9.博愛騎士の受難(後編)
コリーナたちから少し離れたところで、辺境軍の兵士が「何者だ!」と叫ぶ声がした。
「今度はなんだい!?」
ツァハリアスが、声のした方へと走っていった。
「金杯軍の皆様! ようこそ、ザイクタイルの町へ!」
「金杯軍が来てくださるなんて! 金杯王殿下はどちらでしょう!」
「我らはぜひ、金杯軍をおもてなししたいのです!」
興奮気味な声が、コリーナたちのところまで聞こえてきた。
「あれは金杯王派よ。襲ってくる心配はないわ」
コリーナはウルバンに言った。
「金杯王派とは?」
「金杯王殿下に再び即位してほしいと思っている一団なの。このマントをくれた者も金杯王派ね」
コリーナは羽織っているマントをつまんでみせた。
「基本的には、人形劇を観てあげたら気が済む人たちなんですよ」
シシーが楽し気に言った。
「人形劇……ですか?」
「けっこう面白いんですよ! 今だと辺境王殿下も出るのかしら? 楽しみですね、お嬢様!」
シシーはコリーナの腕に抱きついた。
「辺境軍の兵士たちに、人形劇でなにを見ても、あまり気を悪くしないように言っておいてちょうだい。彼らは……、ちょっと主張したいことがあるだけの人たちなの」
コリーナはウルバンに指示をした。
「伝えておきますが……。主張したいこととは、金杯王殿下の即位だけですか?」
「そうよ。彼らの頭には、金杯王殿下の即位しかないの。人形劇さえ我慢したら、それほど害はないわ」
「そういうものなのですか……? よくわかりかねます」
「人形劇を使って世間に訴えることしかできない人たちよ。ただ、そうね……。あなた方もあれを見たら、金杯王殿下が『もう絶対に即位しない』と言う気持ちが、理解できるようになるのではないかしら……」
コリーナたち一行は、金杯王派の招待を受けて、この小さなザイクタイルの町には不釣り合いなほど立派な人形劇場へと移動した。
コリーナはシシーとギーゼラと共に、ウルバンとツァハリアスに挟まれ、屈強な護衛兵と辺境軍の兵士にまわりを囲まれて座った。
辺境軍の兵士たちは、人形劇を見るのは初めての者も多く、落ち着かない様子で話をしたりしていた。
小屋の内を照らしていたランプの火が順番に消えていき、正面にある舞台だけが照らしだされた。
赤い緞帳が上げられると、金髪に明るい青色の騎士服らしき衣装を着せられた人形が、娼婦らしき女の人形を複数侍らせていた。
『俺は金杯王殿下から、博愛騎士の称号をいただいた! 女ども、酒だ! 酒を持て!』
『きゃー、素敵ー!』
『ウフフ!』
女性の笑い声がした。
『俺が金杯王を継いだら、お前たち全員、側女にしてやるぞー!』
ツァハリアス人形は、女たちの肩を抱くように両手を広げた。
『金杯王殿下は、自分の王城で産まれた配下の子であるツァハリアスの更生を願い、博愛騎士の位を授けました。しかし、生まれながらの放蕩者であるツァハリアスは、なにを勘違いしたのか、自分が金杯王を継ぐ者に選ばれたのだと考え始めました』
ナレーションが淡々とツァハリアスを貶した。
舞台の下手から、黒髪が逆立ち、毛皮のベストを着せられた男の人形が出てきた。
『ガッハッハ、皇都の軟弱な愚か者ども、この無敵の戦神が辺境から来てやったぞー!』
この元ホーラン男爵で現辺境王アロイスらしき人形は、両手に棍棒を持たされていた。
娼婦らしき人形たちが舞台の下に消え、ツァハリアス人形だけが残された。
道を歩いてでもいるのだろう。ホーラン男爵人形とツァハリアス人形が近づいた。
『おお、君はどこのご令嬢だい!?』
ツァハリアス人形は、ホーラン男爵人形に声をかけた。
「えぇ!?」
「は!?」
観客からどこか間の抜けた声が上がった。
『ガッハッハ、俺こそ、ホーラン男爵だ!』
『男なのに、そこらの女より美しい!』
ツァハリアス人形はひざまずき、ホーラン男爵人形に手を伸ばした。
『ホーラン男爵のような辺境の田舎者など、皇都の放蕩者にかかっては、ひとたまりもありません。あっという間に、ツァハリアスの虜になってしまいました』
舞台では、ツァハリアス人形がホーラン男爵人形の肩を抱いていた。
コリーナの後ろの席で、剣を抜こうとする音がした。
辺境軍の兵士たちが、誰かをなだめていた。
「フォルカー、こらえてくれ」
