第34話 自由なる建築家②
『自由なる建築家』と名乗る黒魔術士の表情から、余裕が消えていた。
それまで丁寧語で統一されていた言葉遣いが、いつの間にか崩れている。意識して変えたのか、それとも焦燥が滲み出た結果なのか。どちらにせよ、彼の内面に揺らぎが生じていることは明白だった。
背の高い神父の言葉に呼応するかのように、ミニチュア都市の内部がざわりと蠢く。
ガコン、ガコン――
鈍く、重たい金属同士が擦れ合う音が、低く地面を這うように響いていた。
歯車が噛み合うその不快な音は、耳だけでなく内臓の奥まで震わせる。
ミニチュアサイズの建物の影。
路地の奥。
地下構造物の裂け目。
そこから、3cmにも満たない大きさの装甲車に酷似した物体が、まるで堰を切った水のように一斉に溢れ出してくる。
ガシャリ、ガシャリ、と履帯が舗装を噛み砕き、アスファルトの欠片を撒き散らしながら前進していた。
作り物のはずの兵器群が、なぜか“戦場”としての重みだけは、異様なほど本物めいている。
いつの間に建設されたのか、記憶にないヘリポートでは、5cmサイズとなるプロペラ式ドローンが回転を始めていた。
キィィ……という高音から、次第にババババッ、と空気を切り裂く低音へ。
回転数を上げるにつれ、周囲の空気が震え、地面の砂埃がふわりと舞い上がる。
ドローンは、今にも宙へと浮かび上がろうとしている。
さらに街路の各所から、蟻粒サイズの歩兵部隊と思しき人型の影が、わらわらと湧き出すように姿を現した。
その動きには無駄がなく、規律と統一感がある。
顔は無機質で、感情の欠片も感じさせない。
作り物――そう分かっているはずなのに、戦場特有の張り詰めた空気だけは、生々しいほどに肌を刺してくるのだった。
八十郎は、その光景を視界の端で捉えながらも、背の高い神父が口にした言葉を、頭の中で何度も反芻していた。
――『無限に広がり続ける』。
その表現が、どうしても引っかかる。
喉に刺さった小骨のように、飲み込もうとしても、どうにも収まらない。
純血の魔女でもない限り、“無限”という概念が現実に適用されないことくらい、彼にも分かっていた。
だからこそ、神父は嘘を吐いているのではないか、という疑念が浮かぶ。
とはいうものの、その真偽を突き止めることに、剣豪としての彼は大した意味を見出していなかった。
親父にとって重要なのは、ただ一つ。
六惺が――魔女が、何を考えているのか。
それだけなのだ。
⸻
≪魔女は一体、なにを考えているんだ。
普通にこの状況を考えれば、このまま何もしなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。
魔女は“何もしなくていい”と言っていた。
だが、もしかして……俺を見殺しにするつもりなのか。
いや、そんなはずはない。
そもそも俺のことなんて眼中にないだろう。
俺を殺す意味なんて、1%もないはずだ。
とはいうものの、未確認生命体みたいな魔女が、何を考えているのか分からないのも事実……≫
⸻
背の高い黒魔術士を中心に、ミニチュア都市は拡張を続けていた。
建造物は増え、道路は枝分かれし、構造物同士が互いに噛み合うように配置されていく。
その直径が、およそ40mに達した頃合い――だったのだろうか。
―――――――――――その瞬間。
剣豪の足元で、地面がわずかに盛り上がった。
ほんの数cm。
だが、その違和感は、致命的な予兆として明確だった。
ゴリッ。
鈍い音とともに、異物が地表を押し上げる感触が伝わる。
次の瞬間、そこから姿を現したのは、明らかにこの場に存在してはならない物体だった。
大きさは、野球ボールほど。
鉛色の鈍い光沢を放つ物質で構成されており、その形状は――戦車。
砲塔、履帯、装甲。
すべてが歪で、不格好でありながら、どこか異様な完成度を帯びている。
凝縮された殺意が、形を得たかのようだった。
【運命の戦車(semita fatum chariot)】
それは、六惺が九重と同様に、八十郎の体内へと仕込んでいた“爆弾”である。
妖刀・村正を手に握る親父にとって、魔女が創り出すこの種の代物を見るのは初めてだった。
当然、それが『運命の戦車』などという名を持つ存在だとは、知る由もない。
だが――。
その異物が、極めて物騒な存在であること。
そして魔女が、自身の体に何らかの細工を施していたこと。
それらを彼は、理屈ではなく、本能で理解していた。
ジリ……ジリ……。
ドローンにも似た、微細で耳障りな振動音を立てながら、『運命の戦車』は動き出す。
速度は遅い。
だが、その一歩一歩には、確かな意思が宿っている。
進路はただ一つ――『自由なる建築家』と名乗る男へ。
⸻
≪魔女の奴……。
『ロレンチーニ』の魔術回路が活性化すると言いながら、俺の体を触ったあの時だな……
こんなものを仕込んでいやがったのか。
なんて物騒な女なんだ。
これで、ミニチュア都市を破壊するつもりなのか。
つまり、はじめから……ここへ来るつもりは、無かったということなのか……≫
⸻
『運命の戦車』が侵攻を開始するその姿を目にした瞬間、植え付けられていた恐怖心が呼び覚まされたのだろう。
剣豪は自覚のないまま、一歩。
さらに、もう一歩と後退していた。
ザリ……。
足裏が地面を擦る感触すら、どこか現実感を欠いている。
まるで自分の体を、少し離れた場所から眺めているようだった。
『自由なる建築家』と名乗る黒魔術士もまた、突如として現れた異形の戦車に、視線を釘付けにされている。
それが、ただの置物ではないこと。
明確な破壊衝動を内包した存在であること。
彼もまた、一瞬で察知していた。
意味のない言葉が、喉を突いて飛び出す。
理性が追いつかず、声だけが先行する。
「殺し屋!
そのガラクタは……一体、何なんだ!
まさか……私の自由都市を、それで破壊するつもりじゃないだろうな!」




