表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻り令嬢は皇太子と婚約破棄して辺境王の許嫁になり国を救いましたが愛しているのは一緒に処刑された男です  作者: 赤林檎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/66

30.時と距離を越えて(3)

 ウルバンの身体を放したイェンスはひざまずき、ウルバンの少しざらついた肉球のある手をとった。

「君を我が正妻に迎えたいのだ。変な人間を二人も娶らねばならんが、そこは許してほしい。捨て置いて老嬢にするのも忍びないからだ。私の愛はいつも、君と我が友の上でだけ輝くと誓うよ」

 妻となった女性の元婚約者から求婚されたウルバンは、「ハフッ」と驚きの声を漏らした。


「レネーの姐御、今の鳴き声は『結婚してやる』ってぇ意味ですかい?」

「そんなわけないだろ! バカ言ってんじゃないよ!」

「へ、へぇ……。すんません……」

 ノルベルトが大きな身体を縮こまらせた。


「この子は男の子ですし、わたくしともう婚姻してしまいましたわ」

「男の子……! そうなのか……! 言われてみると凛々しくも見えるな」

 イェンスはウルバンの手を放して、立ち上がった。

「コリーナ、君の夫に姉か妹か従姉妹などはいるだろうか? 紹介してくれたまえ」

「いないはずですわね……」

「一頭くらいいるのではないか!? 多少年嵩でも幼くても、私は構わんぞ!」

「ワ、ワフ……ッ」

「ああ、すまない……。君を娶れないんだよ……」

 イェンスは切なそうな目をして、ウルバンの額を撫でた。まるで今生の別れのような抱擁をしてから、再びウルバンの目を見つめた。


「私はこれからパンデアージェン男爵領に行って、君のようにかわいい橇引き神狼の女の子を探そうと思う。あちらに着いたら、君にぴったりの橇を探して、君に贈ろう。我が友よ、女の子と勘違いしたことは、その橇に免じて許してほしい」

 イェンスはウルバンから離れると、ディートマーの前に立った。

 ディートマーは引きつった笑いを浮かべた。

 イェンスは軽やかにディートマーを抱き上げて笑いかけた。


「私が元皇太子だからと、そう緊張することはない。……ああ、それとも、私が父である皇帝を討ったことを聞いたのかな? そう怯えることはない。君が我が友を『皇帝に友など必要ない』と言って次々と射たりしない限り、我が魂が、君への復讐の炎で燃え盛ることはないからな」

 ディートマーはイェンスの腕の中で完全に動きを止めた。

 あちらこちらで交わされていたささやきが止み、重い沈黙が大ホールを覆った。


「チネンタル公爵が玉座の間に踏み込んだ時、兄上はもういなかったと聞いたが、すでにイェンスが討っていたということなのか?」

 エクベルトの問いに、イェンスがうなずいた。

「ええ、私です。私の幼き頃、父によって死を賜った、我が罪なき六頭の友の墓前に、六つに刻んで供えました」

「六つ……」

 コリーナはイェンスの腕の中でおとなしくしているディートマーを見た。コリーナの前世で六つに切り刻まれたのは、女性と勘違いされて連れ去られかかっている彼だった。


「帝位は私が継いでしまったが、良かったのかね?」

 エクベルトの声にはかすかな怯えがあった。

『武人の頂』とまで呼ばれるエクベルトが、イェンスに簡単に負けることはないだろう。だが、父親を討って刻んだ男の狂気を前にしては、恐怖にかられるようだった。

「『皇帝に友など必要ない』らしいのでね、私には帝位など不要です。ああ、でも、叔父上が先帝殺しの罪を問うて挑んでくるならば、受けて立ちましょう」

 イェンスは薄く笑って、腰から下げているファルシオンと呼ばれる剣を見た。優美な曲線を描きながら、先端にいくにしたがって幅が広くなっているその剣は、切れ味の鋭さで有名だった。


「皇后……、お前の母はどうしたのだ?」

「あの方は『鋼鉄の白百合』のパウリーネだけは討たせられないと言って、グンドゥラと『鋼鉄の白百合』と共に武装して、どこかに行きました」

「パウリーネ!? まさか『勇ましきビットラン一族』をお書きになった!? 殿下、そのパウリーネという方は、どちらに行かれたのです!? 方角だけでもわからないのですか!?」

