16.辺境王妃の婚礼用ドレス(中編)
しばらくすると、ウルバンとツァハリアスが戻ってきた。
ギーゼラとシシーも、話に参加するためにやって来た。
「僕の方はこのベーベルがいた。実家の仕立て屋を継ぐのが嫌で飛び出してきたと言ってるよ」
ツァハリアスは、自分の後ろに立つ、熊かと見まがうような大男を示した。茶色のくせ毛が広がっているのが、余計に彼を熊のように見せていた。
「ベーベル・ルジアンです。人間です。ロミノ侯爵領出身。実家は仕立て屋で、従兄弟が継いでいます」
大男は身体に似合わぬ小さな声でぼそぼそと自己紹介をした。
「おいおい、声の小さい人間サマだなぁ、おい。ドレスは作れんのか、おい?」
ヨストが張りのある声で問いかけた。
「当然ですよ、仕立て屋ですから……」
ベーベルがぼそりと言葉をこぼした。
「アァ!?」
ヨストが威嚇するように唸り、マッツが「ヨストさん……、それ、余計に委縮するっすよ……」とたしなめた。
「作ってくれたら助かるわ」
コリーナが笑いかけると、ベーベルは顔を真っ赤にして、その場でひざまずいた。
「お任せください」
「彼の得物は両手棍棒で、とにかく力があるから、戦うとかなり強いんだけどね」
ツァハリアスがフォローした。たしかに兵士としてなら、なかなか良さそうな男ではあった。
「俺の方は、どの程度の腕が必要かわからないと名乗り出られないと言われたんだが」
ウルバンが集まった者たちに言った。
「どの程度の腕って、どういうことだい?」
「俺も繕い物なら自分でやるが、その程度から名乗り出ていいのか?」
「君が!? 針と糸を持って、服の穴を繕うのかい!?」
「そうだが?」
ウルバンが、それがどうかしたか、とでも言いたげに問い返した。
「お前、まさか、料理も作れるんじゃねぇだろうな?」
ヨストの問いに、ウルバンは「作れるが?」と答えた。
「掃除もできたり? 洗濯は?」
マッツも便乗してきた。
「どちらもできるが、いけないのか?」
ウルバンは表情を険しくした。
「怖ッ! なんでもできすぎっすよ!」
マッツが本気で怯えた声を出した。
「それじゃあ、縫える人を集めてもらって、試しに端切れでも縫ってもらって、どこを任せるか決めさしてもらいます」
ベーベルが立ち上がり、ぼそぼそと告げた。
「辺境軍はだいたい繕い物なら自分でやっている。全員呼んでくるか?」
「ざっと百人ですか……。ドレスのデザインは?」
ベーベルがギーゼラとシシーを見た。
「布があったら、作り直した方がいいかと……」
シシーが申し訳なさそうに項垂れた。
「採寸はしてありますよ」
ギーゼラが言った。
「いや、採寸からやり直します。布は……」
「何色か持ってきてますよ!」
アイケが親指で荷車を示した。
「もちろん白ですよ! 純潔の聖女なのですよ!」
ギーゼラが主張した。
「妃殿下は……」
ベーベルがコリーナを見ると、コリーナは昏い目をして「黒よ」と言った。
「黒……?」
ベーベルが繰り返した。
「白は……汚れてしまうもの」
コリーナは前世の牢の中で着ていた、白い綿の簡素なワンピースを思い出していた。薄汚れた、ふくらはぎが丸出しの、およそ淑女のものとは思えないあの服が、コリーナにとっては唯一のウェディングドレスだった。
(わたくしの心はすでに、前世での夫、ウルバンに染まりきっている……。もはや他の色には染められない。黒こそが、今のわたくしにはふさわしい……)
コリーナは昏い目をしたまま、ベーベルに笑いかけた。
「あのぉ……、黒い布もありますが、私兵の服を仕立てる用でして……」
アイケが遠慮がちに言った。
「それでいいわ」
ベーベルが再びひざまずき、コリーナを見上げた。
「死をも恐れず申し上げます。妃殿下、白になさいませ。王に嫁ぐのです。黒ではふさわしくありません。私は侯爵領の仕立て屋の息子です。様々な結婚を見てきました。妃殿下は、黒でも許されるお立場ではありません」
まるで人が変わったかのようにはっきりとした声で、ベーベルが諭した。
「黒よ。わたくしが黒と言っているの」
「誰の目にも明らかな、清い婚礼をなさいませ。それが妃殿下ご自身をお守りすることになります」
「わたくしは……、わたくしは……、あなたの血で染まった白布でドレスを仕立てても……、かまわないのよ?」
「では、そうなさいませ」
ベーベルが口元を歪め、くっ、と小さく喉の奥で笑った。
「仕立て屋には仕立て屋の矜持があります。私は幸せを呼ばない服など仕立てない!」
「後悔するわよ!」
「殺せ! そんなに震える手で、できるものならばな!」
コリーナは自分の手を見つめた。たしかに震えていた。
(わたくしはウルバンの妻なのに、他の男に嫁ぐのよ! あなたになにがわかるというの!?)
震える両手を見つめるコリーナの目に、涙が浮かんだ。




