ルイの異世界転移とアバウトな道案内
背中に、横たわる地面の存在を感じる。とはいえふかふかとしたそれは、地面というよりはクッションのような何か。手を少し動かすとカサカサとした物が当たった。
ゆっくりと瞼を開ける。——というより、開けたことで、今まで目を瞑っていた事に気が付いた。—-そこには、ただ白雲の浮かぶ空。
だけれど、その空は動いていた。
「うわあ!」
そこでやっと、つい先ほどまで感じていたはずの恐怖を思い出して飛び起きる。見るとどうやら、俺は荷車のようなものに乗っているらしい。なるほど、空が動いて見えたのはそのためか。
からからと車輪が回る音がする。それを引いているのは麦わら帽子を被ったおじいさんでどことなくヨーロッパ風の顔立ちをしている。道の脇には畑が続いていた。
なんだか、思っていた天国とは違う。かといって地獄とも違う。
そう思ったところで、おじいさんが声をかけてきた。荷車が止まる。
「おや、起きたのかい。お前さんさっきまで道ばたで寝とったでなあ、疲れとったんかもしれんが、危ないから。気をつけぇ。」
「……はあ、どうも。」
訛りが酷い。
これは流石に天国ではないぞ、と思い、言葉を重ねる。
「……ここは、どこですか。」
「お前さん自分のいる場所もわからんのかい。さては酒だな、これは。変なカッコしてんのもそのせいか。——ここはクラヴォッシュの西だよ。お前さん家はどこだい、近ければ送るよ。」
——クラヴォッシュ。少なくとも日本では考えられない地名だ。英語ですらない——巻き舌の感じからしてイタリア語やロシア語っぽさもあるが。
そういえば、おじいさんが着ている服も俺の着ているのとは少しテイストが違う気がする。
とにかく、自身の家はここら辺にはなさそうなので、丁重に辞退する。
「いや、少し遠いので大丈夫です。ありがとうございます。」
「そうかい?隣町くらいなら送ってやんぞ。」
「いえ、正直クラヴォッシュの地名もわからないくらいで。」
そこでおじいさんが何やら不審そうな顔をする。
「クラヴォッシュは田舎だが、大きい土地だと思うがなぁ、それを知らないとなると——。まあ、そういうことなら街の場所も知っておいたほうがいいだろう。」
そう言いながら荷車を止めると地面から適当な枝を拾って、図を描き始めた。
近くで見ようと、荷車から降りて手元を覗き込む。
おじいさんが黄土に細い線を描きながら説明する。
「俺らがいんのが、ここな。こっからこの道を曲がって、下の方にずーーーっと行くとそのうち突き当たるから、そこをまた曲がんだよ。んでまたずーーーっと下に行くと、大きい街に出るってな訳だ。」
そうして、『分かったか。』とでも言うように毛むくじゃらの顔を向けてくる。
いや、わからない。正直、描いてあるのは枝で描かれたほっそい線一本なわけで、全然わからない。
けれど、辛うじて下に行くということだけは分かったので、「ありがとうございます!」とだけ言い残してさっさと去ることにした。
ああいうタイプは話が長いのだ。
おじいさんのサイズが米粒くらいになったところで小走りだった足を緩める。慣れない土の道は足が滑りやすく、少し息が上がっていた。
土の道とはいってもでこぼこ砂利道、という訳ではなく、黄土が硬く平らにならされている。
田舎でこのくらいの整備なのだから、街の方はまあまあ栄えているのではなかろうか。石畳くらいはあるかもしれない。
とはいえ。
現代日本には、土の道も石畳もあまりない。あっても田んぼの脇の細い道とかだろう。けれど俺が今通っているこの道は、人一人が入る荷車が余裕を持って通れるほど大きい。自動車だって一台なら余裕で渡れる。
——ここは日本でもなく天国でもなく地獄でもなく……。では一体どこなのだろう。
とりあえず、おじいさんのアバウトな案内に従って適当な角を選んで曲がり、街を目指す。
さくさくと、土を踏みしめる音を聞きながら、俺——ルイはここに来る前の事を考えていた。




