた。道行く人々の髪色が、派手だ。
ピンクやら水色やら、勿論黒も茶色もあるけれど、カラー剤か地毛か、とにかく種類が多い。それに、アジア系の顔立ちの人間もヨーロッパ系の顔立ちの人間も混在している。ルイ含め、同じ言語で話しているのが不思議なくらいだ。
出店の客の声が聞こえてくる。
「はい、三ズロフね。」
——金の単位まで違う。
通貨が違うやら装いが違うやら、けれど言語は同じで……もう何が何だかわからなくなって、手近にあるベンチに腰を下ろす。
ふと、男の声が耳に入った。
「——だから保証金が六千ニーレ必要になって……。」
それに答える女性の声も。
「それは軍の方に建て替えて貰うとかはできないの。」
「うん、規則で禁止されてて。けど払えないと今度は規律違反になって……。」
様子が気になって声のする方向を向くと、落ち込んだような顔をした金髪の青年と、それより少し上の年の女性が向かい合わせで話していた。
「……ごめんね、こんな不甲斐ない彼氏で。僕じゃなければ君をもっと幸せにできたかもしれないのに……。」
青年はそう言って顔を伏せつつちらりと女性の表情を覗いた。そうして彼の頬がほんの少しだけ上気する。どうやら好感触だったようだ。
話は変わるが、ルイは昔から人の表情を見るのが得意だ。小さい頃から親族に媚びを売ってきた賜物だと、自身では思っている。
「こんな仕事もこなせないようじゃ駄目だよね。」
彼がそう言うと、女性が我慢ならないと言う様に立ち上がった。
「そんなことない。そんなことないわ……!」
そうしてがばりと青年に抱きつく。
(おお……。)
もうこんな事でどぎまぎするような歳でもないが、今回は状況が状況なので、恥ずかしいやら居た堪れないやら……。彼らとは逆方向に、少しベンチをずれる。
「この契約だって、取れれば昇進確実なんでしょう。だったら、大丈夫よ。あなたには私がいるんだから!」
それを聞いた青年の相貌が彼女の背中で満足げに歪む。
そうして、彼は表情を直してから女性に向き直った。
「ありがとう!僕、絶対成功させるから——!
お給金が増えたら、一緒に家、考えようね。」
そう言って無邪気に、にこっと微笑む。
それと相対する女性の瞳もぱっと見開かれ、すぐに幸せに蕩け出した。
——あーあ……。
あそこまで酷いものは見たことがないが、あれは詐欺だろう。通っていた高校であれに似た様なものに何度が遭遇したことがある。
まあ、彼らが今後ルイの人生に関わることはないだろうし、女性の方も今は幸せそうなのでいいか、と思い、ふと青年の態度に違和感を覚える。
——お給金が増えたら、一緒に家、考えようね。
先程の話の流れから、目的の物が得られる事は確定しただろうに、それにしては過剰に思えるリップサービス。
彼は何を考えてそんな態度をとったのだろう。
思っているうちに退散したのだろう、ベンチからは彼らの姿が消えていた。
どこに行ってもああいう人間はいるのだな、とルイも席をたとうとした時、振り返ると、目の前に先程の青年がいた。
「ねえ、君さ——」
柔和な笑みを浮かべる彼を見て、不意に思い出す記憶があった。
ルイは人より睫毛が長かった。
鼻も口も、他の男性と比べて小さかった。
いつまでも発達しない筋肉と華奢な顔立ち。それを隠す為に少し長くした髪型が女性らしさに拍車をかけていた。
近頃は学校と家以外の場所に出る事が少なかったので忘れかけていたが、ルイは女性と思われて道ゆく人に声をかけられる事が多々あった。
要は、ナンパだ。
誘ってくる人間は大体がちゃらちゃらしていて、ロマンス詐欺師なんてその最たるものじゃないか。そう思って身構える。
「——君さ、転生者でしょう。」
「——は?」
言われた事が理解できないうちに青年が言い募る。
「いや、僕らの場合転移者の方が正しいのかな。——とにかく君、日本から来たでしょう。」
そう言って青年は微笑んでみせた。




