18.辺境王アロイス・ホーラン(後編)
コリーナはゆっくりとウルバンの方に馬を進めた。
「ウルバン・レミッシュ……。正しくは、ウルバン・レミッシュよね?」
コリーナが問うと、ウルバンは「そうだ」とだけ答えた。
「では、フォルカーは? フォルカー・レミッシュではないの?」
コリーナはフォルカーに目をやった。
フォルカーはひらりと、右の手のひらにある馬蹄の形の『獣の名残』を見せた。
「ディートマーも、ディートマー・レミッシュではないのね?」
「そうだ」
「フォルカーと、彼の兄のディートマー? どういうことなんだい?」
ツァハリアスが訊ねた。
「あなたたち三人は兄弟。そうよね?」
コリーナの問いに、ウルバンがまたも「そうだ」と答えた。
「ああ、金持ちの若様にとっちゃあ、フォルカーとその兄貴は、兄弟同然の使用人ってか。ありますよねぇ、そういうの」
ヨストが皮肉たっぷりに言った。
「俺はフォルカーとディートマーの親に拾われた子供だ。二人は俺の本当の兄たちだ」
「半獣半人が人間サマの子供を拾って育てる? そんな話は聞いたことねぇや」
ヨストはマッツを見た。マッツも首をふった。
「俺が捨てられていたのは、カーマレッキスの半獣半人しかいない地域だ。俺を捨てた者は、赤ん坊だった俺を半獣半人に殺させようとしたんだろうな」
「ウルバンを拾ったのは俺の母でさ。双子も三つ子も同じだって言って、父に内緒で育ててたんだよね」
「内緒って、そんなことができるのかい!? 家に赤ちゃんが一人増えたんだよ?」
ツァハリアスも、コリーナを追って馬を進めた。
「父は母の分まで、朝から晩まで前線で戦わされていたんだよ。ウルバンはたまたま俺たちと髪と目の色が同じだったしさ。俺は『獣の名残』が手のひらにあるから、握りこんでたらどこにあるかわからないだろ。父はウルバンの『獣の名残』も手のひらにあるんだろうと思ってたみたいだよ」
「双子馬だって発育が悪くてたいして走らねぇってのに、三つ子馬かよ。酔狂すぎるぜ」
ヨストの口調からは、それまでの棘が消えていた。
「俺は両親からは、狼の半獣半人で、自分では触ってもわからない『獣の名残』が、俺からはちょうど見えない尻の下の方にちゃんとあると教えられていた」
「俺もだよ。子供が見てもわかりにくいけど、ウルバンにもちゃんと『獣の名残』があるって言われてたよ。だいたい、身近に『獣の名残』がない奴なんていなかったんだ。ウルバンにだけないなんて思いもしないよ」
ウルバンとフォルカーが口々に説明した。
「コリーナ嬢を相手に半獣半人のふりをしていたのは、貴族の令嬢が俺の仲間を虐げるのではないかと心配したからだ。貴族の令嬢がやっていないと主張したら、半獣半人にはどうしようもない。だが、俺相手ならば、正体を明かせば言い逃れはできない。コリーナ嬢を騙すことになっても、俺には俺の守りたいものがあった」
「……まあ、筋は通ってる話っすよね」
マッツがザーランド侯爵の私兵を切り裂いてから、戦斧を肩に担ぎ上げた。
「もう充分です。オレはそういう仲間だの家族だのみてぇな話が一番苦手なんですよ。勢子をやってるアイケが心配です。もう行きます」
ヨストは馬を操り、ウルバンに背を向けた。
「待て!」
ウルバンがヨストを引き留めた。
「まだなんかあるんですか!?」
ヨストが勢いよくウルバンをふり返った。
「気を揉ませてすまなかった」
ヨストが首から顔、耳の先まで真っ赤になった。
「いや、そんな……。殿下に大変な失礼を……」
「俺は気にしていない」
ウルバンが表情を和らげた。
「殿下、その……、ザーランド侯爵家の筆頭騎士団長が殿下を討ちに来るみてぇです。どうかお気を付けください」
「ああ、ロタール・ラヤンだろう。ここで迎え撃つ。強いとは聞くが、遅れを取るつもりはない」
ヨストとウルバンはかすかに笑いあった。
ヨストが今度こそ、馬を進めようとした、その時。
「あのさ……、すごくいい雰囲気でわかりあってるところ、本当に悪いんだけどさ……。その人なら、さっき帰ったよ」
フォルカーが遠慮がちに口を挟んだ。
「帰った!? あのロタールが退いたってのか!?」
「どういうことだ?」
ウルバンとヨストが馬ごとフォルカーの方を向いた。
「俺の目元に色気があるから帰るって言ってた……」
「なんだ、それは!? ふざけてんのか!?」
「フォルカー、しっかりしろ」
「あいつ、俺の顔を気に入って、俺に仕えるからって、ザーランド侯爵にお暇乞いしに帰ったんだよ」
フォルカーが悲しそうに片手で自分の頬を撫でた。
「そんなことあるのかよ!? 筆頭騎士団長だぞ!? なりたくてもなれないヤツの方が多い地位だろ! それによ、『俺は戦い以上の娯楽を知らない』とか、格好つけて言ってる男だって聞いたぞ!」
「そうなんだ……。あいつ、俺の顔を見て、『美こそ最大の娯楽』って言ってた……」
フォルカーの元気がさらになくなった。
「フォルカーの顔を見て、戦い以上の娯楽を見つけたから帰ったのか」
ウルバンが納得したように苦笑した。
「うん、そうみたい……」
フォルカーが辛そうにうつむいた。
「ウルバン……、俺やっぱりこの顔に向いてないよ……」
フォルカーのこのような発言は、過去にも多くあったのだろう。
「いや、大丈夫だ。よく似合っている」
フォルカーを励ますウルバンの言葉は、普段の彼からは考えられないほどにいい加減だった。
「じゃあ、まあ、ロタールのことは気にする必要ねぇな」
ヨストが話を戻した。
「そういうことなら、俺もアイケの加勢に行こう。まだ生きていてくれるといいが」
ウルバンは手綱を操り、馬の向きを変えた。
「それじゃあ、行きますか!」
ヨストがマッツを引き連れて駆けて行った。
「ここは危険だ。王妃とフォルカーは岩場の上の伏兵と合流してくれ。ツァハリアス護衛兵長、二人を頼む」
「お任せください、辺境王殿下」
ツァハリアスの返事を聞き、ウルバンは片方の眉を軽く上げた。
「王妃、後できちんと説明する。おとなしく待っていてくれ」
ウルバンはコリーナを見ずに言った。




