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最終到達地点 ~ギルド会館の管理人〜  作者: ヨシムラ


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第13話 ギルド会館①

天井高は10m強。

数値として把握した瞬間、首の裏にずしりとした重みが走った。反射的に顎を引き、もう一度、ゆっくりと視線を持ち上げる。するとそこには、単に「高い」という言葉では到底足りない、圧を伴った空間が口を開けていた。


視界の端から端まで、何も遮るものなく抜けている。その広さは体感的にテニスコート4つ分――いや、それ以上かもしれない。距離感が狂う。奥行きと高さが同時に襲いかかり、立っているだけで平衡感覚が揺さぶられるのだろう。


ひと息。

胸いっぱいに空気を吸い込む。

すう、と肺の奥まで流れ込んできたのは、冷えた清澄さだった。澱みのない空気が内側から身体を押し広げ、輪郭をなぞるように満たしていく。ここにいるだけで、自分という存在の小ささを否応なく突きつけられる。そんなスケール感である。


室内は、誰がどう見ても豪奢だった。

壁一面には細密な文様が隙間なく刻み込まれ、柱や梁には、ただの装飾とは明らかに異なる魔術的意匠が絡みつくように施されている。無意味な曲線はひとつもない。すべてが術式であり、すべてが意味を持っている――そう断言して差し支えない完成度だった。


窓は存在しない。

外界とつながる開口部は完全に断たれ、自然光は一切入り込まない。とはいうものの、不思議と閉塞感は感じられなかった。


理由は明白だ。

天井部に据えられた魔道照明が、昼と錯覚するほどの光量を放っている。白く、澄み切った光が床から天井の隅々までを満たし、影は落ちるべき場所にだけ、計算されたように存在していた。視界を乱すことはなく、むしろ空間を引き締めている。


時間感覚が、じわじわと溶けていく。

ここが朝なのか夜なのか、外は晴れているのか曇っているのか。そんな些細な情報が、どうでもよくなってくる異質な明るさだった。


ここは、純血の魔女が管理するギルド会館。

都市の中央に堂々と鎮座しているものの、その敷居を跨ぐことが許されるのは、魔女自身が認めた者のみ。無許可で踏み込めば、何が起きるか分からない。半ば聖域、半ば禁域。そう呼ぶのが相応しい場所である。


