第十章「世界樹への道」
メルカードを出発して二週間が経った。
三人は順調に旅を続け、ベルク王国を抜けて中立地帯に入っていた。ここから先は、帝国の影響が強くなる地域だ。
「そろそろ、用心が必要だな」
ガルドが周囲を警戒しながら言った。
「帝国軍の斥候が、この辺りまで出没しているという報告がある。見つかったら厄介だ」
「迂回できないのか?」
「できなくはないが、時間がかかりすぎる。最短ルートを行くしかない」
蓮は前方を見つめた。
道の両側には、枯れた森が広がっている。かつては豊かな緑に覆われていたのだろうが、今は灰色の枝が空に向かって伸びているだけだ。
「蓮さん」
エリシアが馬を寄せてきた。
「この辺りの枯死は、特にひどいですね。他の地域より、進行が早いように見えます」
「ああ。魔力の流れが、ほとんど感じられない。この辺りは、世界樹から最も遠い場所なのか?」
「いえ、むしろ聖地に近い地域です。本来なら、魔力が最も豊富なはずなのですが……」
「なぜだ?」
「分かりません。何か、魔力の流れを妨げるものがあるのかもしれません」
蓮は考え込んだ。
世界樹に近いはずなのに、魔力が少ない。それは、世界樹自体が著しく衰退していることを意味するのか。あるいは、何者かが意図的に魔力を遮断しているのか。
いずれにせよ、答えは聖地に行けば分かるはずだ。
________________________________________
その夜、三人は森の中で野営をした。
焚き火を囲み、乾燥肉とパンで簡素な夕食を取る。星は見えない。厚い雲が、空を覆っている。
「蓮」
ガルドが声をかけてきた。
「お前の故郷——異界というのは、どんな場所だ?」
「……地球という星だ。この世界とは、全く違う」
「魔法はあるのか?」
「ない。俺たちの世界には、魔力というものが存在しない。すべては、科学という力で動いている」
「科学……。聞いたことのない言葉だな」
「自然の法則を解明し、それを利用する技術だ。火を起こすにも、物を運ぶにも、科学の力を使う」
「ふむ。魔法のない世界か。不便そうだな」
蓮は苦笑した。
「そうでもない。慣れれば、それが当たり前になる」
「お前は、その世界に帰りたいか?」
ガルドの問いに、蓮は少し考えた。
「……正直、分からない」
「分からない?」
「向こうの世界では、俺はただの花屋だった。特別な力もない、普通の人間だ。会社は潰れ、仕事もなくなった。帰ったところで、何があるわけでもない」
「だが、故郷だろう」
「ああ。でも——」
蓮は焚き火を見つめた。
「こっちの世界では、俺の力が役に立つ。枯れた植物を蘇らせ、人々を助けることができる。それは、向こうの世界ではありえなかったことだ」
「お前は、この世界に留まるつもりか?」
「分からない。今は、目の前のことで精一杯だ。世界樹を救って、枯死地帯を食い止める。それが終わったら——その時に、考える」
ガルドは黙って頷いた。
「……お前は、不思議な男だな。異界から来て、見知らぬ土地を旅して、命の危険を冒してまで世界を救おうとしている。普通なら、とっくに逃げ出しているところだ」
「逃げたいと思ったことは、何度もある」
蓮は正直に答えた。
「でも、逃げても何も変わらない。それは、向こうの世界で学んだことだ。目の前の問題から逃げても、問題は消えない。向き合うしかない」
「……強い男だ」
「強くない。ただ、他にやり方を知らないだけだ」
二人は、しばらく無言で焚き火を見つめていた。
________________________________________
翌朝、事件が起きた。
「止まれ!」
森の中から、武装した男たちが現れた。帝国軍の紋章をつけた兵士たちだ。数は十人ほど。三人を取り囲むように配置している。
「何者だ。この辺りは帝国の管轄区域だ。通行許可証を見せろ」
ガルドが蓮とエリシアを庇うように前に出た。
「我々は、カイン伯爵領からの旅人だ。許可証は持っていない」
「許可証なしで帝国領に入ろうとしたのか。スパイの疑いがある。身柄を拘束する」
「待て。俺たちはスパイではない。ただの——」
「問答無用だ。抵抗するなら、力ずくで連行する」
兵士たちが剣を抜いた。
ガルドも剣に手をかけたが、数の差は明らかだった。十人対一人では、勝ち目がない。
「ガルド、やめろ」
蓮が制止した。
「だが——」
「ここで戦っても、勝てない。別の方法を考える」
蓮は両手を上げた。
「分かった。抵抗しない。だが、一つだけ聞かせてくれ。俺たちを、どこに連行するつもりだ」
「帝国軍の駐屯地だ。そこで、お前たちの身元を調べる」
「駐屯地に、黒沢という男はいるか」
兵士たちの表情が、一瞬変わった。
「……なぜ、その名を知っている」
「昔の知り合いだ。俺のことを、黒沢に伝えてくれ。『水谷蓮が来た』と」
兵士たちは顔を見合わせた。
「……分かった。とりあえず連行する。黒沢参謀に報告するかどうかは、指揮官が判断する」
三人は、帝国軍の兵士に拘束され、駐屯地へと連行された。
________________________________________




