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死に戻り令嬢は皇太子と婚約破棄して辺境王の許嫁になり国を救いましたが愛しているのは一緒に処刑された男です  作者: 赤林檎


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26.楡と長椅子亭(中編)

「ディートマー?」

 ウルバンが問うと、レネーは小さく息をのんだ。

 こんな辺鄙なところにいる、足の裏に馬蹄の『獣の名残』のある半獣半人、しかもとびっきりの美形ならば、ディートマー以外は考えられなかった。

「旦那、あいつの知り合いかい!?」

「弟だ」

「やっぱりか! ちょいと似てやがるって思っていやしたぜ! 話は後だ! お嬢様にスープを持ってきてやらぁ!」

 レネーは口笛を吹いて笑った。短剣を素早く腰と足首に戻し、部屋を出て行った。


 ウルバンは脱いだ服を急いで着直した。寝台に横たわったままのコリーナに向かってひざまずき、手を握った。

「救世主、こんな都合の良いことがあるのだろうか……?」

 コリーナはまた気を失ったようで、ぴくりとも動かなかった。


 レネーの足音が階段を上ってくる。スープを温めただけにしても早すぎた。


 ウルバンは部屋に残されていた空き瓶を持って、ドアの横に立った。

「ウルバンの旦那!」

 レネーが明るい声で呼びながら室内に入ってきた。

「ずいぶんと早いではないか」

「瓶なんぞ構えるな! こいつを取りに来たんだろ!」

 レネーは革袋をテーブルに置き、袋の口を大きく開いた。中には辺境軍の軍服とウッタイ軍の軍服が何枚も詰まっていた。

「これは……!? この軍服は……!?」

「おう、そうよ! こいつはあんたがパンデアージェン男爵領で傭兵をして稼いできた金貨を元手に、俺が横流し品を買い付けて……」

 レネーはウルバンの驚きの表情を見て、言葉を切った。

「なんだい、旦那? なにも聞いてなかったのかい?」

「ディートマーとはどういう知り合いなのだ!?」

「この軍服が入り用になったってわけじゃあねえのかい。急いで持ってきてやったってのに。話をしてたらスープが焦げちまう。ちょいと待ってな!」

 レネーは忙しなく部屋を飛び出していき、すぐに温かいスープとスプーンをトレーに載せて戻ってきた。

 ウルバンはコリーナの名を呼び、肩を軽くゆすったが、コリーナは身動き一つしなかった。


「お嬢様は顔色がだいぶ悪いな。兵営に凄腕のお医者がいるんだろ? 急いで行って、そいつに診せたらどうさね?」

「ボドじいさんか……。今はリスタルパーの森で大規模な戦闘の最中だ」

「ちょいと行って連れて来れるような状態ではないので?」

「無理だな」

 ウルバンはスプーンでスープをすくって、コリーナの口元に運んでみた。唇に少しだけスープを垂らしてみたが、コリーナからはなんの反応もなかった。



「旦那、こいつはいけねえぜ……」

「こんなところで……。どうしたらよいのだ!」

 ウルバンは絞り出すように言った。

 コリーナがこのまま死んでしまっては、『半獣半人の統治権』はザーランド公爵家を介して皇帝に戻ってしまうだろう。

 この反乱が成功したら、おそらく皇弟であるエクベルトが皇帝の座に就くだろう。エクベルトがどういう皇帝になるかわからないが、『半獣半人の統治権』さえあれば、カーマレッキスを半獣半人の自治領にすることができる。


「俺は今すぐにでも、この女性と婚姻しなければならない! この女性が死ぬ前に!」

 ウルバンはレネーを見た。今、頼れる者など他になかった。

 レネーならば、このベヤマメンヒの町のどこに戸籍管理局があるかくらいは知っているだろう。


「旦那はそのためにここに来たのかい。参ったな……。たしかに俺はここで主人屋と立会人屋をやっちゃあいるけどよ……」

「主人屋に立会人屋だと?」

「おう、そうよ。駆け落ちしてきた半獣半人の半獣半人婚姻許可証にサインして主人になってやる仕事と、子爵までの貴族の立会人をやる仕事よ」

 ウルバンはそんな仕事があることなど初めて知った。

「では、俺たちの婚姻の立会人をしてもらえるのか!?」

「無茶を言うなよ。まだ探してる最中だ。ディートマーにもすぐには見つからないって言ったんだが……」

「なにを言っている? ディートマーとはどういう知り合いなのだ?」

「そこから説明がいるのか? 旦那……、本当にあいつの弟なのか?」

 レネーが警戒するようにドアの方に後退した。


「俺はディートマーに紹介されて兵営からここに来たのではなく、皇都から兵営に戻る途中なのだ」

 ウルバンはわざと中途半端な説明をした。レネーが本当にディートマーとそれほど親しいのなら、これで意味が通じるはずだった。

「そうか、わかった。俺はあんたに男爵位を譲った男だ。あんたは俺のアロイスを辺境王にまでしてくれた。できる限り力にはなるつもりだ。だがな……、法改正があったんだ」

「いろいろわからない。男爵位を譲ったとは? ディートマーはお前から男爵位を買ったという意味だろうか?」

「俺はディートマーの志にすべてを賭けたんだ。金なんて取らねえよ」

 レネーは誇らしげに笑ったが、ウルバンはすごい形相で軍服の袋に飛びついた。


「ディートマー! イグナーツたちに使った分の残りの十五枚は、すべて俺の男爵位の購入代金にしたと言っていたというのに! こんなところで、いったいなにをやっているのだ!?」

「だから、俺が預かって軍服やらなんやらを買い付けてやってたんだろ。なにをするにも元手ってもんがいるからよ」

 レネーはウルバンが袋の口を開けて凝視している軍服を指さした。


「俺のアロイスとは……?」

「あんたに譲った男爵位は、元は俺が持ってたものでさ。ちょうどアロイスって名前の子爵位が買えてね。まっ、それでも男爵を手放すつもりなんぞ、これっぽっちもなかったんだがな……」

「お前の名前はレネーではないのか!? なぜアロイスという名の爵位を買っていたのだ!?」

「アロイスというのは、男にも女にも付ける名前だろ。俺も実を言うと半獣半人でね。大昔に俺を買った二十歳も年上の男爵令嬢がアロイスって名前だったのよ。化粧の下手くそな、おどおどしてすぐ泣く女だったからか、嫁の貰い手がないまま年を取っちまったのさ。俺らの言うところの『醜悪な老嬢』ってヤツよ」

 レネーは床に視線を移し、どこか遠くを見るような目をした。

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