 ギーゼラに問われ、イェンスは勢いに押され気味になりながら、「国内にはいると思いますよ」と教えた。

「ギーゼラ様、ご安心を。私にも動かせる者がいるので、そのパウリーネの行方を探します」

「ありがとう、シシー。わたくしも手を尽くします」

 ギーゼラとシシーは手を握りあった。万能薬であったユニコーンの角は、瀕死だったギーゼラとシシーのことも、すっかり元気にしていた。

「コリーナ、君のかわいい夫に、また会いに来ても良いだろうか?」

「もちろんですわ」

 イェンスとコリーナはほほ笑みを交わした。

 イェンスが口笛を吹くと、彼の猟犬たちがイェンスの元に集まってきた。


「よう、兄弟!」

 ノルベルトがイェンスに呼びかけた。

「兄弟……? 私のことか……?」

「俺はパンデアージェンのノルベルトだ! 俺も親父をぶっ殺してパンデアージェンに流れたクチよ! 俺の親父は皇帝なんてしゃれたもんじゃなく、俺の母親と妹を殴り殺した飲んだくれだがな! 仲良くしようや! 歓迎するぜぇ!」

「あ、ああ……。よろしく頼む。歓迎されるとは思わなかった」

 イェンスは戸惑いがちにほほ笑んだ。

「へっ、まったく。アタイの領地に来るのはね、アンタみたいな荒くればかりだよ。アンタ、騒ぎだけは起こさないでおくれよ!」

「パンデアージェン男爵か。気を付けるつもりだが、自分と友の身は守らせてもらうぞ」

 イェンスはどこかほっとしたような顔をした。

「俺は男好きってのだけはよくわからねえがな! どれだけお綺麗なツラしてても、男だけはどうも……。まっ、好き好きだよな!」

 ノルベルトは豪快に笑った。


 イェンスは腕の中にいるディートマーを見た。

「……男なのか?」

 ディートマーは引きつった笑いを浮かべた。

「その者は私の二の従僕のディートマーです。男なので殿下の嫁にはできません」

 耳としっぽ以外は人間の姿に戻ったウルバンが、イェンスに走り寄ってディートマーを取り返した。

「ウルバン、ごめん……! こいつ、目の奥が怖い!」

 ディートマーはウルバンの腕から降りると、ウルバンの背後に回った。


 イェンスはウルバンの頭に生えた耳と、背後に見えているふさふさのしっぽを見た。

「辺境王アロイス・ホーランは私です」

 ウルバンが名乗ると、イェンスはウルバンの頭を撫でた。

「かわいいお利口さん、お前のご主人は連れて行かないから安心しろ」

「殿下、ディートマーは私のご主人ではありません!」

 イェンスはディートマーと、その後ろに見えるコリーナへと目をやった。

「コリーナ、私のような『荒くれ』は、君のような清らかな乙女にはふさわしくない」

 イェンスはコリーナに片手を上げることで別れを告げ、猟犬たちを連れて颯爽と大ホールを出て行った。



 コリーナは、前世での出来事について考えた。

 皇帝エアハルトは前世でもイェンスに討たれて、『イェンスの友』の墓前に供えられたのだろう。

 皇后アンゲラもまた、前世でもパウリーネという者を守るために、いずこかへ去っていったのだろう。


 イェンスはおそらく、コリーナが皇宮に呼び出されていたことを知らなかった。前世のイェンスも、今世のイェンスも、友の敵討ちをした後、父を殺した罪を一人で背負い、猟犬たちと共に皇宮を去ったのだ。


 イェンスはコリーナを敵国への供物にして逃げたりなどは、決してしなかったはずだ。

 イェンスはこうしてコリーナに会いに来たではないか。先帝殺しの罪で処刑される危険を冒してまで。


「イェンス殿下……」

 コリーナはイェンスからも愛されていたことを、ようやく知った。

 あの的外れなところのある男は、またなにか勘違いをした様子だったが……。

 コリーナは内心でイェンスに謝り、前世でも今世でも果たされることのなかった結婚の約束のために、一粒の涙をこぼした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