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最終到達地点 ~ギルド会館の管理人〜  作者: ヨシムラ


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第23話 黒魔術士教会の枢機卿

通勤や通学の波が街を満たし始める時間帯。真夏の太陽は容赦なく街路に降り注ぎ、アスファルトやコンクリートの表面からは、まるで蒸気のように熱波が立ち上がっていた。既に気温は30℃近くに達しており、空気そのものがねっとりと重たく、呼吸するだけで肌にまとわりつく熱さを感じさせる。人々の足音はざわめき、低く響く自動車の排気音、遠くで響く工事の金属音と折り重なり、昼の喧騒に押されるかのように、都市そのものが息を吐いているようだった。風がほとんどないため、太陽の熱は街全体を緩慢に包み込み、まるで空気が揺らめくほどの静かな暴力を放っている。


古びた雑居ビルの一角。空き店舗が並ぶ薄暗い通路を抜け、室内に足を踏み入れると、外界の喧騒が壁や天井を伝って微かに反響する。埃の匂いが鼻腔をくすぐり、長年放置された事務所の空気は、時間そのものが停止したかのように静まり返っていた。机や椅子は無造作に置かれ、棚の中には書類が無秩序に積み重なり、分厚い埃が静かに覆いかぶさる。かすかに軋む床板の音が、まるでこの静寂を確認するかのように響き渡った。そこには、古びた時計の針すら止まったかのような、異世界に迷い込んだような感覚がある。


その静寂を破るかのように、2人の黒魔術士の姿が室内にあった。

不法侵入であることは明白である。とはいうものの、彼らにとってそれは些細な問題に過ぎない。


1人は黒魔術教会の枢機卿。500年に1人の鬼才と称される男で、年齢は30、背丈は170cm前後。神父専用の黒衣を纏い、やせ細った体からは異様な気配が滲み出していた。腕や足は異様に細く、しかし異様なまでに突出した眼球がぎょろりと光を反射し、まるで周囲のあらゆるものを貪り尽くすかのように視界を貫いている。禁忌とされる死霊使い、《ネクロマンサー》の名を持ち、異世界の魔獣と契約しているという噂さえ囁かれている。


枢機卿は埃まみれのソファにゆっくり腰を下ろす。手にしたコンビニ珈琲のカップを唇に寄せ、ゆっくりと液体を啜る。カップの縁に触れる唇の感触、喉を通る液体の音、そしてほのかに漂う焙煎の香りが、静寂の中で異様に生々しく響き渡った。時間が止まったかのような空間で、彼の一挙手一投足だけが、まるで秒針のようにかすかに時を刻んでいる。まるで世界の終焉を予感するような静けさであった。


もう1人は、枢機卿が最も信頼を置く黒魔術士、通称「千里なる数学者」。年齢は40を超え、身長は190cm近く。黒衣を纏いながらも、その均整の取れた顔立ちと整った体型は、周囲の空気を自然に支配する存在感を放っていた。千里眼のような鋭い視線は、あらゆる情報を吸い込み、魔導書を通して現実世界の状況を逐次書き込むかのように動いている。


千里なる数学者は、既に禁忌の領域に足を踏み入れ、「人の生命を媒介」にして失われた黒魔術を復活させる行為を成し遂げていた。彼らの属する黒魔術士教会には、魔術の極致以外のタブーなど存在せず、外道や凶悪犯罪者とされる者たちでさえ集まる集団である。彼らがこの街にいる目的は明白であった


――————六惺が所有するとされる『世界の秘宝——アルカイックレコード』の強奪である。


枢機卿は、この都市の片隅にある古びた事務所の奥で、世界最強と謳われる精鋭部隊を待機させていた。その呼び寄せた精鋭とは、黒魔術の極みに立つ者たちであり、俗に『絶対なる支配者』、『不敗なる魔術士』、『自由なる建築家』と名乗る三名である。いずれも異常な才覚と魔力を備え、その名が示す通り、単なる戦闘力の高さに留まらず、彼らの存在自体が戦局を支配するほどの威圧感を放っているのだ。


千里なる数学者は、魔導書を介して三名の動向を逐一確認していた。ページに刻まれた文字は、まるで生き物のように微かに蠢き、対象の位置、動き、状況を余すところなく映し出す。ひとつひとつの文字は、現実世界の断片を精密に切り取った小さな窓であり、眺めるだけでその場の空気感や魔力の揺らぎまで伝わってくるのだった。


「枢機卿。予定通り、不敗なる魔術士と自由なる建築家の二名が、聖魔術士教会の者を発見しました」


聖魔術士教会――黒魔術士教会に対抗するために設立された組織で、その構成員には『神聖力』が宿り、専用の魔具を自在に操る者たちである。枢機卿の潜入を察知し、この都市まで追跡してきたのである。つまり、精鋭部隊の二名が彼らを排除する手筈は完璧であり、千里なる数学者が算出したその成功確率は、驚くべきことに100%であった。


枢機卿は二名の働きについて、何ら不安を抱いてはいなかった。問題は、『絶対なる支配者』である。実力は群を抜き、誰も彼に敵わぬとされるが、性格には手を焼く要素があった。案の定、魔導書に刻まれた文字が、微かに不規則に揺れ始める。


「枢機卿。予期せぬ事態が発生しました」


その声に、枢機卿の眉に一瞬、深い皺が寄る。しかし、彼の身体は微動だにせず、ただ静かに珈琲を啜るのみであった。次の報告を待つその態度には、計り知れぬ余裕と冷徹さが滲み出ている。部屋の空気は、まるで時間そのものが緩やかに押し潰されるかのように重く沈み込んでいた。


「絶対なる支配者が、敵と接触した模様です」


その瞬間、室内の空気が微かにざわめき、床板の軋む音がわずかに大きく響いた。外界の喧騒とは異なる、死の気配を孕んだ緊張が、部屋全体を包み込む。まるで時間の流れがねじ曲がり、空気の密度が増すかのようだ。枢機卿の視線は揺るがず、静かな珈琲の香りの向こうで、戦局の行方を冷徹に見定めているかのようであった。

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