ウルバンが言った。
寄り添う男たちの人形が上手に移動し、下手から豪華な衣装を着た男女三人の人形が出てきた。
『皇帝陛下、また博愛騎士が!』
『けしからん!』
どうやら、皇帝エアハルトと皇后アンゲラと皇太子イェンスの人形のようだった。
ツァハリアス人形とホーラン男爵人形が上手に消え、代わりに、金髪でドレスを着た、なかなか綺麗に作られている人形が出てきた。
『皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、どうか、愛し合う二人をお許しください』
令嬢らしき人形は、ひざまずいて懇願した。
『おお、ザーランド公爵令嬢! なんと心やさしいのだ! 立ちなさい』
皇帝エアハルト人形がコリーナ人形を立たせた。
『博愛騎士は金杯王を継ぐらしいな。それでは、ホーラン男爵には辺境王の称号を与えよう。これで二人は釣り合うだろう』
『皇帝陛下、ありがとうございます! きっと二人も喜びます』
「この人形劇、イライラしますよ」
フォルカーが後ろからウルバンに言った。
皇帝たち三人の人形が、舞台の袖に消えた。
残されたコリーナ人形。
下手からまたツァハリアス人形が出てきた。
『うまくいったぜ! あの田舎者のおかげで金杯王を継げるぞ! しかし、しばらく辺境であの田舎男爵とすごさないといけなくなってしまった! 行きたくないぜ!』
ツァハリアス人形が躍るような動作でコリーナ人形に近づいた。
『おっ、皇都一の美女、皇太子の許嫁があんなところに!』
『博愛騎士さま、ホーラン男爵とお幸せに』
コリーナ人形が令嬢らしくお辞儀をした。
『ゲッヘッヘ! ザーランド公爵令嬢!』
観客たちには、ツァハリアス人形がコリーナ人形に体当たりをしたように見えた。
『きゃー! おやめください、博愛騎士さま!』
コリーナ人形が叫んだ。
『暴れやがって! お前も側女にしてやるぜ!』
ツァハリアス人形がコリーナ人形にさらに体当たりをした。
『誰か! 誰か助けてー!』
上手から、金色の鎧を身にまとい、片手に剣を持った、金髪の小綺麗な人形が現れた。
『そこに颯爽と現れたのは、我らが金杯王殿下!』
ナレーションをする声に力が入った。
『なんということをしているのだ!』
金杯王エクベルトらしい人形が叫びながら、ツァハリアス人形を一撃で倒し、ツァハリアス人形は舞台の下に沈んでいった。
『ああ、金杯王殿下! 殿下が助けてくださったのですか!』
今度はコリーナ人形が、金杯王エクベルト人形に体当たりをした。
『ザーランド公爵令嬢、もう心配はいりません』
『金杯王殿下……』
どうやら二体の人形は見つめあっているようだった。
そこへ、また下手からホーラン男爵人形が現れた。
『俺の博愛騎士を殺しやがってー!』
ホーラン男爵人形は、両手に持った棍棒を振り回していた。
金杯王エクベルト人形が、ホーラン男爵人形に向き直った。
『金杯王殿下、怖いわ!』
コリーナ人形が金杯王エクベルト人形の背中に体当たりした。
『君のことは、この私が守る!』
『ああ、金杯王殿下……!』
ホーラン男爵人形は、ツァハリアス人形よりも強い設定のようで、二体の人形は五回ほど打ちあうような動作をした。
金杯王エクベルト人形が、ホーラン男爵人形の横を通り、二体の人形は背中合わせになった。
ホーラン男爵人形が倒れ、そのまま舞台の下に消えていった。
『怖い思いをさせてしまいましたね』
金杯王エクベルト人形が、コリーナ人形に向かってお辞儀をした。
『金杯王殿下……!』
コリーナ人形が金杯王エクベルト人形に、再び体当たりをした。
『皇都一の美女に釣り合うのは、皇都一の男しかいない。勇敢で、強く、誠実な、その男こそ、金杯王エクベルト殿下!』
金杯王エクベルト人形が正面を向いて両手を広げると、コリーナ人形がその胴体に寄り添った。
登場した人形たちが舞台の袖から次々に現れて、金杯王エクベルト人形のまわりに並んだ。
『金杯王殿下!』
『ぜひもう一度!』
『ご即位をー!』
人形たちが全員で叫び、緞帳が下りた。
「拍手ですよ!」
ギーゼラが言い、シシーとコリーナが手を叩いた。
「手を叩いて! これをもう一回、観ることになりますよ!」
シシーが言うと、観客たちは必死の形相で拍手した。