壁の一角には掲示板が設えられ、依頼書と思しき紙束が几帳面に貼り出されていた。端は揃えられ、歪みもない。まるで展示品だ。

だが、肝心の冒険者の姿は見当たらない。足音も、話し声も、鎧の擦れる音ひとつしない。


静寂だけが、ゆっくりと、しかし確実に空間を満たしている。

人の気配は、驚くほど希薄だった。


大判の石張りで仕上げられた床の上には、6人掛けのソファセットが等間隔に配置されている。訪問者がくつろげるように、という配慮なのだろう。

とはいうものの、その整然とした配置は、どこか威圧的でもあった。少しでも位置をずらせば、全体の均衡が崩れてしまいそうな、張り詰めた秩序が漂っている。


そのソファのひとつに、黒髪の美少女が独り、腰を下ろしていた。

背筋は自然に伸び、膝の上のタブレットを淡々と操作している。


カツ。

カツ。


指先が画面を叩く微かな音だけが、だだっ広い室内に吸い込まれ、やがて消えていく。その小さな音ですら、この空間では過剰に感じられるほどだった。


彼女の名は六惺。

純血の魔女である。


見た目は、あどけなさすら残る少女。

だが、その内側に眠るものは、人の尺度では測れない。測ろうとした時点で、すでに間違っているのかもしれなかった。


趣味は、外道をいたぶり殺すこと。

感情の起伏はなく、淡々と。まるで歯を磨くかのように、日課として。


六惺は、このギルドを護る使命をもって生まれてきた。

なぜ護らねばならないのか。その理由を、彼女自身は知らない。とはいうものの、知りたいという欲求自体が、最初から存在しなかった。


「そうするものなのだろう」


ただそれだけの感覚で、今日も明日も、変わらず使命を果たし続けているのである。


そのギルド会館で、ひとりだけ人間らしい疲れを滲ませた男が働いていた。

年下の管理職にこき使われていそうな、くたびれた親父。ギルドスタッフの一員だ。


名は八十郎。

年齢は40歳。


数々の秘剣を使いこなす剣豪であり、妖刀村正の使い手でもある。

先日入国したばかりだったにもかかわらず、何者かに呼ばれるようにこの都市へ足を運び、そこで純血の魔女と邂逅した。


抗う間もなかった。

斬った――そう思った瞬間には、すでに敗北していたのかもしれない。


六惺の使い魔である烏に導かれ、気づけばこのギルド会館に連れて来られていた。


――働かざる者、食うべからず。


そう言い放たれ、事情も理解できぬまま、なぜか働かされる羽目になった。現在は見習い期間中。

継続雇用か否かは、師匠兼ギルドマスターを名乗るその烏が決める、という話だった。


八十郎はこれまで、異能を操る猛者たちと幾度となく刃を交え、死線を潜り抜けてきた。

しかし、いつの間にか人生の目標を見失っていた。生きてはいるものの、ただ呼吸をしているだけの日々。


そんな折、幸か不幸か、六惺と出会ってしまった。


それまで積み上げてきた常識は、バキリ、と音を立てて砕け散った。

――それでも、いや、だからこそなのか。

胸の奥から、とうに忘れたはずの好奇心が、じわじわと湧き上がってきたのである。


八十郎は、この都市に残る決意を固めた。


現在は、烏の好意により、ギルド会館に住み込みながらスタッフとして働いている。



――――――



“”八十郎が、ここに来て3日目のこと“”


働き始めてからその間、客らしき者は誰ひとりとして現れていない。

とはいうものの、廃業寸前の宿のような寂れた空気は皆無だった。

清掃は隅々まで行き届き、床には塵ひとつない。家具や備品は年季こそ入っているものの、丁寧に磨かれ、使い込まれた重みだけが残っている。


それを支えているのが、ギルド会館で唯一、実質的に働いている存在だった。


名を『赤帽人形(レッドキャップ)』という。

別世界に存在する『バベルの塔』から生まれたとされるゴーレムで、背丈は160cm。赤い尖り帽子が特徴だ。


中肉中背の八十郎と比べると、ひと回り小さい。顔は明らかに作り物だが、姿勢や所作は人間そのもの。外国語を含め、あらゆる言語を操るエリートゴーレムである。


赤帽人形はギルドスタッフであり、八十郎の仕事の先輩でもあった。

性格は温厚で、物腰は柔らかく、常に丁寧。


かつては六惺と敵対する『バベルの塔の住人』だったものの、戦いを挑み、敗北。その後、使い魔の烏にスカウトされ、現在に至る。


建物内の管理は、すべて赤帽人形が担っていた。

八十郎にとって、人ならざる知的生命体と接すること自体が衝撃だった。とはいうものの、未確認生命体じみた六惺とすでに遭遇してしまっていたため、今では大抵のことを受け入れてしまう自分がいる。


扉の奥から響いてきたのは、異質な音だった。


ころ、ころ……。


キャリーバッグが床を転がる音。

否。転がる、というよりも、引きずられている。微かな抵抗が混じり、石床を撫でるたび、内部の重さがそのまま外へ漏れ出してくるような、不穏なリズムである。ころ……ころ……と、一定の間隔を保ちながら、音だけが先に近づいてくる。


やがて、姿を現した者とは純血の魔女であった。


片手で引いているキャリーバッグは、人狼からネコババした――“例のアレ”。


六惺本人は、いつも通りだ。

感情の読めないおすまし顔。背筋は真っ直ぐに伸び、歩幅も呼吸も乱れない。靴音ひとつ、余計な揺れひとつなく、淡々と前へ進んでくる。その姿だけを見れば、ただの買い出し帰りだと言われても信じてしまいそうだった。


