24.決戦の地(前編)
24.決戦の地(前編)
辺境王の領地であるカーマレッキスは、『辺境の砦』チネンタル一族の侯爵領と男爵領との間にある、『辺境への通路』と呼ばれている長方形の痩せた土地から始まる。
その土地の手前には、外敵の侵入を阻む障壁の一つであるかのように、リスタルパーの森と呼ばれる国有領の深き森林が広がっていた。
コリーナが決戦の地と定めた場所は、この森のほぼ中央に位置する場所だった。
『妖精と精霊の舞踏会場』と呼ばれているこの場所は、木々が生えておらず、青々とした短い草が地面を覆っていた。
ここにコリーナは皇都側に向かって四角い陣を敷いた。
(この場所ならば、皇軍兵たちは生い茂るリスタルパーの森の木々によって阻まれ、まともな陣形で攻めてくることができないはずよ)
コリーナは自陣の最前列の中央で馬に乗り、森の木々のはるか先を見た。
皇宮の奥深くにいるであろう皇帝エアハルト。
併合国家ウッタイとの戦争は、エアハルトがウッタイの国家元首と揉めたことにより始まった。
ウッタイとの戦争さえなかったら、コリーナも今このようにしていなかったはずだ。
(今それを考えても無駄ね)
コリーナは隣にいるウルバンに目を向けた。ウルバンもまた森の木々の先をにらんでいた。
ウルバンがコリーナの視線に気づき、コリーナに顔を向けた。
「やはり似合わないだろうか?」
ウルバンは自分の服を見下ろした。元は辺境王妃の私兵の私兵服が、ベーベルの手によってこの国の一般的な貴族の装いに変えられていた。
クラヴァットとシャツは白、黒いジュストコールの前立てのフリルは取り払われて、金のブレードが縫い付けられていた。
いつもは編み込みにされている髪も、貴族風に黒いリボンで一つにまとめられていた。
「よく似合っていましてよ。皇軍兵は一目で、あなたを辺境王殿下だと思いますわ」
ウルバンの戦いやすさを考えるならば、いつもの軍服と髪型が良いだろう。だが、軍法会議の時と同じ装いでは、誰が見てもウルバンはディートマーには見えなかった。
木々の間から、一人の偵察兵が走り出てきた。
偵察兵はコリーナとウルバンの前まで走ってくると、ひざまずいた。
「馬車です! わけのわからねえ、真っ赤なのが来ます! 護衛の数は五十人ほどです!」
若い偵察兵は、かなりヨストを意識している口調で言った。
ウルバンは大きくうなずいて、偵察兵を再び森へと送り出した。
「真っ赤な馬車とは、婚礼馬車ではないか? どういうことだ?」
普通の馬車でだってほとんど来たりしない場所だ。こんな場所にわざわざ婚礼馬車でやってくる物好きなど、ほぼいないだろう。
「わたくし以外にも、辺境外から辺境に嫁ぐ者がいるということ? 誰に嫁ぐというの?」
「まさかロタール・ラヤンが、フォルカーに嫁ごうとしているのではあるまいな? 俺はロタールを直接は見ていないが、そのようなことをしでかしそうな奇矯な男だったか?」
「そこまでの奇行に走るような方ではなさそうでしたわ」
ロタールは筆頭騎士団長にまで上り詰めた身でありながら、お暇乞いをしようとしていた。その行動だけ見れば狂気に近いものがあるものの、ロタールはフォルカーに仕える騎士になりたいと言っていた。男の身でありながら男に嫁ごうとするような種類の狂気だとは、コリーナには思えなかった。
「お嬢様、もしかしてビットラン侯爵と下女が、ついに結ばれたのではありませんか!?」
シシーが悲鳴のような声を上げた。
「まあまあ、どうしましょう! たしかにチネンタル公爵と下女のテレーゼという可能性はありますよ!」
ギーゼラはシシーに馬を寄せ、二人は両手を取りあって「ついに!」や「なんてこと!」などと言いあった。
そうこうしているうちに、木々の間が広く空いている場所から、ガタガタと音をたてて大きく揺れながら馬車が現れた。
「お嬢様、お嬢様はおみえですかー!」
叫んでいる者は、方言からして、どうやらエゴンと同じ地方の出身らしい。
「ん!? あいつら……! おい、シシー!」
ヨストがシシーを強い口調で呼んだ。
「私が呼んだんじゃないです!」
「知り合いか?」
というウルバンの問いに応えたのは、コリーナだった。
「あの者たちは、ザーランド公爵家の私兵ですわ」
コリーナたちが話をしている間に、馬車と五十人ほどの私兵たちはコリーナたちの前までやって来た。
「お嬢様、ご無事でなによりです!」
全員が馬や馬車を降り、コリーナに向かってひざまずいた。
「あなたたち、なにをしているの!?」
「我らの主、ザーランド公爵とザーランド公爵夫人の命により、『本物のお嬢様』のふりをして、本来ならば婚礼行列が通らない道を隠れ進んでまいりました」
濃い金髪に緑の目をした女は、コリーナよりもはるかに豊満で大柄な肉体を豪華なドレスで包んでいた。
「わたくしのふりをイルゼがしていたというの!?」
コリーナにも、両親の心遣いに感謝する気持ちがないわけではない。だが、それよりも、この人選のインパクトがはるかに勝っていた。
「金髪で緑の目の者が他におりませんで……。髪を染めても、長旅で染料が落ちるとお嬢様ではないとバレるのではという話になり……」
イルゼは片手で、大人の色気ではちきれそうな胸元をそっと隠した。
コリーナは他の者たちにも目をやった。
背が低くて小太りなヨストと、背が高くて痩せすぎなマッツ。
体格が良すぎて、顔が厳つく、目つきが鋭すぎる、どこもかしこもゴツゴツした大男のツァハリアス。
ほとんど老婆にしか見えないギーゼラ。
彼らは全員が腰の両脇に剣を下げていた。
「金髪の者が急にこんなに大勢いるようになるとは思いませんで……。他の者たちは任務で出払っておりましたので……」
イルゼが申し訳なさそうに説明した。
「大勢じゃなく、たったの四人でしょう! 髪の色さえ同じなら、誰だってよかったんですか!?」
「シシー、せっかくこうして来てくれたんじゃねぇか」
ヨストがたしなめた。
「いやー、シシーさんにそう言われちゃいますとね」
メイド服に身を包んだ金髪の少年も、申し訳なさそうに身を縮めた。少年ではあるが、決して細身の美少年などではなかった。こちらもツァハリアスに扮している男と同様に厳つい。
「ルディが私の代わりだなんて……!」
シシーの手綱を持つ手は、怒りで震えていた。
「一応これでも、ここに来るまでに、かなりの数の刺客と私兵を倒してきたのですが……」
イルゼは遠慮がちに、役に立っていることをアピールした。
「普段なにもしていないんですから、こんな時くらいしっかりやってください!」
「普段って……、私たちだって鍛練していますよ……」
「私は常時、お嬢様をお守りしていますけど?」
シシーはヨストをにらんだ。
「なんでオレを見るんだよ!? 坊ちゃんにはヤニックさんもいるだろうが! それにシシーだって、この旅の間はギーゼラ様を守ってたじゃねぇか」
「たしかにお嬢様に頼まれて、ギーゼラ様をお守りしていましたけど、私なら大事なお嬢様から離れるなんて考えもしません」
「オレだって坊ちゃんから離れたくなかったが……」
ヨストは辛そうに黙り込んだ。シシーは不満そうな顔をしたが、それ以上はなにも言わなかった。




