17.ザーランド侯爵の私兵(中編)
岩場の上では、コリーナたちがザーランド侯爵の騎士団と対峙していた。
ザーランド公爵家の護衛兵と辺境軍の兵士から選りすぐった五十名の兵士たちが、ザーランド侯爵の私兵との距離を徐々に詰めていた。
「なにが辺境王か! 皇帝の勅命で前線に戻った者が、こんなところでウロチョロしているはずがなかろう!」
おそらくこの作戦部隊の隊長であり、ザーランド侯爵の騎士である、焦げ茶色の髪と赤い瞳を持つ中年の男が、銀色のレイピアをコリーナとフォルカーに向けていた。
「それはどうだろうか?」
フォルカーはまったく遠慮しないで、コリーナの腰を抱いた。
隊長らしき騎士が、片眉を跳ね上げた。
コリーナはうっとりとした目でフォルカーを見上げた。前世でウルバンからいろいろ話を聞いて、ぜひ会ってみたかったウルバンの兄を間近で見ているのだ。コリーナはフォルカーの向こうに、今なお愛している男の面影を見ていた。
「そんな顔を私以外の男に見せてはいけないよ」
フォルカーが笑った。フォルカーとしては、自分の言葉がちょっと面白かったのだろうが、隊長らしき騎士からは、己の花嫁にほほ笑みかけているように見えた。
「どうやら『無敵の戦神』を討ち取る栄誉に与れるようだな。我が主は、辺境王を討ち取ることで、さらに名を上げてくるよう望んでおられた。――我が主を喜ばせられそうで幸いだ」
隊長らしき騎士は、信じた。自身の前に立つ男が、辺境王アロイスであることを。
「騎士の相手は騎士だろ?」
ツァハリアスが大剣を抜きながら、隊長らしき騎士の前に立った。
「博愛騎士とは、また面倒なのが出てきよったわ……」
「僕が怖いのかい?」
「怖いに決まっとるだろう! お前を討ち取ったら、ザーランド侯爵家は跡形もなく消滅するではないか!」
「ああ、そうさ。王太子派はお前と主を許さないだろう」
ツァハリアスは悪い顔で笑ってみせた。
「博愛騎士よ、死なない程度に痛めつけてやろう」
隊長らしき騎士は、ツァハリアスにレイピアを向けた。
「痛めつける程度ならば、許してもらえるものなのだろうか? 死なない程度とは、だいぶ激しいようだが?」
フォルカーが問いかけた。
「なん……だと……?」
隊長らしき騎士は、フォルカーとツァハリアスを見比べた。
「私にはとてもできないが、貴殿は勇気があるようだ。誰がそれをするのか、名乗ってもらえるか? ここでこの私が見届けてやろう」
「そうですわね。わたくしも知りたいわ。皇帝エアハルト伯父様に、ぜひお手紙でお知らせしたいもの」
「皇……帝……?」
「ツァハリアス様は『金杯王城の宝』よ。金杯王殿下の兄である皇帝陛下にとっては、甥のような存在でしょう? 伯父様もご興味あると思うのだけど」
コリーナは同意を求めるようにフォルカーにほほ笑みかけた。
フォルカーはうなずき、コリーナの腰をさらに引き寄せた。
隊長らしき騎士には、知るべくもない。彼が辺境王アロイスだと信じた男の手が、緊張で汗まみれになっていることなど。
「くだらないことを言いおって! 私はな、主が皇都から取り寄せた辺境王の姿絵を持たされておるのだ! 機会があったら必ず討ち果たすようにとな! さあ、貴様、顔を見せろ! お前はあの絵のように……」
話を変えた隊長らしき騎士が、すべてを言い終わらないうちに、フォルカーはレースのアイマスクを外した。
「その姿絵をぜひ拝見したいものだな。実物よりも良く描いてもらえているだろうか?」
隊長らしき騎士は懐から細い筒を出し、中身の紙を取り出した。
他の騎士たちも集まってきて、姿絵とフォルカーを見比べた。
「騎士団長……、こんな野郎がこの世に二人もいるものでしょうか……?」
「ああっ、これは仕方ないですな……。これは皇太子の許嫁だって、この男に行くだろう……」
「これはダメなやつですよ……。皇帝だって王位を授けちゃいますよ……。顔面が最強です」
「いや、待つのだっ!」
騎士団長であるらしい男は、姿絵とフォルカーを見比べてから言った。
「実物の方が、目元に色気がある!」
フォルカーが「ふっ」と小さく笑った。
「それは私への褒め言葉と思っておいて良いのかな?」
「当然だ!」
騎士団長が自信をもって言い切った。
「お、おう……?」
フォルカーが半笑いになった。
「辺境の半獣半人ごときが、このようなお方にお仕えしておるというのか……! そのようなことが許されるのだろうかっ!」
騎士団長は声を荒げた。
「それはどういう意味なのかしら?」
問いかけたコリーナを、騎士団長がにらんだ。
 




