母と娘
その関係は、いつも張り詰めた糸のようにぎしぎしと軋んでいた。
家の中には、母の金切声が日常の雑音のように響いていた。
母はよく理由もなく怒った。
「ああ、うるさいなぁ」
口癖のように吐き捨てるその言葉は、子どもの心を容易く踏みにじった。
テストで良い点をとっても、「あっそ」とだけ。
眉間に刻まれた皺の深さばかりが記憶に残り、褒められた記憶はどこを探しても見つからない。
門限に一分遅れただけで、家の鍵は閉ざされた。
中で灯りが揺れているのに、何度呼んでも扉は開かない。
家事も裁縫もせず、「仕事」と言っては家を空け、
週末は決まって自分の実家に帰っていた。
その異常さに気づけたのは、大人になってからだった。
それでも、幼い頃の私は母を愛していた。
叱られても、突き放されても、心のどこかで「抱きしめてほしい」と願っていた。
その願いは、ただ一度も叶わなかったけれど。
高校のある夜を思い出す。
両親はすでに離婚していて、悪天候に阻まれ家へ帰れず、ためらいながら母へ電話をかけた。
「来るはずがない」と思い込んでいた。
それでも一時間ほどして、母は車で現れた。
「乗りな」
ただそれだけの言葉。
嬉しかった。
しかし、胸の奥に芽生えた感情は言葉にならず、車内には無言の時間だけが流れた。
母は、あの時どんな気持ちだったのだろう。
なぜ、私はそれを確かめなかったのだろう。
思い返すたび、救われた心と許せない心とが交互に顔を出す。
母とは結局、どういう人間だったのか。
答えは最後まで見えなかった。
今、私は母になった。
小さく生まれた娘を腕に抱き、夜ごと「息をしている」と胸を撫で下ろす。
寝返りをした日、熱にうなされ泣きじゃくった日、よちよちと歩いた日。
その全てが、今も鮮やかに目に焼きついている。
だからこそ誓う。
私はあの人のようにはならない。
この子だけは、決して見失わない。
そう思いながら、今日も生きている。