表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終到達死点 〜『純血の魔女』は、地獄の街で最強を蹂躙し、悪を無双する〜  作者: ヨシムラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/35

第35話 自由なる建築家③

八十郎の体内から、それが現れてきた。


――

【運命の戦車(semita fatum chariot)】。


六惺が好んで運用してきた、

「地面を這い、標的を執拗に追尾する爆弾型兵器」

その系譜に連なる存在であり、言ってしまえば完成形――


鋼鉄で構成された躯体は、明らかに無機物である。

にもかかわらず、その表面には、生き物のような緊張感が宿っていた。

内部で何かが循環しているのか、ドクン……ドクン……と低く脈打つ律動が、大地を通して伝わってくる。

鈍重でありながら確実な駆動音が、空気そのものを押し潰すように圧し掛かり、周囲の音を次第に飲み込んでいく。


その、たった一両。


黒魔術士教会が誇る最精鋭部隊の一角――

**『自由なる建築家』**が展開する、精緻極まるミニチュア都市へ向け、正面から侵攻を開始した。


迎え撃つ戦力は、視覚的な規模だけで言えば、ほとんど一個師団に匹敵する。

蟻粒サイズの兵士たちが都市全域を覆い尽くすように蠢き、その数はざっと見ただけでも1万を下らない。

まるで精巧な模型に魂を吹き込んだかのような光景だった。


『自由なる建築家』からの即時指示なのか。

侵入を許すまいと、装甲車両が一斉に前進を開始する。

ガシャン、ガシャン、と金属同士が噛み合う音を響かせながら、瞬く間に即席のバリゲートが構築されていく。


その様子は、細流がいくつも合流し、やがて抗いがたい大河へと変貌していく過程を、早回しで見せられているようでもあった。

歩兵部隊と思しき黒点の群れが密集し、隊列を整え、空には無数のドローンが浮かび上がる。

ブゥゥゥン……ブゥゥゥン……。

重なり合うプロペラ音が空気を震わせ、都市全体に、ぴんと張り詰めた戦闘の気配が満ちていく。


通常であれば――

この都市に足を踏み入れた瞬間、侵入者は例外なくミニチュア軍勢の餌食となる。

それは疑いようのない結末であり、過去に覆された例など一度もなかった。


とはいうものの。

それはあくまで、“一般的な侵略者”の場合である。


ジリ……ジリ……。

【運命の戦車】は、地面を削り、引き裂くような音を立てながら進軍を続けていた。

履帯が大地を噛み、土砂と瓦礫を押し潰し、踏み固めていく。


やがて、敵の間合いに入ったのだろう。

即席バリゲートとの距離、およそ3m。


空気が凍りつく。

いや、凍ったのは空気ではなく、時間そのものだったのかもしれない。

すべてが引き伸ばされ、極限まで研ぎ澄まされた刹那。


――一斉砲撃。


都市に配備された装甲車群が、同時に火を噴いた。

ドンッ。

ドドドドンッ――。


まるで映画館の重低音を、至近距離で浴びせられたかのような衝撃。

腹の底が揺さぶられ、衝撃波で空気が波打ち、視界がわずかに歪む。

無数の砲弾が一直線に吸い寄せられ、【運命の戦車】へと殺到し、着弾と同時に爆炎が花のように咲き乱れた。


だが――


八十郎は、その瞬間ですら、勝敗の行方を100%の確信をもって見据えていた。

未来を知る魔女。

彼女は、この結末を最初から視ていたのだろうか。

剣豪が幾度となく頭の中で反芻してきた光景が、寸分違わず、現実として再生されていく。


爆炎の切れ目。

揺らめく火の幕が、ゆっくりと裂ける。


そこから、ぬぅ……と姿を現したのは――

傷一つない、【運命の戦車】だった。


砲撃は、確かに直撃している。

爆発も、衝撃も、十分すぎるほどに届いていた。

それにもかかわらず、戦車は微塵も意に介していない。

減速すらなく、まるで瓦礫を押し潰すブルドーザーのように、淡々と、そして確実に前進してくる。


次いで、歩兵部隊から銃声が上がった。

パパパパッ。

乾いた連射音が重なり合い、弾幕が雨のように降り注ぐ。


しかし――

それでも、止まらない。


――圧倒的だった。

その一語を選び取った瞬間でさえ、なお生ぬるさが舌の上に残る。

生温いどころではない。現実の光景は、その言葉の意味を軽々と踏み越えていた。


力の差、などという常套句では到底足りない。

蹂躙という語を当てはめても、まだ何かが欠けている気がする。

八十郎の視界に広がっているのは、戦いと呼ぶには一方的すぎ、破壊と呼ぶには整いすぎた――そんな、異様な光景だった。


ミニチュア都市は、精巧に作り込まれている。

街路は碁盤の目のように走り、建築物は用途ごとに配置され、砲座や防壁は緻密な計算のもとで構築されていた。

そこに配された兵士たちもまた、必死に役割を果たしている。

銃火が閃き、砲身が唸り、空気を裂くような轟音が次元の狭間に反響する。


――それでも。


