第24話 絶対なる支配者①
テーブルクロスを一気に引き裂いたかのように、漆黒の夜は跡形もなく消え去り、鋭く、容赦なく街を照らす朝日がその輪郭を際立たせていた。川沿いに並ぶ建物たちは統一感のないパズルのピースを寄せ集めたように、規則性のないリズムを作り出し、太陽の光を受けた水面は波模様に揺れながら、銀の粒を散らしたようにきらめいている。
蟻たちが巣穴からぞろぞろと這い出してくるように、道路には人々や車の姿がじわじわと現れ始めている。アスファルトから放たれる昨日の熱はまだその余韻を残しており、太陽が昇り始めた時間帯にもかかわらず、額や首筋にじわりと汗が滲み、重力に従って落ちていく。
街はいつも通りのテンポで動き、子供たちは通学路を軽やかに歩き、靴底が地面を叩く「カツッ、カツッ」という音が路地に反響していた。しかし、そんな日常の光景の中に、明らかにあるべきではない異物が紛れ込んでいた。
その異物――視線を注ぐ先にいたのは、集団登校中の女子小学生たちである。まるで獲物を狙う捕食者の眼差しで、男は彼女たちをじっと見つめていた。風船のように膨らんだ体型は街の光景の中で不自然な影を落とし、他の人々の足音や車の音をかき消すような存在感を放っている。
年齢は30歳を少し過ぎた頃。身長は180㎝前後でありながら、その重量は150㎏を優に超えるだろうか。気温はすでに30℃近く、太陽光に照らされるフグのように膨らんだ顔からは、とめどなく汗が吹き出している。黒い聖職者の衣服に包まれた全身は、布の下で膨れ上がった異様な体躯をさらに強調し、威圧感は自然の重力を帯びるかのように、周囲の空気を押し潰すほどだった。
この男――神父
――の二つ名は『絶対なる支配者』。
種族は“キモデブ”。
好物は“女子小学生”。
魔術は『領域支配』である。
彼の魔術は、一定範囲を完全に支配する力を有し、その中では誰一人として逆らうことはできない。領域内において、彼こそが絶対であり、人類最強――まさに名に恥じない“絶対なる支配者”と呼ぶに相応しい存在であった。
彼は黒魔術士教会の最精鋭の一角となる黒魔術士であり、500年に1人の鬼才と称される枢機卿が、純血の魔女から“アルカイックレコード”を強奪するための手駒として呼び寄せた者だ。しかし、膨れ上がった肥満体型の神父は、枢機卿の権威など軽く見ており、命令に従うつもりは微塵もなかった。
キモデブの黒魔術士は名門魔導士の家系に生まれ、幼少期から太っており、気の弱さと素直さのなさが入り混じった性格を持っていた。魔術士としての資質は血筋に依存する部分が大きく、彼の家系は申し分ないものであったため、幼い頃から魔術回路は順調に体内に構築されていた。とはいうものの、18歳の時に性欲の制御が効かなくなったことを契機に、起こるべくして事件が起きてしまった――。
その罪とは、平穏な日常を送る一般人の———女子小学生を拉致し、監禁したという、社会的に許されざる所業であった。本人もその重大さは理解していたはずなのだが、それでもなお、いわゆる“ロリコン”という歪んだ嗜好に従い、性犯罪を犯してしまったのである。
仲間の魔術士たちはその行いを決して見過ごすことはなく、彼に課せた罪は、魔術回廊の破壊、という過酷なものであった。魔術回廊とは、魔術士としての存在そのものを支える生命線のようなものであり、それが破壊されるということは、もはや魔術士として機能することができなくなる、という意味を内包しているのである。
そして、キモデフが絶対絶滅の瀬戸際に立たされたとき、頼るべき唯一の存在として目を向けた先こそ、『黒魔術士教会』の枢機卿であった。
黒魔術士教会とは、魔術至上主義の極みにある組織であり、禁忌と呼ばれる研究に没頭する、世界で最も狂気に満ちた者たちが集う場であった。世間からは犯罪組織として認知されている者たちの集団であるにもかかわらず、500年に一人と言われる鬼才――枢機卿を筆頭に、経験と才能を兼ね備えた手練れの魔術士たちが結集していたため、誰も手を出すことのできない、文字通り世界最強の戦力となっていた。
中でも、ある黒衣のキモデブは、幼女への性加害という卑猥な欲望を原動力として、眠っていた才能を異常なまでに開花させることとなる。枢機卿のもとで禁忌とされる『領域支配』なる魔術を創造することに成功し、その才能はすでに常軌を逸していた。彼は戦力として価値ある存在であったに違いないものの、ロリコンデブ自身にとって枢機卿は恩義の対象ではなく、あくまで自身の目的を果たすための“利用可能な駒”であった。
≪枢機卿は俺を利用しているに過ぎない。だから俺も、この能力を存分に発揮するために利用させてもらうだけのこと≫
キモデブの心中には、冷徹な計算と狂気じみた好奇心が入り混じっていた。
その黒衣のロリコン魔術士は、朝の小学校の校門前に集まる異国の女子小学生たちをじっと観察していた。彼の目は獲物を捉える猛禽のように鋭く、呼吸の一つひとつが計算された緊張感を帯びている。周囲の空気は張りつめ、通学路の見守り隊の大人たちは一見無関心であるかのように立っているものの、すでに男の黒魔術による『支配下』に置かれており、彼の動きの一挙手一投足を阻止できる者はいなかった。
枢機卿からは、命令があるまでは絶対に行動を起こすなと厳命されていた。とはいうものの、男にとってその命令は縛りにはならず、彼は己の能力を試すべく、計算された違反行為に没頭していた。黒衣を纏ったキモデブは、まるで呼吸するかのように更なる魔術の発動を準備し、張りつめた緊張の中で己の力を解放する瞬間を待っていたのだ。脂汗が額を伝い、心臓の鼓動が耳元でこだまし、息遣いはまるで激しい運動の後のように荒く、周囲の空気を震わせていた。
彼の視線の先には、まだ無垢な女子小学生たちの影が揺れている。ロリコン魔術士を前に、街の空気は密度を増し、時がわずかに引き伸ばされたかのように、すべての動きがスローモーションで描かれているかのようであった。
ところが、目の前に立ちはだかる存在があった。
黒衣の神父――ロリコンデブの支配領域内に——異物となる女が侵入していたのだ。
まばゆい黄色い髪を風に揺らす屈強な戦士・九重である。
最強種族の人狼であり、近接戦闘における絶対的な拳闘士。その瞳は鋭く、冷静そのもので、神父の領域内であるにもかかわらず、彼女だけは正気を保っていた。
まるで時間が引き伸ばされ、音が遅くなったかのような、あの瞬間――
「……異物か」神父の低い声が、重苦しくもどこか不気味に響く。ロリコン神父にとって、九重の存在は許しがたい異質そのもの。
九重は微動だにせず、体の芯から、指先に力を込め、拳に魂を込め、全身から戦意をほとばしらせる。次の瞬間、世界は戦場に変わる――いや、既に変わっていた。砂埃が舞い、床材が軋む音が耳に届き、空気の震えが肌を撫でる。
「……行くぞ」彼女の声は微かに震え、しかし確固たる決意を含んでいた。
次に起こるのは、生死を賭けた戦い。
最強種族の九重と、天才魔術士であるロリコン神父との対決は、今まさに決着の刻を迎えようとしていた。




