表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終到達地点 ~ギルド会館の管理人〜  作者: ヨシムラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/27

第16話 剣豪 vs 拳闘士①

真っ青な空から、太陽光が一直線に落ちていた。

逃げ場など、最初から存在しない。

雲はない。影もない。

ただ白く、ただ鋭く、ただそこに“ある”だけの光が、無差別に地上を焼いている。

湿度は、ほぼ0。

空気は完全に乾ききり、息を吸うたび、喉の奥がきし……と微かに鳴いた。


――5万人は、軽く収容できるだろうか。


闘技場は、360度すべてを包囲するように、アリーナ型の観客席が幾層にも、幾重にもせり上がっている。

巨大な円環構造。

視線を一周させるだけで、首の筋肉が悲鳴を上げそうなほどの規模だった。


ここは、純血の魔女・六惺が創生したコロッセオ。


西暦80年、ローマ帝国が築いたとされる闘技場を原型としながら、構造、比率、空間配分、そのすべてが異様なまでに忠実――いや、過剰なほどに“理想化”されている。

だが真実は逆。

こちらが本物であり、ローマに建てられたものこそが、模倣に過ぎなかった。


見上げれば、抜けるような青空を背景に、鳥の群れが円を描いて飛んでいた。

ばさ……ばさ……と羽ばたく音が、距離感を狂わせる。

実際よりも、ずっと近くで鳴っているように錯覚させるのだ。


とはいうものの、あの空は外界。

こちら側ではない。


触れられそうで、決して触れられない向こう側。

このコロッセオが存在する空間は、街中と隣り合うように重なりながら、完全に分断された位置に固定されている。


近い。確かに近い。

ものの、致命的なまでに遠い。


一般人が偶然迷い込むことは、不可能。

意図され、選ばれ、導かれなければ、足を踏み入れることすらできない。

それが、この闘技場という場所であった。


観客席の一角。

そこに、黒髪の美少女が1人、静かに腰を下ろしている。


純血の魔女、六惺。


だが彼女は、つい先ほど始まったばかりの戦闘に、まるで興味を示していなかった。

視線は闘技場の中央へは向かず、膝の上のタブレットに落ちている。


すっ……すっ……と指先を滑らせながら、淡々と文字と図式を書き連ねていく。


――魔術回路で設計した太陽炉。

それを、人類文明の水準まで落とし込み、設計図として再構成している最中だった。


六惺が生まれ落ちた使命には、人類を“適切な方向”へ導く役割が含まれている。

世界の記憶と未来が刻まれた『アルカイックレコード』に従い、人の進化を補助する存在。

それが、彼女という魔女の定義であった。


もっとも、当の本人にその自覚はない。

誰かのために何かをしている、という感覚は、微塵もない。


「面倒くさい」

「うざったるい」


その程度の感情だけを胸の奥に沈め、使命を“処理”しているに過ぎなかった。

やっていることは世界規模。

とはいうものの、心の温度は、驚くほど低い。


六惺の隣には、使い魔である1羽の烏が止まっている。

くぁ……と低く鳴き、首を傾げた。

他に観客の姿はない。虫の羽音すら存在しない。


しん……と、時間そのものが停止したかのような静寂。

時折、闘技場を抜ける風が、ひゅう……と低く唸り、石壁を撫でていくだけだった。


その闘技場の中央。

2人の男女が、互いの間合いを測りながら対峙している。


距離、15m。


男の名は、八十朗。

身長170cm。

種族――40過ぎの親父。


休日は家族に相手にされず、パチンコで時間を潰す。

どこにでもいそうな、冴えない中年男性。

見た目だけを切り取れば、それ以上でも、それ以下でもない。


とはいうものの、実態はまるで違う。


彼は、数々の秘儀を自在に操る剣豪だった。

ガンマンを相手取っても、空間把握能力で弾道を読み切り、必要とあらば――

音速3で飛来する弾丸すら、カァン……!と叩き落とす。


体内に収められた妖刀・村正もまた、意思を持つ存在であり、

魔女の血を渇望しているという。


そして、もう1人。


名は、九重。

身長180cm超。

種族は、人狼。


肉体はアスリートの限界まで鍛え上げられ、筋繊維は常に張り詰めている。

一歩踏み出すたび、地面の空気がびり……と震える。

圧倒的な運動能力を武器とする、近接戦専門の拳闘士(グラディエーター)だった。


このコロッセオのどこかに、想像もつかない財宝が眠っているのではないか――

そんな期待が、じわじわと膨らんでいた。


とはいうものの、本来の目的は別だ。

奪われた24金を取り戻すこと。

そのためには、目の前の男――八十朗に勝たねばならない。


鋭い瞳が、40過ぎの剣豪を捉える。

一歩、二歩……と距離を詰めながら、九重は相手を観察していた。


≪あれが、伝説と呼ばれる殺し屋か。

妖刀村正で戦うと聞いていたが……刀を持っているようには見えない。

まさか、この私と素手で戦うつもりなのか。

体格だけを見れば、力も速度も体力も、私には及ばないだろう。

魔力らしきものも感じない。

だが……異能を持っていると考えておくべきか。

とはいうものの、初見で私が負ける要素は、ないだろう≫


第一印象は、ただの親父。

伝説級の殺し屋に付きまとうはずの圧も、殺気も、感じられない。


その違和感を抱えながら、九重の脳裏には、

純血の魔女との戦闘の記憶が、じわり……と浮かび上がる。


男に媚びるような女の姿をした六惺に、

近接戦で完膚なきまでに叩き潰された、あの悪夢。


――見た目で判断してはいけない。


そう、自らに言い聞かせる。

この親父は、純血の魔女が“代理”として指名した存在なのだ。

その辺に転がっている中年男性であるはずがない。


九重は、八十朗に対する危険指数を、最大値まで引き上げた。


とはいうものの、相手は人間。

魔女とは違う。


力、速度、体力、五感――

すべてにおいて、人狼は人の限界を遥かに凌駕している。

よほど劇的な事態でも起こらない限り、圧倒できる。

そう、確信していた。


だが、その認識こそが、致命的な誤算となる。


一方、八十朗もまた、対峙する女の存在を静かに捉えていた。

業界では名の通った拳闘士。

烏から聞かされた情報も、その程度だ。

人狼であることすら、知らない。


孔子の兵法に、「百戦危うからず」という言葉がある。

敵を知り、己を知れば、百戦しても危険はない。


だが八十朗は、常に情報不足の戦場を生き抜いてきた。

理由は、ただ1つ。


彼は、突出した『空間把握能力』の持ち主だからである。


物体の位置、向き、大きさ、形状、速度。

それらすべてを、瞬時に、正確に捉える。

死角に潜む埃の揺らぎすら、見逃さない。


九重は、この戦闘で、

その能力の“本当の恐ろしさ”を、

骨の髄まで、味わうことになるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