それらすべてが、無慈悲な力の前では、等しく踏み潰されていく。

あまりにも淡々と、あまりにも静かに。


その惨状を見据えるほどに、八十郎の胸の奥では、名づけようのない焦燥が、じわじわと膨張していった。

勝っているはずなのだ。

いや、勝利はすでに確定している――そう断言してもよいほど、戦力差は歴然としている。


とはいうものの。

これから完全破壊される運命にあるミニチュア都市の姿と、自身の存在とが、どこかで不気味に重なって見えてしまう。


整然とした街並み。

必死に抗う兵士たち。

それらが、抗う余地すら与えられず、均等に、平等に、押し潰されていく様を見ていると、胸の奥で、嫌な想像が芽を出す。


――自分も、ああやって。

いつか、踏み潰される側に回るのではないか。


その思考は、言葉として形を結ぶ前に、得体の知れない恐怖へと変質していた。

なぜ、こんな感情を抱くのか。

剣豪である八十郎自身にも理解できず、思わず首を傾げたくなるほどだった。


とはいうものの――

それでもなお。


彼は、敵であるはずの守備隊を、心の底で応援せずにはいられなかった。


≪そんな生ぬるい攻撃で、どうにかなると思っているのか……?

 魔女は、妖刀村正を、軽く、素手で受け止めた生命体だぞ。

 核兵器だ。奴を破壊するためには、核兵器以上の火力を――

 叩き込まなければ、無理に決まっているだろ!≫


吐き出される声は、苛立ちと焦燥を孕み、次元の狭間に虚しく反響した。

自分に言い聞かせているのか、それとも誰かに向けた警告なのか。

その区別すら、もはや曖昧だった。


『自由なる建築家』が豪語するだけのことはある。

要塞都市の火力は、確かに凄まじい。

砲火は間断なく降り注ぎ、ドドドドッ、と空気を震わせ、地表を穿ち、都市全体が一個の兵器であるかのように振る舞っている。


ものの――

そのすべてが、致命打にはなり得ていない。


今の状況を無理やりゲームに例えるなら、序盤の街に、レベルMAXのラスボスが殴り込んできているようなものだった。

どれほど迎撃しても、削れるのは表層ばかり。

体力ゲージは、ほとんど動かない。

本体は、びくともしないのである。


≪マジで……いい加減にしろよ。

 魔女本人がいないっていうのに、なんでここまで圧倒的なんだよ……≫


吐き捨てるような呟きが零れた、その瞬間だった。


『運命の戦車』が、都市外周を固めていたバリゲートを――

ガガガガッ、と金属が悲鳴を上げる音とともに粉砕し、ミニチュア都市内部へと侵入した、まさにその瞬間。


―――――――『運命の戦車』が、自爆した。


爆音は、ない。

衝撃波も、存在しない。


ただ、次元回廊の天井――およそ100mはあろうかという高みまで、一本の火柱が、すっと突き上がった。

音もなく、静かに。

しかし、圧倒的な存在感をもって。


熱が、ない。

つまりそれは、燃えているにもかかわらず、熱を発していない炎だった。

視界が歪むこともなく、空気が揺らぐこともない。

それなのに、本能が、警鐘を打ち鳴らす。


――触れてはならない。

――関わってはならない。


『自由なる建築家』が勢力を広げていたミニチュア都市全域へ、

冷たい炎が、一気に流れ込んでいく。


侵略すること火の如く。

まさに、その言葉をそのまま写し取ったかのような光景だった。


直径40mにまで広がっていた都市の地表を、冷炎が舐め尽くす。

ズズズ……と、音なき侵食。

建築物が、兵士が、装甲車が、

区別も、抵抗も、慈悲もなく、すべてを平等に飲み込まれていく。


戦闘は、スローモーションのように引き伸ばされる。

崩れ落ちる壁。

逃げ惑う影。

悲鳴すら上げる間もなく、存在そのものが薄れていく瞬間。


時間にして、ほんの一瞬。

火柱が立ち上がってから、まだ10秒も経過していない。

それにもかかわらず――


都市中央に立つ、背の高い黒魔術士。

『自由なる建築家』の周囲には、何本もの火柱が、まるで猛獣の群れのように立ち並び、踊り狂っていた。


ゴウ……ッ。

無音の咆哮が、空間そのものを押し潰す。


完全包囲。

逃げ場は、どこにもない。


八十郎は、この結末を、どこかで予測していた。

理屈では理解していたはずだった。

とはいうものの、その光景を現実として突きつけられた瞬間、背筋を冷たい何かが、すっと駆け抜ける。


≪魔女には……ここまでの未来が見えていたっていうのか。

 自由なる建築家と名乗る黒魔術士も、それなりの手練れだったはずなのに……≫


やがて。

黒魔術士の断末魔が、かすかな悲鳴となって響き渡る。

それは、叫びと呼ぶにはあまりにも弱く、嘆きと呼ぶには短すぎた。


しかし、その声は、冷炎に掻き消される。

存在そのものが、上書きされるように、塗り潰されていく。


――『自由なる建築家』。

運命の戦車の炎により、死亡を確認。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