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死に戻り令嬢は皇太子と婚約破棄して辺境王の許嫁になり国を救いましたが愛しているのは一緒に処刑された男です  作者: 赤林檎


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13.レミアムアウトの二の尾根(前編)

 一の尾根で満月も見ぬまま一泊したコリーナたちは、翌日に隣の二の尾根の頂に移動した。

 二の尾根は一の尾根よりも木が多い。一の尾根が林なら、二の尾根は森。その森の中、木々が少ない場所が、今回の野営地だった。


『漆黒の天馬』が本当はあまり強くなかったのか、ウルバンが『漆黒の天馬』より遥かに強かったのかというのが、兵士たちが尾根から尾根へと移る際の話題の中心だった。

 ウルバン自身は、コリーナが天馬騎兵の気を引き、ツァハリアスが矢を退けたから勝てたのだと兵士たちに言った。実際その通りだったが、ペガサスを引き倒し、天馬騎兵を斬るという、危険で派手な部分を担ったウルバンばかりが注目されるのも仕方のないことだった。


 時すでに深夜。

 コリーナはレアイヒロ峠の時とは違い、辺境王とザーランド公爵家の紋章が並べられた、豪華絢爛たる幕舎にいた。

 偵察兵が同じ尾根の中腹に、山賊に扮したどこかの半獣半人の兵士が三百人ほど野営しているのを見つけたからだ。『見た者は死ぬ』とまで言われていた『漆黒の天馬』をあっさり倒した相手に、たった一.五倍の兵力で挑まされようとしている気の毒な者たちだった。


「なぜなの……?」

 コリーナは幕舎で一人つぶやいた。

 先にこのレミアムアウトの二の尾根に入っていたはずの山賊に扮した兵士たちは、一の尾根から二の尾根に移ってくる間も、野営地で幕舎を建て直したりしている間も、襲ってはこなかった。


 コリーナが本から得た知識を信じるならば、こういう場合には、道中に落とし穴だの投げ落とされる丸太だのの罠がしかけてあったり、待ち伏せされて矢を射かけられたりするはずだった。

 それなのに、順調に幕舎が建てられ、みんなで食事も済ませ、就寝することになっていた。


「なにを企んでいるの……?」

 彼らが一の尾根での出来事を知っているならば、まず『天馬騎兵を倒した猛者』だけを排除したいと考えているのかもしれない。

(どうやって排除するつもり……?)

 コリーナには、いくら考えてもわからなかった。


 この国には『果物は鳥に先んじて収穫せよ』という言葉がある。相手の出方がわからないならば、こちらから仕掛けるしかない。

 相手にとって有利な場所で襲ってこられるよりは、こちらが用意した舞台に相手を引き込み踊らせる方が良い。


「コリーナ、入っていいかい?」

 幕舎の外からツァハリアスが声をかけた。

「どうぞ。待っていたわ」

 フリルの多い派手な白シャツと軽薄そうな黄金色のパンツに身を包んだツァハリアスが、幕舎に入ってきた。

 ツァハリアスはコリーナの姿を見て目を見開き、無言でコリーナに背を向け、幕舎を出て行こうとした。

「なぜ出ていこうとするの!?」

「コリーナ、やる気を出し過ぎだよ……」

 コリーナは己の姿を見下ろした。

 薄い白絹のネグリジェの胸元が大きく裂け、鎖骨から胸の谷間が露わになっていた。

 膝上丈に補正したネグリジェの裾も、右下から大きく裂けていて、太ももが艶めかしい白さを晒していた。

「あなたの手間を減らすために、準備しておいたのよ」

「準備って……。目のやり場に困るよ……」

 コリーナは慌てて、胸元をかき合わせた。

「もう胸元は隠したから大丈夫よ」

「コリーナが僕を兄として見ているのは知っているけど、僕は本当の兄じゃないんだよ!?」

「この姿がはしたないことは、わたくしにもわかっているわ」

「問題はそこじゃないよ……。どう説明したらコリーナにもわかるのかな……。やっぱり、これはまずいよ!」

 ツァハリアスは片手を腰に当て、もう片方の手で額を押さえた。


「わたくしの名誉のことなら心配いらないわ。軍法会議で、もう地に落ちているでしょう。辺境王殿下もお気になさらないわ。美形の男に惑わされて地位も名誉も捨てる、愚かでふしだらな女だと思っておられるはずですもの」

