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最終到達地点 ~ギルド会館の管理人〜  作者: ヨシムラ


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第25話 絶対なる支配者②

まだ朝方であるにもかかわらず、空気は既に熱を帯び、気温は30℃近くにまで達していた。蒸し暑さが街を包み込み、川のせせらぎや子供たちの声、路上を走る車のエンジン音が、混ざり合うように耳に届く。小学生たちが無邪気に学校へ向かう姿。その傍らで、通学路を見守る大人たちが立っている。しかし、全員の瞳は虚ろで、表情からは生気が失われ、まるで空洞のように活気のない存在となっていた。


その光景の中に、異様な影が存在していた。黒衣を纏った肥満体型の神父。誰が見ても、そこにあってはならない異物のように、街の景色に不自然に溶け込んでいる。


彼の二つ名は『絶対なる支配者』。

種族は――ロリコン。

趣味は——女子小学生への悪戯。

言うまでもない。

人々が本能的な恐怖と、生理的な嫌悪を同時に抱き、無意識のうちに視線を逸らし、距離を取ろうとする――そういう類の存在であった。


年齢はすでに30歳を越えている。

背丈はおよそ180㎝。数値だけを見れば、ごく平均的な成人男性にすぎない。

だが、その数字が想起させる像と、実際に眼前に存在する“それ”との間には、決定的とも言える乖離があった。


蒸し暑い空気に満ちたその場で、男の顔面はじっとりと汗に濡れている。

脂を含んだ汗は光を鈍く反射し、膨れ上がった頬は重力に逆らえず、だらしなく垂れ下がっていた。

二重顎――いや、もはや“二重”という表現では足りない。幾重にも折り重なった肉の層が首元を覆い隠し、境界を曖昧にしている。


身体は150㎏を優に超える肥満体型。

肉という肉が衣服の内側で押し合い、圧迫し合い、呼吸のたびに、ぶよぶよ、と不快な揺れを生む。

その揺動が、まるで生き物のように遅れて伝わる様は、見る者の内臓をじわりと締め付けた。


――誇っているのか。

ふと、そんな疑問が脳裏をよぎる。


いや、誇る、という言葉は正確ではないだろう。

それは誇示でも自慢でもない。

支配欲。歪んだ自己満足。そして長年にわたり際限なく肥大化し続けた欲望。

それらが肉体という器を得て、限界まで膨張した末の“結果”にすぎなかった。


彼が操るのは黒魔術。

禁忌とされる『領域支配』。


恐怖という言葉ですら、生温い。

領域内に存在するすべての者――子供も、大人も、知性の有無も、精神の強度すら関係なく。

記憶を書き換え、意識を塗り潰し、思考を上書きする。


気づいた時には、すべてが終わっている。

自分が操られているという自覚そのものを奪われ、疑問すら抱けないまま、笑い、動き、命令に従う。

目の前にいる相手でさえ、例外ではない。

この領域に足を踏み入れた時点で、すでに“支配される側”なのだ。


絶対なる支配の力。

彼はそれを一度として疑ったことがなかった。

とはいうものの、それは慢心ではない。経験に裏打ちされた確信であり、成功体験の積み重ねだった。


だからこそ、今日もまた、彼は待ち構えている。

自身の領域へと干渉してくる愚か者が、恐怖に沈み、思考を失い、跪くその瞬間を。


だがしかし

自らの能力を根底から脅かす“天敵”が、すでにこの場へと足を踏み入れていた――

静かに、確実に、逃げ場を断つように接近していたのである――


――ざわり。


空気が、揺れた。

黄色い髪が太陽光を跳ね返し、鋭く輝く。

風に煽られて揺れるその色彩は、この完璧に閉じた支配世界にとって、あまりにも異質だった。


不協和音。

調律されたはずの支配領域に、ぴしり、と目に見えぬ亀裂が走る。


二人の距離は20m。

互いに動かぬまま、ただ空気だけが張り詰めていく。

捕食者が獲物に飛びかかる、その直前。

足音ひとつ、呼吸ひとつでさえ、戦慄となって空間を震わせる。


――ごくり。

喉が鳴る音が、異様なほど大きく響いた。


その女――九重。

人狼であり、拳闘士グラディエーター


幾度となく血と死線を越えて鍛え抜かれた肉体には、無駄という概念が存在しない。

引き締まった四肢。

しなやかに連動する体幹。

巡る血流は鋼のように強靭で、内に秘めた怒りの熱を、ぎりぎりのところで抑え込んでいる。


年齢も身長も、『絶対なる支配者』とほぼ同等。

ものの、並べて立てば、同じ“人型”であることすら疑いたくなるほど、その在り方は対照的だった。


純血の魔女の命を受け、彼女はこの領域に足を踏み入れた。

使命。

それは九重にとって、疑う余地のない行動理由であり、迷いを挟む余白など存在しない。


全身の血液が、ぐつぐつと怒りに煮えたぎる。

アドレナリンが末端まで駆け巡り、筋肉が、ぴくり、と微細に震えた。

本能が告げている。

――倒せ。今すぐ、ここで。


少女達を平然と危険に晒す存在を前に、理性はすでに凍結していた。

残っているのは、獣の直感と、揺るがぬ決意だけである。


黒魔術士――いや、正確には彼自身にその自覚はないのだろう。

自分の領域内では、すべてが思い通りになる。

そう信じて疑わない。


ものの、九重という存在は、その確信に、静かだが確実な亀裂を刻み込んでいた。


≪誰だ……この女は≫

≪敵か、それとも――≫

≪なぜ、俺の領域を侵す……≫

≪貴様のような存在は、俺の帝国には不要だ!≫


怒りが、どっと溢れ出す。

思考は濁流に飲み込まれ、理性は煙のように霧散していく。

残ったのは、純粋で、濃厚で、制御不能な憤怒だけだった。


だが、それでも理解している。

――只者ではない。


150㎏を超える肥満体型の男。

しかし血筋だけは由緒正しい魔術士家系の出であり、その実力も紛れもなく本物であった。


500年に一度の鬼才と評された人物に才能を見出され、禁忌の魔術を学び、

そして――歪み切った執念を糧に、『領域支配』という黒魔術を完成させた。


領域内での支配力は、精神力を極限まで鍛え上げたハイレベルの魔術士ですら耐えきれない。

それほどの力だ。


にもかかわらず。

正気を保ったまま、じりじりと距離を詰めてくる九重の姿は、未知であり、理解不能であり、そして――確かな脅威だった。


≪この俺の『支配領域』で、なお正気を失わずにここまで迫るとはな……≫

≪やはり、ただの人間ではあるまい≫

≪だが、俺の魔術は完成している≫

≪完全無欠――破られるはずがない≫

≪干渉した代償は、必ず支払わせる……≫


――ぐちゃり。


肥えた指が、強く、歪に握り締められる。

肉と肉が擦れ合う、不快な音。


≪必ず……殺してやる≫

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