――ものの。


その背後に、黒い影が、ぴたりと寄り添っている。


使い魔の烏。


艶やかな羽毛は光を吸い込み、輪郭さえも闇に溶かすほどの漆黒。鋭利な嘴は刃のように研ぎ澄まされ、黒曜石めいた双眸は、空間そのものを穿つかのように冷え切っていた。六惺の肩口に留まり、羽ばたくこともなく、微動だにせず、ただ周囲を睥睨している。


六惺がふらりと外出すること自体は、これまでにも何度かあった。

とはいうものの、こうして荷物を携えて戻ってきたのは、今回が初めてだ。


ましてや、烏である。

初日に顔を合わせて以来、その姿を目にした覚えはない。赤帽人形からは、こう聞かされていた。


――烏は魔女の眼。街中を飛び回り、特別な用事がなければ戻らない。


つまり。

今この場に烏がいるという事実そのものが、異常だった。


空気が、ぴん、と張り詰める。

その瞬間だった。


ばさり。


烏が小さく羽を揺らし、首を巡らせる。

黒曜石の眼が、寸分の狂いもなく、八十郎を射抜いた。


「剣豪か。久しいのう――息災であったか?」


「ええ。まあ……そうですね。おかげさまで、これといって変わりもなく」


「どうした。随分と硬い態度ではないか。ギルドマスターたる我を前にして、緊張しておるのか? 案ずるでない。もっと楽にしてよい」


「いえいえ、そういうわけではありません。ただ……3日前にお会いしたばかりで“久しい”と言われまして。どう受け取るべきか、少々判断に迷っただけです」


「ほーう。それはつまり、我の存在など、意に介しておらぬと申したいのか?」


「そのように解釈なさるのでしたら訂正します。烏さんの存在に、多少なりとも緊張はしております――たぶん」


「ほーう。我を前にしても、“多少”で済むというわけか?」


「もう一度、訂正させてください……もう少しくらいは、緊張しているかもしれません」


「剣豪。お前――我をおちょくっておるのか?」


「いえいえ。むしろ、どちらかと言えば……私の方が、いいように弄ばれている気がするのですが」


「ほーう。見事じゃな。やはり、察しておったか!」


「烏様。これ以上、ご用件がないようでしたら、私は業務に戻らせていただきますが」


八十郎は、逃げ道を探すように視線を逸らした。


「まー待て、剣豪。お前に一つ、実にビッグなニュースがある」


「……ビッグニュース、ですか?」


「そうだ。正真正銘のビッグニュースだ――どうだ、聞きたいであろう? うむ、特別に許してやろう」


「申し訳ありませんが……正直に申し上げて、そのビッグニュースは、あまり伺いたくありません」


「なぬ。なぜじゃ? どうして聞きたくない?」


「はい……非常に、嫌な予感がしますので」



「ほーう。嫌な予感、とな」


「はい。これ以上ないほどに」


「さすがは剣豪だ。その勘、実に冴えておる。残念ながら――お前にとって、ろくな話ではない」


「はー……やはり、そうでしたか」


「つまりだ。聞きたくなかろうが――容赦はせん。しかと教えてやる!」


びしり、と。

本当に空気そのものが鳴ったような錯覚が走り、八十郎の鼓膜が微かに震えた。


「……」


「剣豪。まずは、六惺が持ち帰ったキャリーバッグ――その中身を、己の目で確かめるがよい」


ころり。


床に置かれたキャリーバッグが、低く鈍い音を立てた。

沈黙の中で、それだけが異様な存在感を放つ。まるで中身が呼吸しているかのように、鼓動めいた気配を孕みながら、そこに鎮座していた。


――嫌な予感は、まだ始まったばかりだった。

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