「だからって、なんでそこまで捨て身で挑むんだい!? やめようよ!」

「あなただって、わたくしのためなら名誉も捨てると言ってくれたじゃないの。今になって怖気づいてしまったと言うの!?」

「そうさ! 怖気づいてるよ! その格好は破壊力がすごい!」

「……それほど攻撃力があるように見えるの? そうは思えないのだけれど……」

 コリーナはネグリジェの腰のあたりをつまんでみた。裾がひらりと揺れる。破れたネグリジェとは、そんなに屈強そうな印象を与える装いなのだろうか。


「意味もわからず策を弄するのはどうなのかな!? きちんと理解してからにしようよ……」

「やり方はきちんと学んだわ。本に書いてある通りにやればいいだけのことよ。早くわたくしに襲いかかる演技をしてちょうだい」

「やっぱりウルバン将軍にはきちんと説明した方がいいよ。敵陣に着く前に、僕が彼に斬られる未来しか見えないよ……」

「あなたはいつも謙遜しているけれど、彼の攻撃をかわしてこの野営地から去るくらいできる腕前だわ」

「『斬られて怪我しちゃうと危ないね』とかそういうレベルじゃないんだよ! 怒り狂って殺しにかかってくるって言ってるんだ。『漆黒の天馬』を簡単に倒せる男が、本気を出

してさ!」

 ツァハリアスは向き直って説明し、赤面してまた元通りコリーナに背を向けた。


「彼の辺境王殿下への忠誠心は本物ですものね……。だけど、『味方を信じさせずして、敵は欺けぬ』と書いてあったのよ」

「忠誠心!? そんなものはもう彼には残っていないと思うよ。君がウルバン将軍を熱っぽい目で見てばかりいるから、彼の方も君のためならなんだってするようになってしまったじゃないか。ザーランド伯爵の前で辺境王殿下のふりをしている彼を見ただろう!」

「あれはザーランド伯爵を止めてくれただけでしょう。彼が辺境王殿下に成り替わろうとしたとでも言うの!?」

「半獣半人が貴族の前で人間のふりをしたんだよ……。君が困っているからというだけの理由で、彼は命までかけてみせた。……あんな風に君に尽くす彼が哀れだよ」

 ツァハリアスはコリーナに向き直った。善良すぎるほどに善良な彼の、苦しみをたたえた目は、かすかに潤んでいた。


「……前から思っていたんだけど、コリーナは彼をどうするつもりなんだい? 辺境王殿下が嫉妬深かったらウルバン将軍は殺されるよ。ウルバン将軍は君が望めば辺境王殿下だって殺しかねない。君はどちらを画策しているんだい!?」

「わたくしは離間計なんてしかけていないわ。ウルバン将軍と辺境王殿下の仲を裂くなんて……。そんなことができるだなんて……、一度だって考えたことはないわ」

「離間計! そんな言葉が出てくることが、もうすでにおかしいと思わないのかい!? ウルバン将軍が気の毒すぎる……」

「ウルバン将軍は辺境王殿下に命じられたから、わたくしに忠義を尽くしてくれているだけよ」

「それは本気で言っているのかい!? 絶対に違うよ!」

「彼は絶対に辺境王殿下を裏切ったりしないわ!」

「なぜそんなに自信たっぷりで言い切れるんだい!? 君はウルバン将軍のなにを知っているんだ? ウルバン将軍は辺境王殿下に、君より大事なご家族でも人質にとられているのか!?」

「なぜそんな風に考えるの!?」

 二人が大声で言いあった、その時。

 幕舎にするりと一人の男が入ってきた。


「あなた、イグナーツ……!?」

 黒い軍服の上に茶色の革のベストを羽織った男は、緑色の木の葉の刺繍がされた釣鐘型の茶色いフェルトの帽子をかぶり、天馬騎兵が使っていた大弓と矢筒を背負っていた。

 特徴的なベストと帽子を身につけたその姿は、コリーナが前世でウルバンから聞いた、イグナーツという無口な男そのものだった。

 男は無言でツァハリアスの首筋に手刀を叩き込み、倒れかけた身体を支えて幕舎の隅に連れていって転がした。

 その足で、幕舎の奥の寝台に向かい、辺境王の紋章が大きく入った深紅の上掛けを剥ぎ取った。

「イグナーツ……!? いったいなにを……!?」

 男はコリーナの背後に立つと、コリーナのネグリジェの裾を持って、強引に脱がせた。下着姿になったコリーナを背中から上掛けで包み、そのまま抱き上げた。


 男からは清潔な香りがした。彼自身にも服にも、石鹸を惜しみなく使ったと思われる香りだった。おそらく、水浴びをして身を清めてから、洗った服を着てきたのだろう。


 目を見開いて固まっているコリーナを、男は寝台に腰かけさせた。

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